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転性剣士商売  作者: 明之 想
第二章
52/61

第五十二話  回復薬




 ・・・ああ。


 ゆっくりとした覚醒、それとともに込み上げる充実感。

 完全分離型、できるようになったんだよなぁ。


 まだ朦朧とする頭を振って起床。

 さっそく試してみる。

 展開・・・。


 よし!

 まだまだ改善の余地はあるけれど、とりあえず成功だ。


 ふぅ~。

 出来て良かった。

 思わず大きな息を吐いてしまう。

 寝て起きたら出来ませんでしたなんて、洒落にならんから。

 首を回し、肩をほぐすように腕も回す。

 うん、何とかなったな。



 その後、さらに試行を繰り返し。

 自分から5メートル以内の距離なら障壁を展開できるようになった。

 5メートル以上離れた場所に障壁を作ると安定しない。

 ちなみに、大きさは2メートル四方まで。

 今のところ、これで精一杯。

 今後さらなる練習が必要だとしても、今はこの成功を喜びたい。




 最後にもう一つだけ試そうかな。


 魔力障壁を細長く伸ばして円柱を作る。

 直径5センチ、長さ150センチほどの円柱。

 そう、魔力剣だ。

 なんか理力剣みたいで格好いいぞ。


 が・・・。


 これはさらに扱いが難しかった。

 魔力を円柱状に展開する時、何かしっくりこないんだよな。

 展開はできるんだけど、何と言うか・・・安定しない?

 防御ではなく、攻撃用だからか?

