第四十六話 受諾
地階・・・。
とんでもなかった。
次に戦っても勝てるのかどうか。
準備万端で挑んでも簡単ではないだろう。
あの赤鬼が俺の知らない攻撃をまだ持っているとしたら・・・相当厳しいな。
それに、骸骨たちも厄介だ。
骸骨100体に赤鬼・・・大変だ。
やっぱり、当分は戦うべきではないか。
迷宮から帰った後、エルマさんと今後について話し合い。
再び赤鬼に挑むのは保留となった。
勝てる目算がつくまでは保留ということで。
そんな見通し、どうすれば立つのやら・・・。
とにかく、エルマさんが強硬に反対してきたので、保留となったわけです。
他の迷宮の地階探索についても、年が明けてからということになった。
あれだけ探索したがっていたのに、どういうことだろうとも思う・・・。
地階での戦い、余程こたえたのかな。
まあ、確かにもうすぐに年明けだし。
エルマさんも色々と忙しいだろうから、年明けに再探索するくらいが丁度いいのかもしれないな。
そういう俺も年内にやらなければいけない事が残っている。
というわけで、明日は色々と用事を片付けることにしよう。
朝から鍛錬。
その後は、色々とたまっている雑用をこなし。
ちょっと時間が空いたので、近くにある商会に顔を出してみることにした。ここは冒険者ギルドの委託商会の一つで、俺もそれなりに利用させてもらっている。
「久しぶりですね」
受付のお姉さんが声をかけてきた。
このお姉さん、愛想いいんだよな。
名前は何だっけ・・・。
「お久しぶりです。何かいい依頼ありますかね」
「そうですねぇ・・・今のところは、これといったものは・・・」
いつもの笑顔が引っ込んで、申し訳なさそうに言葉を濁している。
いや、そんな顔されたら、逆にこちらが申し訳ないよ。
「いえ、いいんです」
お礼を言って、依頼が貼付されている掲示板に足を向ける。
うん、お姉さんの言葉通り面白そうなのは無いな。今から短時間でできる仕事も無さそうだ。
とは思いながらも、貼り出された依頼を眺めていると。
「おっ、坊主じゃないか。ちょうど良かった」
背後から野太い声。
えーと、バルドさんか。
日に焼けた精悍な顔で俺の眺めていた依頼に目を向けている。
「ご無沙汰しています」
「ああ・・・この仕事受けるのか?」
「いえ」
「じゃあ、他の依頼か」
「いえ、今日は受けたい依頼は無いですね」
夜には外せない用事があるから、今日は無理して仕事をするつもりは無い。
「おっ、そうか。なら、ちょっと付き合ってくれないか」
「依頼ですか」
「そうだな」
「あまり時間はないですけど・・・」
「そんなに時間は取らせないぞ。手伝ってくれるか」
押しが強いな。
まあ、バルドさんはいつもそうか。
「どんな仕事ですか」
バルドさん、ギルド会員同士の決闘の立会人を任されたらしい。ただ、その2人が剣術使いのため、剣の扱いにそれほど詳しくないバルドさんにとっては、少々厄介な立会いになるそうだ。
剣に詳しいギルド会員に立会いを任せればと思うんだけど、生憎今日は都合のつく者がいなかったらしい。その上、支部長のブルーノさん直接の依頼なので、断れなかったそうだ。
「ハヤトなら剣に精通してるだろ。頼む」
「そうですねぇ・・・6時までに終わるなら、いいですよ」
バルドさんにはお世話になっているので、むげにもできない。でも、7時からは先約がある。
「なら大丈夫だ」
ということで、立会いの手伝いを引き受けることになった。
「我ら冒険者、決闘においても正心のもと己が分をわきまえると、冒険の神ユーフェウスに誓えるか」
同時に発せられる宣誓の声。
「では、はじめぃ」
鋭い眼光で睨みあう2人の冒険者。
一方は痩身長躯。
対するは中肉中背。
ともに両手で剣を握っている。
両手剣使い同士の決闘。
