第六十話 無法者 2
と、そんな主人を残して俺たちは部屋へ移動。
とにかく、部屋に入って旅装を解きたい。
俺は1人部屋に入り、荷物をおろし、少しくつろごうかと思ったんだけど。
エルマさんが入って来た。
「さあ、行くわよ」
「・・・どこに」
一応聞かせてくれ。
「勧善懲悪よ!」
やっぱり・・・。
まあ、勧善懲悪はおいといて。
明日の山越え準備のため、買い物はしておきたい。
なので、村にある雑貨店に行きましょうか。
ウィナの店は、その後でね。
エルマさんをスルーしながら宿を出る俺にミュリエルが心配そうな顔でついてくる。
「ミュリエルは部屋でゆっくりしてればいいよ。夕食前に迎えに来るから」
ミュリエルの買い物もあるのだけど、それは俺が買ってくればいい。
色々と疲れているはずだから、できるだけ休んだ方がいいだろう。
「いえ、私も一緒に行きたいです」
「そうよ、3人で勧善懲悪よ」
「・・・」
まあ、ミュリエルがそう言うなら、いいか。
「じゃあ、一緒に行こう」
夕食は要らないと宿の主人に告げ、宿を出ようとしたら、入口付近にいた男に話しかけられた。
「おっ、やっぱり出かけるのかい?」
この村ではよく見かける獣人。
あとでミュリエルに聞いたところ、犬狼族という種族らしい。
髪は茶色。短髪のために犬耳が目立っている。背は高くなく痩身だが華奢な感じはしない。
こう、何というか、無駄なものを削ぎ取って絞ったという感じの体躯といったらいいだろうか。とにかく、鍛えられているのが分かる。
歳はどうだろう。20歳は超えていると思うがよく分からない。
そんな犬狼族の男が笑顔で話しかけてきたのだ。
「はい?」
「いや、外は物騒なのに出掛けるのかなと思ってね」
「物騒と言っても、村中が物騒なわけではないでしょ」
「まあね」
「何か用なの?」
エルマが胡散臭そうに睨んでいる。
「そんな怖い顔しないでくれよ」
「ふん」
「用がないなら、急ぐので」
暇つぶしに話しかけてきただけなら、用はない。
早く雑貨店に行こう。
「で、やっつけるのかい?」
さっきの話を聞いていたのか。
「・・・」
「そこの姉さんが啖呵を切るの聞いてね。いや、格好よかった」
おっ、エルマさんが胸を張っている。
嬉しいんかい。
「僕たちは買い物に行くだけなので」
やっつけると言ったらどうする気だ。
ここは適当に流して、さっさと買い物に行こう。
「では、これで」
宿屋から出ていく俺たちを、そいつはにやにやと笑って見送っていた。
にやにや笑っているんだけど、その表情に嫌味はない。
耳のせいか、それとも顔の造作のためか、なんとなく愛嬌があるんだよな。
しかし、こいつ・・・。
「ありがとうございました」
買い物を終え、雑貨店を出る。
相変わらずミュリエルは礼儀正しい。
というか、気を遣いすぎだ。
店内に次いで、外でも礼を言ってくる。
些細な買い物なのに。
「気にしなくていいよ」
そんなことより、無事買い物も終わったし。
「少し早いけど、何か食べに行こうか」
「いいわね」
「はい」
行く店は当然決まっている。
村を散策がてら、ゆっくりと歩いて店へと向かう。
ならず者の3人も見かけないし、存外気楽なものだ。
えーと、確か、この辺だったよな・・・。
おっ、あれだあれ。
いかにも食堂という風情のこの店。
ウィナとディノの祖父母が経営している料理屋だ。
前回来た時は、美味しい料理を御馳走になった。
「ここに入ろうか」
「はい」
「ええ」
2人とも異存はないようだな。
ということで、暖簾をくぐろうとしたところ。
中から皿が飛んできた。
「なめるなよ」
「俺を誰だと思ってるんだ」
「死にたいのか」
騒々しい。
店内でも、食器が割れる音が響いている。
「てめえ!」
あ~、そうか。
ここにいたのか。
迷惑だな。
うん?
エルマさん・・・。
何その顔。
舌なめずりでもしそうな表情なんだけど。
「見つけたわよ」
店内は予想通りの惨状だった。
床には割れた皿の破片が散らばり、料理も散乱している。
その中に男が2人。
加害者と被害者、明らかに分かる状況だ。
他の関係のない客は遠目で様子をうかがっている。
ウィナとディノは隠れているのか見当たらない。
お祖母さんもいないな。
お祖父さんは・・・。
「そ、外でやってくれんか」
「うるせえ」
お祖父さんが首をすくめる。
怒鳴ったのは、例の3人のうちの1人だろうな。
仲間の2人は一緒にいないのか、1人のようだ。
しかしまあ、こんな早い時間から酒を飲んで暴れているとは、ステレオタイプの冒険者くずれだな。
そいつの無法っぷりが村人に知れ渡っているためか、絡まれている客を助けようとする者もいない。心配そうに見つめるばかり。
「や、やめてくれ」
胸ぐらをつかまれ顔をひきつらせながら、しぼり出すような一言。
「責任を取ってもらわないとな」
「俺がやったんじゃない」
「ふん」
男が拳を振り上げる。
にやにやと口元をゆがめる加害者と、真っ青な顔で首を振る被害者。
ほっとけないか。
お祖父さんの店だしな。
「痛っ」
振り上げた腕に、木剣の一撃。
俺じゃないけどね。
「いい加減にしなさいよ」
「な、なんだお前」
「通りすがりの一般人よ」
目を吊り上げて、木剣をその男の首筋にピタリと当てている。
男前だな。
どっかで聞いたようなセリフだけど・・・。
「ふざけやがって。やるのか」
いや、いや。
そのまま首を打たれれば終わるぞ。
「ふん、いいわ。表に出なさい」
・・・。
打たなかった。
愉しんでるんじゃないか。
口角が上がってるぞ。
「大丈夫でしょうか」
ミュリエルが心配そうに聞いてくる。
「問題ないよ」
その時、厨房からこっちを窺っているウィナとディノの顔が見えた。
心配そうなその顔にゆっくり頷いてやると、少し安心したようだ。
「あ、あんたら・・・」
お祖父さんも、ようやく俺たちに気付いたようだ。




