第四十話 択一
「痛ぁ・・・」
嫌な音がしたよ。
なんか朦朧とする。
結構な怪我じゃないのか・・・。
いや、それより。
あぶない!
ミノタウロスの突進をぎりぎりで回避。
今は闘う気は無い。
逃げないと。
幸い、倍速の効果は残っている。
接近して攻撃を仕掛けてくるミノタウロスを大きく避け。
遠ざかるように疾走。
遁走。
部屋に入ってきていたエルマさんと合流し、通路を抜け大広間へ。
「はぁ~」
失敗したなぁ。
魔法陣の前で止まろうと一応思っていたんだけど、倍速の効果を読み違えた。
少し減速しただけで、透明の壁に激突。
間抜けだ・・・。
今回はミノタウロスの攻撃をかわすことができたから良かったものの、下手をすれば命取りになる。
こんなことでは駄目だ。
反省しないと。
でも、まずは、頭と肩の治療だな。
激痛がする。
治癒魔法を使おうとしたら。
「大丈夫?」
青い顔をしたエルマさんが手をかざし治癒魔法を。
ありがたい。
痛みが緩和していく。
頭、肩、それから全身に治癒魔法を・・・。
「助かりました」
「治療くらいはしてあげるわ」
「ありがとうございます」
「そんなの・・・いいわよ」
「はあ」
「それより、あんた馬鹿じゃないの」
「・・・そうですね」
ホントそうだ。
「でも、まあ、無事でよかったわ・・・。すごい音がしたから」
「頑丈なのが取り柄です」
「ふん・・・助けに行くところだったわ」
そうかぁ・・・。
「すみません・・・やっぱり壁に阻まれました。失敗です」
「仕方ないわ」
「無駄骨でしたね」
「何事も挑戦が必要よ。無駄じゃないわ」
慰められてる。
なんと言うか・・・。
ありがたいけど、情けない。
それにしても、上手くいかないな。
簡単に問屋もおろしてくれない。
あの透明な壁は、そう簡単には消えないのだろう。
ミノタウロスを撃破すれば奥の通路へ進めると思っていたけど。
倒しても壁が消えない可能性もあるのか・・・。
その場合は、奥に進む方法の見当がつかない。
魔法陣や壁自体を破壊できればいいけど、それも難しいだろうな。
・・・。
まあ、悩んでも仕方ない。
やってみるしかないな。
では、五択だ。
いや、二択か。
「奥に進むために闘うか、階下へ行くか。 どちらにしましょうか?」
「ハヤトはどうなの?」
「そうですね・・・やっぱり、階下の前に奥を調べたいですね」
「そう、分かったわ」
えっ、そんなあっさりと。
俺の意見でいいのか。
戦闘で良いと。
でも、エルマさん、大丈夫か。
ミノタウロスの姿に、最初はかなり怯えていたよな。
これだけ馬頭牛頭に遭ったので、多少慣れただろうけど。
「では、一休みしたら戦闘という事で。 本当に、いいですか?」
「・・・ええ」
まあ、そう言うなら闘いましょうか。
何かあったら、助けますので。
ということで、ひとまず休憩。
交代で仮眠をとるのだけど、まずは俺が見張りを務めることに。
不寝番ってところか。
「冷えるといけませんので、これをどうぞ」
次元袋から、大きめの布を取り出す。
掛布団代わりになるはずだ。
この迷宮は、幸いなことに寒くないけど、掛けるものは欲しいよな。
「その次元袋、なんでも入っているのね」
「非常時に備え、用意していますので」
何が起こってもいいように、ある程度の物は揃えている。
山籠もりの時に色々と買い揃えた物もある。
「ハヤトといると、どこでも暮らせそうね」
その心構えと用意は既にありますよ。
ジークに襲われ、一敗地に塗れて以来、色々と覚悟しましたから。
「そんなことより、今は休んで下さい」
「・・・分かったわ」
「お休みなさい」
「・・・おやすみ」
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こんな状況でも、いえ、こんな状況だからこそ、睡眠は重要だと思う。
そうは言っても、眠りすぎだ。
少しだけ仮眠をとるつもりだったのに。
慣れない迷宮探索で思った以上に疲れていたみたい。
横にハヤトがいるという安心感もあったのかな。
でも、眠ることができて良かった。
おかげで、少し頭も冴えてきたわ。
今回のような探索は初めての経験だ。
幼い頃から剣を学び、腕にはそれなりに自信があったけれど、1人でここにいたらと思うとぞっとしてしまう。
ハヤトが傍にいてくれるから安心して探索もできるし、こうして仮眠もとれるのだ。
それにしても。
はぁ・・・。
昨夜は失敗したわ・・・。
ミノタウロスを初めて見た時、思わず身が竦んでしまった。
そんな醜態をハヤトに見せたくなかったので、なんとか平気なふりをしたけど。
見透かされているのかな・・・。
その後の対応も最悪だった。
だって、抱えて逃げるなんて、思ってもみなかったから。
ミノタウロスへの恐怖と抱えられている恥ずかしさで、どうにかなりそうだったわ。
・・・。
でも。
今日は、そんなミノタウロスと闘おうというのだ。
大丈夫なのかな?