ルールは単純だ。どちらかが戦闘不能になるか、降参すれば終わる。一応、相手の命をとることは禁止されている。されてはいるが、本気の決闘なので勢いで相手の命を奪っても罪にはならないそうだ。ただ、そうなると無法な決闘が横行しかねない。なので、熟練の者が立会い、害意ある殺傷を防いでいるらしい。
で、剣に詳しくないバルドさんが俺に依頼してきたと。
なるほどね・・・って、俺は熟練者じゃないぞ。
駆け出しの冒険者なのに・・・。
俺が唸っているうちにも、2人は剣を数合交わしている。
腕は拮抗しているようだ。
この2人。
詳しい内容は聞いていないけど、侮辱した、していないという口論から決闘に至ったらしい。
この世界の冒険者、特にレントの冒険者同士は比較的フランクな関係が多い。
出自や身分なども気にしない風潮がある。
お互いに命を預けることもある仲間同士、身分などに拘っていたら、いざという時に取り返しのつかない失敗をするかもしれない、ということらしい。
当然、口論なんかでは決闘に至ることなどほぼ無いのだそうだが。
事と次第では決闘になる事もあるということだな。
俺も気をつけよ。
数刻経過。
お互いに決め手がなく、今や共にふらふらだ。
もう、これ以上やっても仕方ないのではと思える。
バルドさんの様子を見てみると・・・。
目が合った。
うん、同じ考えみたいだ。
「そこまで。双方剣を仕舞え。そこまでだ」
「どうしてです」
「まだやれます」
同時に発せられる声。
2人とも息も絶え絶えなのに、気持ちは切れてないんだな。
「いや、もう十分だろう。これ以上やりたいなら、また後日だ」
強い声音でバルドさんが告げる。
「・・・」
「・・・分かりました」
バルドさんにそう言われると、さすがに反論はできないか。
うん、納得したみたいだ。
不承不承みたいだけど。
「それで、今回は俺の勝ちですよね」
長身の方が聞いてきた。
「何を! 俺の勝ちだ」
こっちは中背。
また、口論を始めてしまった。
「まて、まて。今日の所は引き分けでいいだろ」
「納得できません」
不服そうな長身。
「なら・・・ハヤト、どっちが優勢だった?」
えっ、俺に聞くなよ。
俺みたいな若造が決めたら駄目だろ。
いや、まあ・・・そのために、呼んだのだろうけど。
それでも、裏でこっそり聞いてくれよ。
こんな2人の目の前で・・・。
はぁ~。
俺の言葉なんて、この2人は受け入れないだろ。
まいったなぁ。
困り顔で頭を掻いていると。
「こいつに何が分かるんですか」
「そうだ、だいたいこんな新米冒険者が、どうして立会い補助なんてできるんだ。お前、剣のこと分かってんのか」
そうなりますよねぇ。
うん、分かる。
普通そう思うよな。俺がこの二人の立場でも、そう思うだろうし。
「まてまて。お前らは知らんだろうが、ハヤトはこの若さでなかなかの腕を持っているんだぞ。ギルベルトの道場で稽古をつけるくらいにな」
えっ、ギルベルトさんの道場ってそんなに有名なの。
あんなに門弟少ないのに・・・。
違う方向に思考が向く俺に疑わしそうな視線が二つ。
「なら、お前の腕をみせてくれ」
なるほど、そうくるか。
バルドさんの顔を見ると。
・・・頷かれた。
「・・・」
はぁぁ~。
やればいいんですね。
分かりましたよ。
「では、少しだけ」
「いや、坊主の腕をきっちりみせてやれ」
そう言われてもなぁ。
まあ、ほどほどに。
「お前ら2人とも後で文句言うなよ」
バルドさん~、また煽るようなことを言う。
もっと、穏やかにいきましょ。
「じゃあ、俺がやる」
「いや、俺だ」
バルドさんの言葉に俄然やる気を出した2人。
また、もめ始めた。
ホント、決闘になった理由が良く分かるわ。
すぐもめるんだもんな。
しかし、いい加減面倒になってきたぞ。
時間もないし。
・・・もういいか。
「もういいです。2人でかかってきて下さい」
何を言ってるのか分からないといった表情で惚ける2人。
が、次の瞬間。
2人の顔が朱に染まる。
あっ。
やっぱり、まずかった?
