第五話 実験
さすが異世界。
魔物が出るらしい!
今朝、ケヘルさんと少しばかり話をした後、俺が外でやりたいことがあると言って、外に出ようとすると、魔物の話をされた。
この辺りは、それなりに強力な魔物が生息し、人に襲いかかることも少なくないので、家からあまり離れるなと注意を受けたのだ。
ただし、魔物に有効な結界を張っているので、家から半径50メートルの範囲内までは安全らしい。
魔物って?
結界って?
曰く、魔物はこの大陸のいたる所に生息しており、人を襲うらしい。通常は空腹時に襲ってくるが、例外もあると。
腕に覚えの無い者は、出会わないようにするしかない。出会った場合も、逃げることに専念すべきで戦おうなどと思わないこと。
また、町や村などには、大きな結界が張られているので、魔物が入ってくることはまずないそうだ。
魔物の侵入を防ぐ結界には、魔法によるものと結界石によるものがある。
通常、町や村には結界石を用いるらしい。この家にも、半径50メートルは有効な結界石が設置されている。
だから、50メートルまでは家から離れても安全という事だね。
もっと色々と魔物について質問をしたかったのだけど、ケヘルさんは忙しそうだったし、やたらと訊くのもおかしいだろう。いくら記憶障害だといってもね。
なので、詳しい話は、今後小出しに訊いていくことにしましょ。
ということで、俺は確実に安全な家から50メートル以内の場所にいるのです。
ところで、このメートル。
翻訳は大丈夫なんだろうか?
この世界での1メートルは俺の世界での10センチ相当なんていわれたら、俺は即襲われるからね。
まあ、周りに魔物も見かけないし、大丈夫かな。
では、実験の続きを。
魔法の実践だ!
昨日は室内ということもあって、あまり大胆にできなかった魔法を使ってみることにする。
まずは、水魔法から。
・・・結果。
昨日よりは威力と量が増していた。
なんとなくコツもつかめた。
この世界の魔法は、詠唱をすることによって発現するみたいで、その詠唱はなぜだか俺の頭に自然と浮かんでくるようだ。ありがたい恩恵かな。
詠唱の後に体内に魔力の発現と流れを感じることができたので、それを少々いじってみたら、巧く効果を高めることもできた。普段から、剣術の稽古の際に気を練る訓練をしていたおかげか。魔力と気は同じものではないのだろうけど、扱い方は似ているみたいだから。
いや、正直言うと、ほとんど同じように感じられた。勿論、厳密には違うのかもしれないが、扱った感覚では同一と言っても良いくらいだ。
もしかして、前世でも巧くすれば魔法が使えたのかもと思えてくる。
まあ、それはないか。
でも、・・・。
前世日本に戻ることができたなら、試してみよ。
・・・。
前世では気を練る訓練といっても、目に見えるものではないので、効果の実感があった時も、実は思い込みではないのかと疑問に思うことも多かった。最初の頃は、師匠の教えなので無理やり信じて実践していたものだ。
練り上げた気を刀に纏わせ居合いで斬る!
確かに威力は絶大なのだけど、これって集中力の問題では?
なんて思ったりして。
ある程度、気を使いこなせるようになってからも、そんな疑問は燻ぶっていた。
しかし、魔法を使うことで、計らずも数年来のわだかまりが氷解した。
魔力の発現から体内での循環、表出。
曖昧な感覚としてだけでなく、目に見える形として実感できたのだ。
今なら、気は存在するし効果もあるのだと確信できる。
そんな、予想外の嬉しい発見もあったんだけど。
なのだけども、魔法の連発ができない!
俺の魔力量は少ないのかな。
一般の適量なんて知らないから良く分からない。
でも、多くはない気がするね。
昨日並みの小効果の魔法なら、それなりの数を使えるのだけど、威力と量を上げると全くもって続かない。魔法効果と消費魔力は比例していないのかな。それくらい使えないね。
数回使っては休憩の繰り返し。
ステータスを確認しながら試したところ魔力がほぼ無くなった状態から、1時間休めば半分近く回復すると分かった。2時間は休憩していないので、2時間で完全回復するかは判らない。この世界、あまり比例を頼りにできないから。
そんな感じで、昼食を挟んで夕方まで実験。
ほとんどの時間、魔法を使って過ごしたのだが、後半の少しの時間は、この世界の俺の14歳の身体が、前世の俺と比べてどれくらい動けるかの確認、および虎徹の切れ味確認に使った。
身体は・・・。
不思議なことに思った以上に、いや、異常に動いた!
身体の動きという点では、まだこの身体に慣れていないのか、前世の身体との感覚差からか、多少ぎこちなさが残っている。上手く動かない。制御できていないといった感じかな。
剣道、剣術の型も、上手くいかない。
それでも、単発の動き自体は悪くないかな。
力の方はというと。
見たところでは筋肉はかなり落ちているようだし、当然筋力も相当落ち込んでいると思っていた。
ところが、剣を振るった感じでは、筋力、腕力は前世25歳時と比べて遜色ないどころか上回っている感覚がある。測定器具などあるはずもないので厳密には判らないが、上回っていることだけは確実だろう。
そういえば、何を持っても重いと感じないな。
どういうことだろ?
スピード。
これは相当だ!
明らかに早くなっている。
今なら、100メートルの世界記録でも出せそうな気がするぞ。
不思議としか言いようがないね。
地球とは重力が違うとか?
そういうこともあるのかな?
それとも単に恩恵?
