第四十二話 迷宮
ミノタウロスと闘った部屋に戻ったかのような感覚にとらわれる。
いや、戻ったのか?
さっきの奇妙な感覚は、方向転換させられていたとか・・・。
「ちょっと戻ってみましょう」
「そうね」
通路を戻り、さっきの部屋へ。
やはり奇妙な感覚にとらわれるが、無視して進む。
「ここはさっきの部屋ですよね」
「間違いないわ。戦闘の跡が残ってるから」
確かに、地面にはそれらしき痕跡がある。
「では、もう一度奥の部屋に行きましょう」
再度、奥の部屋へ。
「よく似ているけど、戦闘の跡がないわね」
「そうですね」
似ているけど、違うんだろう。
そう思って周りを見ると、戦闘の痕跡以外にも違うところはある。
広さも若干異なるか。
「同じ部屋ばかりを行き来させられるのかと思ったわ」
ホント、焦ったよ。
でも、まあ、とりあえずは前進していたわけだ。
正しい方向かどうかは分からないけど。
「先へ進みたいのですが、この魔法陣・・・」
「危険ね」
目の前に広がる半円状の魔法陣。
また透明の壁に当たって魔物が出るとか。
魔力も戻っていないし、戦闘は避けたい。
魔物が出たら通路へ逃げればいいんだけど。
でも、おそらく・・・。
牛頭馬頭は今通ってきた通路への侵入を防ぐための魔物だよな。
だとしたら、半円の内から出る際は問題ないはず。
そうあって欲しい。
「一応戦闘準備お願いします」
「分かってる」
2人で魔法陣の上を・・・。
無事越えることができた。
「この通路へ戻る時は、魔法陣の前で魔物が出るんですかね」
「・・・試してみる?」
多分出るだろうな。
さっきの二本角のミノタウロスの部屋、四本角の部屋、馬頭の二部屋。
全て同じ造りだ。
部屋の一方には半円状の魔法陣で守られた出入り口、もう一方には魔法陣など無いただの出入り口。
魔法陣で守られた出入り口の方へ進んだ際には透明の壁に遮られ、魔物出現。
魔法陣に守られた出入り口から魔法陣の外に出る場合は、今のように何も起こらないと。
おそらく、そういう仕組。
「いえ、まずは先に進んでみましょう」
魔法陣を試すことなく部屋を突っ切り、そのまま通路に入る。
しばらく歩いて、通路を抜けると。
「・・・やっぱり」
「・・・そうね」
もしかしたらとは思ったけど。
そこには、昨夜休んだあの大広間と同様の空間が。
ここも異なる部屋なんだろうな。
同じ部屋だったら怖い。
「ちょっと確認してきます」
部屋の一隅へ。
空間の構造から考えて、仮眠をとった場所と同じあたりにある地点へ急ぐ。
「やはり、仮眠をとった部屋とは違いますね」
仮眠をとった場所には、目印を付けておいた。
というか、昨日探索した各部屋には一応目印らしきものは付けている。
もちろん、ミノタウロスと闘った部屋にも付けてあるけど、あの部屋は戦闘の痕跡を見れば一目瞭然だったからな。
しかし、さっきの部屋もそうだったけど、同じ空間なのではと思わせるほど造りが似ている。
これは、どう考えたらいいのか・・・。
「どうするの?」
エルマさんの顔には落胆の色が。
そうだよなぁ・・・。
ミノタウロスを倒して奥へ進めば状況が好転すると思っていたから。
今はそんな気が全くしない。
「また探索しますか」
通路と部屋は昨日と同じくらいあるだろう。
調べるのは大変だ。
「・・・仕方ないわね」
数時間かけて探索。
結果、分かったことは。
昨夜過ごした巨大な広間を中心とした迷宮とほとんど同じ構造だということ。
つまり、大広間を中心に通路によって複数の部屋へと繫がっている構造。
部屋の総数は異なっていたけど、魔法陣のある部屋は同様に四部屋存在し、階下へと続く階段もあった。
もちろん、円筒形の空間を持つ小部屋も幾つかあった。
魔法陣の発動も試したところ、やはり牛頭馬頭が登場。
さっき入って来た部屋でも魔法陣は発動した。
現れたのは三本角のミノタウロス。
倒した二本角の代わりに三本角登場なのか・・・。
残りの三部屋では、四本角のミノタウロス、角無しの馬頭、一本角の馬頭が現れた。
だいたいの構造を確認したところで、食事休憩に。
「さっきは、ありがと」
「えっ?」