「こいつ、舐めたことを」
「坊主、いいのか?」
「・・・ええ」
今さら何を言っても遅いだろう。
なら、もうやりましょ。
「それでは、はじめぃ」
俺の右前方に長身。左前方に中肉。
ともに正眼に構え、俺の様子をうかがっている。
頭に血が上っていると思ったけど、存外冷静だな。
いや・・・疲れているだけか。
なら、やらなきゃいいのに。
って、そういうわけにはいかないのか。
まあ、そういうの嫌いじゃないけどね。
ちなみに、3人ともに手にしているのは木剣。
俺が次元袋から取り出したものだ。
つい、うっかり次元袋を使ってしまったけど。
驚かれてしまった・・・。
おっ。
さすがに焦れてきたな。
そろそろか。
と、長身の方が上段から一撃を放ってきた。
遅いわな。
俺は剣を交えることも無く、その剣が振り下ろされる前に軽く身を沈ませながら駆け、胴に一撃。
「うぐっ」
そのまま、左の中背に向かって跳躍、木剣を振り下ろす。
俺の剣を防ごうと急いで剣を振り上げるも、遅すぎる。
肩に一撃。
「ぐっ」
2人とも蹲ってしまった。
かなり手加減したから平気だと思うけど・・・。
大丈夫だよな。
「それまで」
終了の掛け声とともに、2人に駆け寄るバルドさん。
2人の額には脂汗が滲んでいる。
えっと・・・。
「治癒魔法使いましょうか」
「頼む」
ということで、2人を治療。
無事決闘は終了。
「いやぁ、本当にすごいんだな、ハヤト君は」
「その若さで、よくそんな技量を身につけたものだ」
さっきまで言い争っていた2人が仲良く感心している。
・・・。
実は、気が合うんじゃないのか。
「いえ、まあ・・・たまたまです」
我ながら、おかしなことを言っていると思う。
たまたまで剣術が身につくなら、世話がない。
「そんな謙遜するなよ。それより、どうだ、今度一手指南してもらえないか」
「俺も頼む」
ホント息があっている。
「そうですねぇ・・・」
「お前ら、あまり無理言うな。ハヤトも何かと忙しいんだからな」
バルドさんが助け舟を出してくれた。
ありがたい。
「それに、教えて欲しければギルベルトの道場に行けばいい。たまにハヤトもそこで指導しているぞ」
「なるほど」
「それはいい」
助け舟でも無かったな。
まあね、道場に来たら断りませんけど・・・。
いつまでも残っていると2人から色々と頼まれそうだったので、後のことはバルドさんに任せて、その場を離れることに。
とりあえず、離脱だ。
別れ際、バルドさんから。
「坊主、助かったぞ。礼はまた後日な」
耳元で囁かれた。
どういたしまして。
でも、バルドさんみたいな偉丈夫に耳元で囁かれるのって・・・。
決闘の場から離れた時には、日も大分傾いていた。
さて、いい時間だな。
そろそろ約束の場所へ向かいますか。
うっ・・・なんか急に緊張してきた。
こんな緊張は久々だな。
とりあえず、話す内容をもう一度確認しよう。
・・・。
・・・うん、これでいいよな・・・多分・・・。
などと考えていると。
あっという間に到着してしまった。
ここは、ちょっとお洒落な高級レストラン。
今夜は、ミュリエルさんと夕食の予定だ。
とはいえ、ただの食事会ではない。
重要な話があるんです。
やっぱり、今夜話すべきだよな。
先延ばしにしても仕方ないし。
十分待たせたし。
新年になる前に、ミュリエルさんに話をしないと・・・。
もうこれ以上待たせるのは申し訳ない。
本当はもっと早くにすべき話し合いだったんだけど。
気付けばもう年末だ・・・。
とにかく、今日こそはきちんと話そう。
幸いなことに、まだミュリエルさんは着いていないみたいだ。
よかった。
今日は待たせるわけにはいかないから。
と思っているうちに、そこにミュリエルさんが。
「すみません。ハヤト様を待たせてしまって」
あぶなかったよな。
少し遅れていたら、ミュリエルさんを待たせるところだった。
「いえ、今来たばかりですので。それに、まだ待ち合わせの時間ではないですし」
「でも・・・」
相変わらず気を遣ってくれるミュリエルさんを促し、店内へ。
案内された個室は、なかなか豪華でした。
さすが、お洒落なレストランだ。
これなら、ミュリエルさんも気に入ってくれるだろう。
個室だと、ゆっくりできるしね。
というより、こういう個室じゃないと俺が話し辛い。
この店にして良かった。
「こんな豪華なレストラン・・・いいのですか?」
ミュリエルさん、恐縮しているみたいだ。
表情もかたい。
「もちろんです。今日はゆっくり食事を楽しみましょう」
寛いで、食事を楽しんで貰いたい。
そして、その後で・・・。
「あ、ありがとうございます。私などにこんな・・・」
「だから、そういうのは無しですよ」
「でも」
「今年はミュリエルさんにお世話になりましたから、そのお礼も兼ねてです。だから全く気にしないで下さい」
「そんな。お世話になったのは私ですのに」
そう言って、申し訳なさそうに俯くミュリエルさん。
困ったぁ。
そういう気持ちにさせるつもりは無いんだけど。
分かってないんだろうなぁ・・・俺。
でも、なんとか気分を変えてもらわねば。
「うーん、ではまあ、お互い様ということで。今は食事を楽しみましょう」
頃合いよく食前酒が運ばれてきたので、こんな話は打ち切って。
乾杯と。
「今年は色々とありがとう。来年もよろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそ、ありがとうございました。よろしくお願いします」
驚いたような顔で返答してくるミュリエルさん。
うん?