何度かミノタウロスと遭遇している内に、姿形に対する恐怖はそれなりに和らいできた。それでも、本能的な恐怖は拭い去れていない。
長年、恐怖の対象として聞かされてきたから、仕方ないとは思う。
そんな怪物との戦闘が、隣で寝ているハヤトが起きた後で始まるのだ。
考えると、逃げ出したい気持ちが湧いてくる。
でも、きっと平気。
ハヤトとなら、必ず倒すことができる。
そう思える。
そう思えるから不思議。
実際、この迷宮では2人でチームを組んで何度も戦闘をしたけど、魔物を全く寄せ付けない完勝ばかりだった。
即席チームとしては連係もとれているし、何よりハヤトの能力がずば抜けている。
剣も魔法も超一流。
私とそんなに歳も変わらないのに、驚きだ。
年齢といえば、ハヤトは私のことを随分年長だと思っていたらしい。
妙に丁寧な口調で話しかけてくると思ったら、そういう事だったのだ。
本当は1歳年上なだけなのに、失礼な話だわ。
でも・・・。
失礼だと私が怒った時のハヤトの慌てぶりは見物だった。
いつも冷静なハヤトの取り乱した姿に思わず笑ってしまったから。
大人っぽく見えたんですよ、なんて言ってたわね。
それにしても、本当にまだ14歳なのかしら。
あの強さを、そんな若さで・・・。
こういう人を天才って言うのかな。
はぁ~。
なんか自信喪失しちゃうなぁ・・・。
振り返ってみれば、初めて出会った時からハヤトの腕前には驚かされっぱなし。
道場での帰り道、背後から狙った一撃。
見事にかわされた。
その後も軽くあしらわれた気がする。
一度目はハヤトの予想以上の動きに惑わされただけだと自分に言い聞かせて、再度挑んだんだけど、それも失敗に。
そもそもは、強者を求めての襲撃。
幼い頃から剣が好きで、剣を学んで、修行してきた。
おかげで、それなりに強くなったとは思う。
でも、そうなると思いもよらなかった問題が。
相手をできる者が少なくなったのだ。
それでも、レントに来る前は良かった。
同等の腕の者もいたし、自分より上の者も数人はいたから。
でも、レントに来て失望した。
いくつか道場を回ったけど、口ばかり達者で大したことが無い連中ばかりだったのだから。
「レントには道場も沢山あるけど、所詮は商業都市、本当に剣を学びたい者は他の町に行くよ」
そう言われる度に、この町に来たことを後悔したものだ。
いっそ、前にいた町に戻ろうかとも思った。
その反面、こうなると少し強いだけではない、本当の強者を探したいと思うようにもなった。
背後から襲われようと、不意をつかれようと問題にしない本物の強者を。
とはいえ、背後からの攻撃をかわせる者など簡単に見つかるはずもなく、稀にかわせた者も次の一撃で大抵は仕留めてきた。
もちろん、卑怯な攻撃と解った上での不意打ちなので、戦闘後は懇ろに治療もしたけど。
私の心は落ち込むばかりだった。
ハヤトの噂を聞いたのは、そんな時だった。
冒険者ギルドに若いながら凄腕の奴がいる。
町はずれの道場で指導している。
そんな話はよくある事だったので、最初はあまり期待もしていなかった。
若いから持て囃されているだけだろと。
まあ、でも、信頼できる筋からの情報もあったので、試してみることに。
本物だった。
予想外だったのは、その後の自分の気持ち。
まさか、あんな気持ちになるなんて思ってもみなかったわ。
背後から不意をつかれても応戦できないと駄目だと思っていたのに、いざかわされ反撃されると、悔しさのあまり自分の負けを認めることができなかった。
「駄目ね・・・」
今なら、そう思える。
でも、三度目もそう思う事などできなかった。
結界街道での魔物の襲撃。
五匹いたけど、グラノスならば何とかなったとは思う。
ランスも、その気になれば戦闘もできるから。
多少緊張しつつも、余裕をもって対峙していたその時に。
ハヤトの登場。
まさか、あんな場所で・・・。
剣だけでなく魔法も使えるとは聞いていたけど、その実力は想像以上だった。
剣だけでも私より上なのに、そんな魔法も使えるなんて。
年下なのに・・・。
今思えば嫉妬してたんだと思う。
驚き、嫉妬。
そして、道場帰りの襲撃者が私だと知っているのではという疑心。
知らないはずだけど、まさか知っているのではと思い、まともに話もできなかった。
どうやら、本当に知らないみたいだけど・・・。
最初は別に知られてもいいと思っていた。
それなのに、なぜだか今は知られたくない。
どうして・・・。
おかげで、今もハヤトとはうまく会話ができない。
弟子入りを志願した時も、この迷宮に来た時も、ずっとそうだ。
思うように話せない。
変わっていると思われているのかなぁ・・・。
思わず、ハヤトの寝顔を覗いてしまう。
屈託のない寝顔。
少年のように幼いのに・・・。
大人顔負けの強さと冷静さを持っているのよね。
はぁ~。
なんだろう、この気持ち・・・。
そんな事を思いながら、ハヤトの顔を見つめていると。
ハヤトの瞼が開き・・・。
えっ!
急いで視線をそらす。
思わず声が出そうになったわ。
「んっ・・・。あっ、おはようございます」
「おはよう」
にっこりと微笑んで挨拶を。
上手くできたかな。
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「準備は出来ましたか」
「ええ、問題ないわ」
お互いに睡眠を取り、朝食もすませた。
戦闘前ということで、軽く体もほぐした。
体力も魔力も万全だ。
何の問題もないはず。
では、最後に確認を。
「かなりの防御力を持っていると思われるので狙いは頸部と心臓、これでいいですね」
「いいわ」
「口から火を吐くんですよね」
「伝説によると、そうみたいね」
「では、それも警戒して下さい」
頷くエルマさん。
さすがに、緊張しているな。
顔が強張っている。
「最後に。マズいと思ったら、この通路まで退却して下さいよ。何度逃げてもいいんですから。安全第一で」
「分かってるわ」
どうせ、あいつは通路までは追って来ない。
それに、登場と同様に不思議なことだが、時間が経てば消えてしまう。
何度遁走してもいいんだ。
「では、行きましょう」




