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転性剣士商売  作者: 明之 想
第二章
49/61

第四十九話  大地下3



 スリムなミノタウロス。

 身長は二メートル程度。

 禍々しい雰囲気を放つその魔物は、他を圧するような筋骨隆々の逞しさを誇っている・・・わけでは無さそうだ。

 猛々しい筋肉を持つ剛健な肉体というより、しなやかで敏捷性に富む肉体。


 そして、その引き締まった身体は、当然のように柔靭な筋肉の鎧で覆われている。

 細く柔靭なその筋肉・・・。

 一見しただけで、かなりの力量を持つ魔物だと分かる。


 これはまた、簡単な相手じゃないな。

 さっきの爪カンガルー同様に強そうだ。

 この谷底、尋常じゃない魔物だらけなのかもしれない。


 今の魔力残量で大丈夫か。

 少ししか回復していないが。

 ・・・。

 せめて大剣でもあれば。

 それも次元袋の中・・・。


 仕方ない。

 やるしかないな。

 何とかなるだろ。


 では・・・。

 中威力と高威力の水弾と火炎弾を各一発ずつ用意。

 治癒と2倍速を使うことを考えたら、これ以上はほとんど使えない。

 これで、仕留めてやる。

 さあ、かかってこい。



 約10メートルの距離を挟んで対峙する。

 あいつも俺の実力を測っているのか、動こうとしない。


 しかし、それも長くは続かなかった。

 紅い眼が不気味に光る。

 牛顔に不敵な笑みらしきものを浮かべ、すごい勢いで突進してきた。


 やっぱり速い。

 なら、こちらも。

 2倍速で。


「ゴォォォ」


 突進状態のまま口から火炎を吐き出す。

 これは予想の範疇。

 上にいた本家ミノタウロスも火炎攻撃を仕掛けてきたからな。


 高温の火炎を余裕をもって躱す。

 が、その先にはスリムミノタウロスの拳。

 一瞬で間合いを詰め、俺に火炎を避けられることも予期した上での拳。

 しなやかな筋肉の収縮が生み出す強力な一撃だ。


 とはいえ、当たらねばどうということも無い。

 身体を右に振って躱し、スリムミノの横から短剣で首に斬りつける。


 キン!


 弾かれた。

 まあね。

 こいつが防御障壁を展開しているのは分かっている。

 分かっているが・・・。

 この防御障壁は爪カンガルーのモノより強度がありそうだ。


 なるほどなぁ。

 素早い攻撃に、高い防御力。それに加えて、火炎攻撃。

 その見てくれは伊達ではない。


 とはいえ、速さの点では問題なさそうだ。

 2倍速を使えば、スピードで圧倒できるだろう。


 これなら、いけるはず。



 斬りつけた後、スリムミノの後方に回り込む。

 こいつも俺を捕捉しようと振り向く。

 が、遅い。

 さらに後ろに回り込み、背中に掌底を打ち込む。

 内部まで届くよう振動をたっぷり伝えて。


 鈍い音と、それなりの手応え。

 

 ・・・なに!?

 全く効いていないのか。


 ふらつくことも無く、しっかりと地面を踏みしめ、火炎を吐きながら俺に掴みかかってきた。

 火炎を避けながら左後方に跳躍。

 距離をとる。


 ・・・。


 スリムミノタウロスには掌底が効かない。


 手応えはあった。

 確かにあった。

 爪カンガルーに与えた一撃以上の手応えが・・・。

 なのに・・・衝撃を吸収された?

 防御された。

 それとも・・・。


 あの障壁。

 慎重に感知し観察してみると・・・。


 そうか。

 少し身体から離しているんだな。

 爪カンガルーは身体に障壁を密着させていたけど、こいつは身体から数センチ離して防御障壁を展開している。


 なるほど、振動が伝わり難いはずだ。

 でも、そうと分かれば、やりようはある。

 簡単ではないが、なんとかするしかないだろう。


 再び接近。

 スリムミノの攻撃を掻いくぐる。

 背後に回り込み。

 正拳突き。


 で、これならどうだ。


 そのままゼロ距離からの中威力火炎弾。



「・・・駄目か」


 1メートルほどスリムミノを吹っ飛ばしただけ。

 ダメージは皆無。


 まだ、これでは足りない。

 となると、やはり、もう。

 一点集中攻撃で障壁の破壊を狙うか。

 上手くいってくれよ。



 左右に跳ね火炎攻撃を回避しながら、正面に接近を試みる。

 スピードでは圧倒しているので、今のところ攻撃を避けるのは難しくない。

 こちらの攻撃も通っていないけど・・・。


 おっと。

 懲りずに特大の火炎弾を放ってきた。

 身を屈めるようにしてそれを避け、さらに前方に身を投げ出す。

 スリムミノの強力な右手の一振りが俺の頭上をかすめる。

 俺は地面に右手をつき、それを軸に身体を回転させるようにしてミノの足に蹴りを入れる。


 ガゴン!