目が赤くなってる。
いや、いや、そんな大層なこと言ってませんよ。
ここでその反応されたら・・・。
そんな俺にお構いなく、豪華な料理が運ばれてくる。
まずは前菜。
海老や蟹、貝のようなモノを小さくカットし和えた上でキュービック状にされたものが大皿の中央に。それが浸るように淡い緑色のスープが盛り付けられている。
見たこともない料理だ!
給仕の説明によると、魚介のスープぞえ、といった感じの料理みたいだけど。
なんだか、すごいな。
さすが、高級レストラン。
ミュリエルさんも言葉を失っている。
「いただきましょうか」
「はい・・・あのぅ・・・。本当によろしいのですか?」
「もちろん。さあ、食べましょう」
おお、これは!
見た目を裏切らない美味しさ。
口に含んだ瞬間広がる旨味に甘味。
魚介の醍醐味だ。
その上、食感も素晴らしい。
プリップリの海老にしなやかな食感の蟹。
歯ごたえはあるのに、柔らかく口にとけていく貝。
その全てが確かな旨味を含んでいる。
それに、このスープ。
何かの野菜から作られたものだろうけど、凄く優しい味がする。
このスープ単品だけでも十分美味だ。
なのに、魚介と合わせることで、お互いの長所を引き出している。
絶妙のハーモニー。
「・・・」
うーん、この味を表現できる語彙が無い自分が情けない。
でも、そんな美味しさだ。
「すごく美味しいです。こんな美味しい料理、生まれて初めて食べました」
よかったぁ。
ミュリエルさんも喜んでくれている。
この店にして、ホント正解だ。
しかし、どうにも・・・。
こんな高級店に俺は慣れていないから、食べ方にぎこちなさが残ってしまう。
それに比べ、ミュリエルさんの食べ方は優雅なものだ。
手の何気ない使い方も洗練されている。
そう言えば、ミュリエルさんは左利きだったか。
うん、俺なんかと違い、本当に品があるよ。
今は奴隷の身分だけど、生まれは悪くないんだろう。
それにしても、料理の力は恐ろしいな。
空気も和んできた。
美味しい料理の前では、皆等しく笑顔になるというのは本当だな。
続いて出てきた、前菜二品目。
豚肉とフォアグラのパテに木苺のジャムのようなソースがかかっている。
木苺のソースはミスマッチだと思ったんだけど、これがまた・・・。
絶品でした。
フォアグラもこの世界にあるんだなぁ。
まあ、そう翻訳しているだけかもしれないけど。
美味しい料理に会話も弾み、いい雰囲気で時間が過ぎていく。
その後の料理も、魚料理、箸休めのデザート風サラダ、肉料理、最後のデザートまで、全て完璧。最高でした。
思わず後のことを忘れて食事を楽しんでしまった。
もちろん、ミュリエルさんとの会話も。
やっぱり、料理の力は素晴らしい。
それでも、デザートを食べる頃には再び緊張してきた。
この後、しっかり話せるのか少し不安だ。
そんな俺の様子に気付いたのか、ミュリエルさんもちょっと表情がかたくなってきたような気がする。
「ミュリエルさん、話があるのですが」
一通り食事を終えた後。
「はい」
最近はお互いに大分打ち解けてきたからか、一緒にいる時間も気楽に過ごせていたのだけど、今日これからはそうもいかない。
「大事な話です」
「・・・はい」
俺の緊張が伝わったのか、ミュリエルさんからも緊張感が伝わってくる。
なんだかプロポーズみたいだ。
前世でもプロポーズなんてしたことないけど、こんな感じなんだろう・・・。
よし、いくぞ。
「奴隷の件ですが」
「・・・」
ミュリエルさんの顔に更なる緊張が走る。
そんな思いをさせて申し訳ない。
でも。
「受けたいと思います」