「だから、ミノタウロスとの戦闘よ」
「ああ・・・。でも、危険な目に遭わせてしまいました」
「そんなのはハヤトも同じでしょ。それより・・・何もできなかった私を助けてくれたじゃない」
「・・・」
「ハヤトがいなかったら、きっとミノタウロスにやられていたと思う。だから・・・感謝してるわ」
確かに、エルマさんは火を吐かれた後、立ち尽くしていたな。
あのままだったら、危なかったか。
それにしても・・・いつになく謙虚だ。
「気にしないで下さい。助け合うのがチームですから。エルマさんも僕を治療してくれたじゃないですか」
「ええ・・・そうね」
「それより、これからどうするかですよね」
「ハヤトはどう思っているの?」
「そうですねぇ・・・。また牛頭馬頭を倒して奥に進むか。階下に行くか。でも、階下に行くなら、前の大広間の階下を調べたいですね」
そう、階下を調べるなら昨日見つけた階段の下が先だ。
あちらを放置して、こっちの階下を調べたいとは思わない。
「それで、この迷宮から脱出できる?」
「どうなんでしょう・・・。何か見逃しているのかな」
「もう一度、隅々まで調べなおすべきかしら?」
うーん・・・。
特に手掛かりも無いしなぁ。
今は目先の事を一つずつ処理する方がいいか。
「やっぱり、先に魔法陣の奥と階下を調べましょうか。それで無理なら、また調べなおすということで」
まずは牛頭馬頭の内の一頭を倒して奥へ行くという方針で事を進める。
魔力も回復しているし、体力も問題ない。
戦闘に支障はないだろう。
では、どの部屋の奥へ進むかというと。
二本角のミノタウロスの部屋へと通じる三本角の部屋以外なら、どの部屋でもいい。
それなら、ゼロから順番に調べる方が分かりやすいか。
ということで、角無しの馬頭を相手にすることに。
今朝のミノタウロスとの戦闘を踏まえ、きちんと作戦を立てて戦闘開始。
もちろん、ミノタウロスとは全く違う攻撃をするかもしれないということも考慮している。まあ、不測の事態が起きたら逃げればいいだけだ。今回は冷静にいこう。
と、準備して挑んだ戦闘。
冷静に戦うと。
それなりに倒すことができた。
ミノタウロスと同じような戦闘になったから、問題無かったわけです。
障壁機能を消失した魔法陣の上を進み、奥の通路へ。
通路の中では、やはり例の変な感覚に襲われたけれど、無視して前進。
辿り着いたのは・・・。
またしても、同じような空間。
目の前には、半円状に描かれた魔法陣、奥に通路。
「やっぱり、同じ構造ね」
「そうですね。大広間の存在も確認しましょうか」
さらに奥の通路を進むと。
予想通り、大広間・・・。
「予想通りですね」
「ホント、嫌になるわ・・・どうする、戻る?」
「一応、通路の先も簡単に調べましょう。これも予想通りでしょうけど・・・」
無角の馬頭の部屋の奥の迷宮を調べ終えた時には夕方になっていた。
探索中には、何度か魔物にも遭遇したけど問題なし。
半分は倒して、残りは逃げられたかな。
結局、ここも大広間を中心に同じような構造だった。
複数の通路に四つの魔法陣部屋。
こちらの大広間へ移動するために通った魔法陣部屋で現れたのは二本角のミノタウロスだった。
再び二本角・・・。
残りの魔法陣部屋では、一本角の馬頭、三本角、四本角のミノタウロスが現れた。
大広間も三部屋になると混乱してくるな。
なので、最初に見つけ昨夜過ごした大広間を大広間1、今朝見つけた大広間を大広間2、今俺たちがいる大広間を大広間3。それぞれの大広間とそれを中心とする通路、各部屋をまとめて迷宮1、迷宮2、迷宮3と呼ぶことにする。
「ちょっと、いいですか」
「何?」
「ここから迷宮1に直接移動できるかを調べたいんです」
推測通りなら、迷宮2を経ずに迷宮1に移動できるはず。
「魔法陣の部屋に今まで現れた魔物は、無角、一本角、二本角、三本角、四本角ですよね」
「そうね」
「でも、各大広間からは四つの魔法陣部屋にしか通じていない。四種類しか牛頭馬頭は現れていないんです。ということは・・・」
「何よ」
「牛頭馬頭がその先の空間、迷宮を示しているのではないでしょうか」
「・・・」