もちろん、重力の違いなど検証できるわけもない。
考えても無駄だ。
でもなぁ、この筋肉量に、この力、速さ・・・。
うーん・・・。
いずれにしろ、これから鍛えて筋肉量は増やせば、更なるパワーとスピードが身に付くに違いない。
そう考えると楽しみだな。
そして、虎徹の切れ味。
試してみましたよ、もちろん。
・・・。
恐ろしいくらいの切れ味だった!!
前世で使ったどの日本刀も比べ物にならない。
まるで、溶けかけのバターを切るかのように殆ど抵抗がない。
やはり異世界の名刀。
前世の刀とは、そもそも質が違うのかもしれない。
「ただいま戻りました」
ケヘルさんに声をかける。
奥からいい匂いが漂ってくる。夕食を作ってくれたみたいだ。
お世話になるなぁ。
「夕食にしようか」
肉料理を豪快に盛りつけた大皿片手に笑顔で迎えてくれる。
「ありがとうございます。お仕事は大丈夫なのですか」
「気にしなくていい。殆ど片付けた。そちらこそ身体は問題ないか?」
「おかげさまで特に問題ないようです」
少しなまっているみたいですけどね。
でも、なんか凄かったです。
「それは重畳だ」
こうして、異世界での4回目の食事をいただきました。
肉料理にスープ、サラダ、パンと種類は多くないけど一品の量が半端ない。
豪快な男料理といったところか。
とはいえ、味も悪くない。
この世界、料理の味は問題なさそうだ。一人暮らしが長いからか、さして味に煩くはない俺だけども、美味しいものが嫌いなわけはない。むしろ大好きだ。
うん?
ケヘルさんが料理上手なだけか?
「料理お上手ですね」
「上手いわけではないが・・・、男やもめの手慰みだ」
それが謙遜でないなら、この世界の料理には期待が持てる。
ちょっと楽しみだ。
などと思いながら、手と口は止まることなく。
たっぷりいただきました。今日は魔法の練習で疲れていたしね。
空腹でしたから。
「さて、少し話をしよう」
「はい」
色々と訊きたいことがある。疑問でいっぱいだ。
でも、ここは落ち着いて一つずつ整理していきたい。
「記憶はまだ戻らないかな?」
「残念ながら・・・」
やはり、まだ本当のことは言えない。
お世話になっている方に嘘をつくのも心苦しいが、これからのことを考えると下手なことは言えない。とりあえず、前世話は封印だ。
「だとすると、朝も言ったように当分はここに居なさい。この家を拠点にして君の記憶の回復を図ろう。まずは、サニア村で君のことを知っている者がいないか探してみるか」
俺のこと知っている奴なんていないですよ~。
21世紀日本出身ですから。
「曖昧なのですが、サニア村に自分がいたような気はしません。もちろん、僕のことを知っている人もいない気がします」
「・・・?」
しまった。
記憶がないのに、そんな気がするっておかしいか。
「記憶はないのですが、おぼろげながら色々と思い浮かぶこともあるので。それによると、サニア村には縁が無いような・・・」
ちょっと苦しい言い訳。
いや、とりあえず通じた、かな?
「そうか。とはいえ、現状ではサニア村で手がかりを探すしかあるまい」
「そうですね・・・。ただ、サニア村に行くのは数日待ってもらえませんか」
理由を言えと、目で訴えかけてくる。
目力強いですねぇ。
「もう少し自分の身体の調子を確認してからにしたいのです。今日だけでは、まだ不安が・・・」
確認したい事、やりたい事はまだまだ沢山ある。
村なんかに行ったら、また新たな情報が増えて処理困難に陥るよ。
まずは目先のことを一つずつです。
うん。
ケヘルさんも納得してくれたようだ。
「いずれにしても、ケヘルさんの厄介になるのですが・・・、本当に宜しいのですか」
「言っただろう。その年齢で遠慮することは無い」
「そうはいっても・・・」
「遠慮するな」
この世界では俺も14歳。
あまりしつこく言い張るのも良くない・・・、のかな。
甘えさせてもらうか。
「ありがとうございます。この恩は必ず返しますので」
「気にするな」
「とんでもないです。是非返させてください」
「・・・好きにしたらいい」
不承不承という顔つきながら了承してくれたようだ。
俺は人から受けた恩は返さずにいられないタチだから、とりあえずも了解してくれてよかった。
義理を欠いては、人の世は渡ることはできません。それは異世界でも同じでしょ。
「それと、僕のことは颯人。ハヤトと呼んでください」
「わかった」
ということで、ケヘルさん宅への仮住まい正式決定。
それからは、この世界の常識について話を伺いました。
地理、世界情勢、経済から魔法、生活、風習と多岐にわたる内容を浅く広く。
種族についても聞きました。
やはり人間以外の種族、いわゆる亜人種もいるらしい。
ステータス表示で人間種と出ていたから、想像はしていたけどね。
ちょっとワクワクする。
異世界ロマンだ。
あまり色々と訊くのも不自然かと思ったので適当に切り上げたけど、訊きたいことは山ほどある。
情報は重要ですからね。
これからは、この世界で生きていくのだから、早く情報を集めて分析したい。
記憶障害を理由にしたので、質問が多くても、それほどおかしいとは思われていないはずだよね・・・。
上手く振る舞えたと思うんだけど。
どうなのかな?
とにかく、話を聞けたおかげで、何となくではあるけれど、この世界のことが解ってきたような気がする。
前世日本とは大きく違う異世界だなぁ・・・、つくづく思う。
そうそう、俺が14歳だと告げた時、ケヘルさん驚いていたな。
もっと幼いと思っていたらしい。
そんなに童顔ですかぁ?
前世世界でも東洋人は若く見えるっていうし、こちらでも同じなのかな。
本当は14歳どころか25歳なんですけどね。