 うーん・・・。


 防御障壁は今までも使っていたし、ある程度コツも掴めていたからなぁ。

 対して、攻撃用は慣れていない。

 だからかもしれないけど。

 上手くいかない。


 その後、少し練習。


 ・・・。

 うん、出来そうな気が全くしないな。

 完全分離型の時は出来なかった時でも、何とかなりそうな気がしたんだけどなぁ、これは・・・

 まあ、あせらず、じっくりやって行こう。

 谷底から出た後も練習を続ければいいしな。


 魔力そのもので攻撃用の剣を作る。

 何とも言えないロマンなのだから。





 さて、そろそろ帰ろうか。

 随分と長い間、谷底に滞在してしまったよな。

 俺の不在はいつもの事とは言え、ミュリエルさんも心配しているだろう・・・。

 申し訳ない。


 ちなみに、ここに魔物は一度も現れなかった。

 本当に安全地帯なのかもしれない。

 ホント、使える場所だ。



 では、出発。

 まずは、谷底の落下したであろう場所まで歩いて行く。

 転移石は、やはり使わない。

 もったいないからね。

 まずは、他の方法を試してみよう。

 それが駄目ならということ。


 道中、前に倒した魔物の遺体が残っていたので、簡単に素材を回収しておく。

 売れるかどうか分からないが、とりあえずだ。

 しかし、この谷底は色々と不思議だよな。

 この素材も、それなりに時間は経っているはずなのに、ほとんど劣化していなかったから。



 素材を回収していると、スリムミノタウロスが登場。

 いつでも回復できる状況なので素手で戦っても問題はないけど、今回は虎徹を使ってみることに。

 虎徹であいつの防御障壁を破れるなら、ある程度の数が出てきても対応可能だ。

 その確認がしたい。


 一つ覚えの突進で俺に迫るスリムミノ。

 こっちも、虎徹を手に前進。

 ミノの攻撃を避け、すれ違いざまに水平に薙ぎ払う。

 魔力と気を纏わせた一刀。


 大した抵抗も無く、振り抜くことができた。

 ホント、呆気ないと思えるほどに。

 ここまでの切れ味だったのかと驚いてしまう。

 それとも、俺の魔力と気の使い方が上手くなったとか・・・。


 いずれにしろ、頼りになる相棒だ。


「さすが虎徹」


 そうつぶやく俺の背後で、音も無くミノの上半身と下半身が分離した。





 よーし、到着。

 おぉ~。

 すごい高さだな。

 複数の火の玉を頭上に飛ばしても、谷の上まで見ることはできない。

 ホント、こんな高さから落ちて良く無事だったよ。


 さてと。

 魔力は満タン。

 水筒には純春水。

 これで魔力切れの心配もまずない。


 では、さっそく試してみよう。

 独立型魔力障壁を頭上5メートルの位置に水平に設置。

 軽く跳躍。

 慎重に魔力障壁の上に着地。


 ちょっと不安定かも。

 でも・・・問題無いな。


 さらに5メートル上に設置。

 跳躍、着地。

 成功。

 うん、いけそうだ。


 ということで。

 設置、跳躍、着地・・・。

 これを繰り返し。

 谷の上まで戻ることができた。




 ふぅ~。

 戻って来たぞ。

 これで一安心。

 あとは、レントに戻るだけ。


 落ちた時はどうなることかと思ったけど、無事に戻れて良かったよ。

 本当に今回も色々とあったけど、得るものも多かった。

 結果的には万々歳だな。


 それに、この谷底の安全地帯。

 もう秘密基地だよな。

 人目が無く安全で、いつでも回復可。

 実験所、鍛錬場所として最適だ。

 まあ、暗いのが難点だけどね。

 また近い内に来よう。


 次に来る時には、ある程度の量の純春水も確保したい。

 今回は次元袋に入っていた水筒に純春水を少し入れただけだから。

 となると・・・レントに戻ったら水筒を買う必要があるな。

 いや、水筒なんかじゃ足りないか。

 もっと大量に入れておくには・・・大きな水瓶みたいなモノ買わなきゃな。


 それと、この谷底にはまだ調べていない場所も残っている。

 これも近い内に探索するか。

 ああ、そうか。

 目の前にあるこの石橋の奥も調べないと。


 ・・・。


 今から探索するのもありだな。


 ・・・。


 今回は止めておこうか。

 さすがに、一度レントに戻った方がいいよな。


 でもなぁ・・・。

 石橋に仕掛けられたあの邪悪な罠。

 やっぱり、橋の向こうには何かあると思うよ。


 ・・・感知した限りでは、橋の奥100メートル程の範囲には特に何も無さそうだけど。


 うぅぅ。

 探索したい。


 ・・・。


 まあ帰ろうか。



 とにかく、今後ここには何度も来ることになりそうだ。






--------------




「これは、すごい! 凄いですよ、ハヤトさん」


 俺の目の前には興奮に顔を紅潮させているライナスさん。

 いつもは冷静なライナスさんなのに、珍しい。


「こ、これを定期的に納品していただけるんですよね」


 上ずっている。

 ちょっと、こっちが引いてしまうほどの勢いだ。


「まあ、そうですね」


「素晴らしい・・・」


 この春水。

 素晴らしい回復薬だとは思っていたけど、やり手の商人をも狂熱させる物なのか。

 だとしたら、純春水は・・・。

 これは、迂闊に渡せそうにないな。




 地下迷宮の谷底からレントに帰還して後、ライナスさんの店を訪れ春水を見せたところ。

 まずは効能を調べたいということで、従業員の中から簡単な魔法を使える者を選んで実験したんだけど。

 彼らの想像を超えていたようだ。


 普段通りに魔法を使い、魔力が尽きた状態で春水100CCを服用。

 なんと、魔力が全回復していた。

 その時の、ライナスさんと従業員の驚き様ったら・・・。


 しかし、俺が谷底で実験した時と効能が違うよな。

 俺自身で実験した限りでは、春水100CCでは全回復しなかった。

 まあ、魔力量も違うから当然といえば当然なんだけど。

 でも、俺の魔力量は少ないはずなんだけどなぁ。

 ひょっとして人によって効果が違うのか・・・分からん。

 