「最初は、二本角を倒しました。そうすると、奥の通路の先の魔法陣部屋では二本角は現れず、代わりに三本角が現れました。次に無角を倒した先では、二本角が。ということは、迷宮2に行くためには迷宮1からも迷宮3からも、二本角のミノタウロスを突破しなければいけませんよね」
牛頭馬頭の種類が、その先の迷宮を暗示している。
まだ全てを調べてはいないから推測に過ぎないけど、妙な確信がある。
牛頭馬頭の種類だけ迷宮が存在し、それぞれが魔法陣部屋を通して繫がっているのではないのか。
迷宮1には大広間1と魔法陣部屋が四部屋。その四部屋の奥の通路からは迷宮2、迷宮3、迷宮4、迷宮5へと繫がっている。各迷宮も同様に他の四迷宮と繫がっている。
そういうことでは。
「ということは、三本角の魔法陣部屋の先は昨夜過ごした大広間1がある迷宮1に繫がっていると考えられるのではないですか」
「・・・それが本当だとしたら面白いわね」
「では、試してみましょうか」
さすがに、三度目ともなると慣れたものだった。
三本角のミノタウロスが現れる部屋での戦闘。
難なく突破した。
気を抜かなければ、もう負ける気がしない。
エルマさんは、まだ少し苦手意識があるみたいだけど。
「では、行きましょう。おそらく、迷宮1へと繫がっているはずです」
これも推測通り。
奥の通路を進み、魔法陣部屋を突っ切り、昨夜過ごした大広間1へ到着。
迷宮3から迷宮1に直接移動できた。
大広間1では、夕食をとって少し休憩。
寝るには早いので、もう少し調査を続けることにした。
まだ調べていない迷宮を確認するため、一本角を倒してその先の迷宮へ。
そこから、四本角も倒して、最後の迷宮にも足を踏み入れる。
これで、五つの迷宮を確認したことになるな。
もう少し、探索を続けたかったけど、既に夜中になっていたので、迷宮4と迷宮5の探索は明日にまわして、今日は休もう。
休むのは、迷宮1の大広間がいい。
昨夜と同じ場所の方が落ち着くからだ。
そこで、思わぬ発見が。
迷宮1に戻るため、三本角のミノタウロスを倒そうとしたところ。
ミノタウロスが道を譲ってくれた。
しかも、倒していないのに魔法陣の上には障壁もなく・・・。
一度倒した牛頭馬頭は二度は倒さなくてもいいという事だろうか。
それなら、出て来なくてもいいのにと思うが。
牛頭馬頭がいないと、その先がどの迷宮に繫がっているか分かりづらいから出て来るのかな・・・。
なんとも、便利な造りだ。
おかげで、楽に大広間1に戻ることができた。
翌朝は、迷宮4の探索から活動開始。
迷宮4と迷宮5の探索を終えた後で、迷宮1の階下を調べる予定だ。
迷宮間の移動に牛頭馬頭を倒す必要が無くなったのは、魔力、体力的にも助かるし、時間短縮にもなる。
今日こそは外に出られる気がするな。
ということで、探索を続けていると。
不思議なことが・・・。
遭遇した魔物の一匹が、大広間から一つの通路へ逃げたんだけど。
その通路に入ってみると・・・。
魔物が消えていた。
どういうことだ?
通路の先に脇道は無く、奥まで一本道。
奥には、例の円筒形の部屋があるだけ。
これは、あやしい。
「もしかすると、近くに外へ繫がる道があるかもしれません。詳しく調べましょう」
「そうね、当たりかもしれないわね」
1時間以上は探しただろうか。
発見する時はあっけないものだった。
円筒形の部屋の底面にあたる地面。
円の中心らしきところを掘ると・・・。
レントの南の結界街道脇で見つけたのと同じような石盤が現れた。
「これは、間違いなさそうですね」
「そうね」
「では、試してみます。エルマさんは僕の近くにいて下さい」
頷くエルマさんの横で、石盤に魔力を流し込む。
次の瞬間。
浮遊感というか、上に引っ張られるような感覚と共に身体が上昇。
円筒形の部屋の天井に激突する寸前、視界に光が。
「・・・」
気付けば、外にいた。
降りそそぐ陽光が目に痛い。
間違いない、地上だ。
「やったわね」
エルマさんも笑顔。
「脱出できたみたいですね」
「よかったわ・・・でも・・・」
そう、よかったけれど。
「ここはどこ?」
見覚えの無い場所だった。