 やはり障壁に阻まれた。

 俺の足にも魔力をコーティングさせておいたんだけど、無理だったか。

 地面に転がしてやろうと思ったのに。


 頭上から迫るミノの拳をなんとか躱し、再び距離をとる。


 本当に厄介な防御障壁だな。

 足止めも上手くできない。

 困ったもんだ。


 うーん・・・。


 スリムミノタウロスも手詰まりなのか、その場で固まっている。

 少し首をかしげるような仕草。

 微妙な愛嬌がある・・・。


 おっ。

 2倍速の効果が切れた。

 まずい、まずい。


 もう一度、使うか?

 使って大丈夫なのか。

 魔力の残量は・・・。

 でも、使うしかない。

 よし。

 再発動。


 さて。

 時間がもったいない、早くけりをつけないと。

 と思っていたところ。

 突然、スリムミノを覆う魔力が変わった。

 ミノの身体を紅蓮の炎が覆っていく。

 

 なるほど、防御障壁の上にさらに炎を纏ったのか。

 これは、ますます難儀だな。

 防御障壁だけでも手を焼いていたのに・・・。


 いや、まてよ・・・。


 感知。

 感知。


 ・・・これは。

 好機到来か。

 あいつ・・・防御障壁の上に炎を纏ったんじゃないな。

 障壁を解いて、炎を纏っているだけだ。


 まあ、奴も攻撃力を上げたかったんだろうが。

 それは拙策だろ。

 墓穴を掘ったな。

 ここを逃す手はない。


 残り少ない魔力と気を練り上げ、俺の身体を覆い尽くす。

 こっちも防御障壁の完成だ。


 そこにミノが体当たりをかましてきた。

 紅蓮の炎を纏った身体による体当たり。

 相当な迫力だ。

 けど、そんなの当たらないぞ。

 攻撃が単調で直線的すぎる。


 ミノの上を跳躍し、背後から中威力の水弾を一発。

 身体を覆う紅蓮の炎に幾分蒸発させられながらも、俺の水弾は一直線にミノの背中に迫る。


 入った。

 でも、まだだ。


 左の正拳突きを背中に一発。

 腕も拳も障壁で守っているけど熱い。

 我慢。


「ルオォォォ」


 吠えるミノ。

 効いたな。


 振り返るミノの背後に再び回って、今度は短剣を突き入れる。

 さっきと同じ箇所のはず。

 これも効いている。

 さらに、その上から高威力の水弾。

 どうだ・・・。


 ドシュ!


 やった、ミノの身体を突き抜けた!


「オォォォ・・・」


 凄まじい咆哮とともに、倒れ伏すスリムミノタウロス。


「ふぅぅ」


 なんとか勝てたか。

 よかったぁ・・・。




 しかし、ホント。

 この谷底は半端ないな。

 甘くない。

 本当に甘くない。


 ・・・。


 まだ続くみたいだ。



 爪カンガルーが2匹。

 すぐそこに来ていた。

 勘弁してほしい・・・。




 最初からラッシュをかける。

 2匹を上手く分断し、掌底で動きを止める。

 さらに掌底の連続攻撃。

 障壁が弱まったところでとどめを刺す。

 各個に撃破。



「ふぅぅ」


 魔法を使わず、倒すことができた。

 が、そろそろ限界だな。

 怪我はあまりないけど、体力はかなり減っているし魔力もほとんど残っていない。

 それに、かなりの倦怠感。

 これは・・・まずい。

 今はとにかく体力と魔力が回復するまで大人しくしていなければ。

 出てくるなよ魔物。

 ホント、頼むよ。





「・・・・・」


 また現れた。

 スリムミノタウロスが1匹。

 ホント、俺が弱るのを待っていたかのように、現れてくるな。


 さて、どうする?