 ところで、今回実験に協力してもらった従業員の1人が、あの執事さんっぽい人。

 仕事もできそうだけど、魔法も使えたんですね・・・。



「こんな効果がある魔力回復薬・・・しかも体力まで回復できるとは・・・」


 ライナスさんの興奮は収まる気配が無い。

 大丈夫か・・・。


 ちなみに、この場ではまだ体力回復の実験はしていない。

 していないんだけど、魔力回復の実験のために服用した際、服用者は身体が軽くなったように感じたらしい。

 それに加え、魔力回復の効果を目の当たりにしたこともあって、体力回復効果もあるという俺の言葉を信じてくれたようだ。


「それだけじゃなく、怪我にも効果がありますよ」


 俺の言葉に目を剥くライナスさん。


「・・・本当ですか?」


 頷く俺。

 それを見るや、ライナスさん、ナイフで自分の指先を切り、そこに春水を振りかける。


 すると・・・。


 瞬く間に、傷跡が消えてしまった。


「!!」


 さっきにもまして凄い顔色になってるぞ。

 周りの従業員の皆さんも。

 いつも冷静な執事さんまで・・・。

 俺、いけない事しちゃった?

 大丈夫かな。



「これは・・・」


 皆さん、何やらつぶやいている。



「ハヤトさん!!」


「は、はい」


 焦ったぁ。

 凄い勢いで声を掛けられたよ。


「間違いなく売れますよ。これは、凄いことになる・・・」


 どうやらこの世界、回復薬というものは存在はするが、かなり高価な品らしい。

 その上、大した効果が無いと。

 もちろん、特別高価な回復薬なら結構な回復効果があるらしいんだけど、桁が違う金額になるとのことだ。


 そういえば、以前そんな話を聞いたような気がする。

 俺は普段回復薬をほとんど使ってないから、その辺は疎くなっていたみたいだ。

 手持ちの回復薬も次元袋に入れたまま忘れていたかも・・・。



 さて、この回復薬というもの、通常は魔力用、体力用など単一効果しかないらしい。

 一つの回復薬で、魔力回復、体力回復、さらには怪我の治療効果まである代物なんて、聞いたことも無いそうだ。

 とにかく、とんでもないモノらしい。



 そこまでとは思わなかった・・・。

 この春水・・・確かに売れそうだ。


 しかし、春水でこれだとすると、純春水はもう・・・。

 純春水を見せなくて良かったよ。

 というか、純春水の話をしなくて良かった。

 これは、もう、春水だけの取引にした方がいいよな。

 準春水でも良かったかも。


 とにかく、純春水は秘密ということで・・・。




「それで、いつ納品していただけるのでしょうか?」


 谷底に行って汲んで来なきゃいけないからなぁ。

 うーん。


「年始くらいには」


「えっ!」


 今日のライナスさんは感情が豊かだなぁ。

 ホント、珍しい。

 でも、まあ、いつもお世話になっているし・・・。


「分かりました。では、2、3日中に」


「!!」


 うん?

 年始なら不満ということでは無かったの?