 ・・・。


 うん。

 逃げよう。

 今は2倍速が使えないけど、幸いなことにスリムミノとの間にはまだ距離がある。

 逃げきれるはず。


 踵を返し、スリムミノとは反対の方向に疾駆。


 ・・・。


 前方に爪カンガルーが1匹現れた。

 フェイントで躱しながら背中に掌底を1発入れて、そのまま離脱。


 さらに、疾駆。


 ・・・。


 ・・・・・。


 まいったな・・・。

 この世界に来てから何度か窮地に立たされたけど、今回が一番やばいんじゃないか。


 前方に、2匹の爪カンガルーと1匹のスリムミノタウロス。

 後方からも、2匹のスリムミノタウロスが近づいて来ている。


 今使える魔法は・・・無いな。

 2倍速も、まだ使えない・・・。

 使えるのは、この身体と短剣のみ。


「ふぅぅぅ」


 魔力も残っていない上、体力も足りていない。

 疲労感もすごい。

 勝てる気がしないな。

 逃げきれるような気もしない。


 ・・・。


 でも、何とかするしかない。


 そんな事を思っている間に、戦闘は始まってしまった。

 5匹相手は辛い。

 完全な状態でも容易ではないのに、今の状態ではなおさらだ。


 とりあえず、攻撃を躱すことに専念する。

 隙を見つけて各個に攻撃。

 なんとか1匹ずつ倒していきたい。

 もしくは、隙あらば逃げる。

 この作戦だ。


 躱しながら、たまに軽い攻撃を入れていく。

 体力が万全でないためか、魔力切れのせいか、身体が少し重い。

 が、それでも何とか・・・。


 未だ逃げる好機には恵まれないが、爪カンガルーに掌底を入れる機会には恵まれた。

 2匹の爪カンガルーに掌底を入れ、動きを鈍くさせることに成功。

 これで、鋭い攻撃を仕掛けてくるのはスリムミノタウロス3匹。

 この3匹が難敵なんだけど。

 それでも、さっきよりは、逃走の可能性も高まっただろう。

 俺の力も尽きかけているけど・・・。



 あっ!


 左右から同時に攻撃してくるスリムミノ2匹。

 すんでのところで、跳躍してなんとか回避。

 危なかった。


 が、着地した地点にもう1匹のスリムミノタウロスが突進してくる。

 横に大きく避ける。

 そこに、スリムミノの火炎攻撃。

 

 回避!


 波状攻撃か。

 これは、逃げるどころじゃないな。

 2倍速が使えない今はスピードで圧倒できるわけじゃ無いし。


「くっ」


 しまった。

 動きが鈍っていたはずの爪カンガルーの攻撃が背中に。

 それほどの傷ではないけど・・・避けきれなかった。

 いつの間にか、爪カンガルーの動きも戻っていたみたいだ。


 まずいな・・・。

 もう一度、掌底で動きを止めないと。


 今ならできるか。

 1匹の爪カンガルーの横に回り込み、掌底を放つ。

 成功。

 よし、と思った刹那。

 左からスリムミノの一撃。

 身を捻って避ける。

 さらに、後方から爪カンガルーの爪攻撃。

 屈んで避ける。

 火炎が目の前に。

 避ける。

 と。

 俺の脇に衝撃が。

 スリムミノのボディブローが俺の脇腹をとらえていた。

 ギリギリのところで少しだけ躱したけど・・・。


「痛っ・・・」


 思わず呼吸が止まるが、それどころじゃない。

 続く一撃を倒れながらも咄嗟に横に跳んで避ける。

 なんとか離脱できた。


 しかし、これは・・・。

 かなりのダメージだ。

 まだ、治癒魔法は使えないのに。

 この状態で1対5か。


 ・・・。


 俺を取り囲む魔物たち。


 とにかく、必死で避ける。

 避ける。

 避ける!

 躱す。

 躱す!



 途中からは、無意識で動いているような感覚。

 最小限の動きで躱し。

 避け、躱し、攻撃・・・。

 なんか悪くないな、この体捌き。

 余裕はないが、そんな感慨も抱く。


 とはいえ、そんな状態が長く続くはずもなく。

 躱せていた攻撃も、そのうち完全には躱しきれなくなり、傷を負っていく。

 致命的な攻撃だけはなんとか避けているが、それもいつまで可能だろうか。


「っつぅ」


 左肩にカンガルーの爪が入った。

 痛いと言うより熱い・・・。


「ぐぅ」


 背中に火炎が・・・。


 腕に・・・。


 顔に・・・。


「くっ」


 躱す。


 躱しきれない・・・。


 避けられない・・・。


 ・・・。


 あぁ・・・意識が朦朧としてきた。

 本格的にまずいな。


 もう、さっきまでの体捌きなどできない。

 惨めに泥臭く逃げるだけ。

 が。


「あっ」


 スリムミノの下段蹴りが脚に入った。

 思わず、その場に蹲りそうになる。

 そこに、別のスリムミノタウロスの強烈なフック。

 これはもう・・・。


 躱せない。


 ドン!


 まともに食らった。

 ああ・・・揺れる・・・。


 さらに、スリムミノタウロスの強烈な蹴りが・・・。


 ドゴン!!


 吹っ飛ばされた。

 一撃を食らう直前に、斜め後方に跳んで少しは衝撃を軽減できたと思うけど・・・。

 魔力が無いから魔力障壁は作れなかった。

 気は纏えたか・・・。


 それにしても、飛ばされたな。

 まだ落ちないのか。

 なんで、こんなにゆっくりなんだ。

 まあ・・・いいか。



 ザッバーン・・・。


 背中を襲う緩やかな衝撃。

 水が目に口に入ってくる。


 ・・・ああ。


 川まで吹っ飛ばされたのか。


 ・・・。


 ・・・。


 ・・・。



 そこで、俺の意識は途切れてしまった。









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