「本当ですか?」


「・・・ええ、まあ」


「よろしくお願いします」


 満面の笑み。

 年始でも十分満足だったのか・・・。



 その後、値段の交渉。

 予想を大幅に上回る金額を提示された。

 なので、とりあえず却下。

 だって、タダなんですよ。

 無料の水をそんな値段で売れませんわ。

 と思ったんだけど、市場価値も考慮してライナスさんが新たに提示した値段で交渉がまとまりました。

 凄い金額なんだけど。


 この春水が市場に出回ると凄いことになるとライナスさんは言ってましたね。


 ・・・。


 まあ、その辺は全てライナスさんに任せよう。

 俺は納品するだけということで。



 しかし、まあ、思いもかけず大金持ちになってしまいそうだ。

 もう働く必要も無いかも・・・。


 いやいや、俺は働くぞ。

 金のためだけに働くんじゃないんだから。

 世のために働くんだ。


 ・・・。


 うん、俺も浮かれてるみたいだ。




 さて、そろそろおいとましようかと思ったら。


「そうだ、忘れるところでした」


「はい?」


 道場の方に近々顔を出して欲しいというギルベルトさんからの伝言。

 それを伝えるのを忘れていたらしい。

 まあ、忘れるほどの衝撃だったんだろうな。


「分かりました。道場の方に顔を出してみます」


 で、ギルベルトさん。

 何かあったのか。

 わざわざライナスさんに伝言するなんて。

 とりあえず、様子を見に行こう。







 カーン、カーン。

 カン、カーン・・・。


 おっ、これは。

 木剣の響き・・・。

 外まで響いている。


 ・・・うん。

 やっぱり、いいな。

 道場なんだから、こうでなきゃ。


 この道場、閑古鳥が鳴いていることが多かったからなぁ。

 こうして賑わっているのは嬉しい。

 ホント、この音を聞いていると心地いいな。


 とはいえ、いつまでも外で聞いているわけにもいかないか。



「こんにちは」


 瞬間、木剣の動きが止まる。

 俺に降り注がれる視線。

 妙に熱い・・・。


 えっ?

 なに?


 そこに、ギルベルトさんが登場。


「ライナスさんから伝言を聞いたんですが」


「ああ、やっと来てくれましたね。待っていたんですよ」


 笑顔の中に安堵の色。

 それは、やっぱり・・・。


「はあ」


「本当に、みんな待っていたんですよ」


「・・・」


 でしょうね。

 俺に向けられる熱烈な眼差し、勘違いでは無い・・・か。


「待っていたぞ、ハヤト君。いや、ハヤト殿」

「やっと会えたな」


 えーと・・・。

 ああ、そうか。

 先日の決闘の2人か。


「道場では・・・稽古ですか?」


「稽古は稽古だが、ハヤト殿に指導してもらおうと思ってな。ところが、肝心のハヤト殿がなかなか道場に顔を出してくれないので、困っていたんだ」


「その通り。先日の話では、道場に行けば教えてもらえると聞いていたからな」


 ・・・そういえば、そんな話してたような。

 最近はそれどころじゃ無かったので、忘れてた・・・。


「そうでしたか・・・」


「では、早速、指南してもらおうか」


「ちょっと、待ちなさい」


 凛とした声がとどろく。

 そこには、綺麗な黒髪と大きな碧い瞳を持つ美少女。


「さきに、私に教えなさいよ」


「エルマさん・・・」


 まだ、道場に来てたんですね。

 というか、散々一緒に行動してたでしょ。

 年始も一緒に迷宮に行くんでしょ。

 それでも、稽古をつけろと。

 稽古は別物だと・・・。



「僕にも教えてよ、先生」


 ターヒルまで居る。

 君にはいつも教えているよね。

 確かに最近はご無沙汰だったけど。


「俺にも!!」


 他にも数人が声を上げる。

 俺って、いつの間にこんな人気者になったんだ。


 はぁ。

 まあ、正直悪い気はしないけど・・・。


 しかし、まあ、勢ぞろいだな。

 みんな俺を待っていたとか?

 いやいや・・・。


 俺のことなど気にせず稽古して下さいよ。

 ここは俺の道場じゃないし。

 ギルベルトさんにも悪いですよ。

 なんて、俺の心の声は無視。


「指導頼む!」

「頼む!」

「教えなさい!」

「教えて!」


 道場に響き渡るその声は、あらかじめ練習していたかのように息が合っている。

 俺に詰め寄る歩調も合ってるぞ。

 なんだそれ・・・。


 俺たちの様子を興味深そうな目で窺っていた他の門下生たちも何か言いたそうだ。

 はぁ、まいったなぁ。


「え~と、ギルベルトさん・・・」


 助けて。


「お願いします」


 丁寧に頭を下げられた。


「・・・」


 結局、指導することになりました・・・。







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