第三十四話 鍛錬
目を閉じて佇む。
意識の集中を解き、拡散させる。
意識を身体の外へ。
皮膚から空気中に溶けていく感覚。
・・・。
個としての存在が希薄になる。
自分の身体と外界との境界が曖昧に。
山林の中。
曇天ではあるが、風はほとんど無い。
たまに聞こえる鳥と虫の鳴き声以外は静寂が支配する。
一枚の木の葉が舞い落ちる。
ひらひらと舞い地上に達しようとするその時。
ボッ!
炎に包まれ・・・消失。
再びの静寂。
ひときわ大きな枝から、小ぶりな木の実が落下する。
舞うことも無く、一直線に地上に向かう。
が、やはり炎に包まれ灰燼に。
「ふぅ~、大体こんなところかな」
意識が身体の中へ。
急激に戻る存在感。
「次は」
また目を閉じて佇む。
ただし、さっきとは違う。
存在が希薄になることも無く、ただそこに佇む。
・・・。
さきほどと同様に舞い落ちる木の葉。
等しく炎で灰燼に。
「こちらも全く問題なしと」
さて、これでひとまずは鍛錬終了と。
やっとレントに戻れるな。
終わってみると、長かったようで短かったような気がする。
身に付けたい事はまだまだあるから、もうしばらく鍛錬を続けるという選択肢もあるんだけど。
まあ、一応の目標も達成できたしね。
戻るとしましょうか。
俺がケヘルさんの家のある山に籠ったのは約40日前。
1ケ月の間、鍛錬したことになるな。
といっても、ただの40日ではない。
睡眠と食事以外は、1日のほとんどを鍛錬に費やした。
さらに、治癒魔法を駆使。
最高の密度で過ごした40日間だ。
前世世界では、身体を鍛えると筋肉の超回復に48時間は休息が必要だったのだが、この世界ではほぼ休息が不要。
治癒魔法で回復できるからね。
治癒魔法に超回復までの効果があるかは不明だけど・・・まあ、大丈夫なんじゃないかな。
なので、トレーニングと治癒魔法の繰り返しで1日に数日分の筋力トレーニングが可能となる。もちろん、魔法や剣術の鍛錬もあるので1日中筋トレをしているわけじゃないけど、それでも前世世界の数倍の効果はある。
おそらく、この40日の筋トレは前世世界の1年分くらいのトレーニングに相当するのでは。
おかげで、かなり鍛えることができたよ。
魔法鍛錬の効果も抜群だ。
相変わらず、魔力総量は大して増えてないんだけどね。
省エネにも成功したし、水魔法と火魔法も上達した。
特に、魔力そのものの扱いが可能になったのは大きい。
今回の特訓で、まず身に付けたかったのが感知能力。
これからも突然襲われることがあるかもしれない。
それに備えて自分を中心に不可侵の結界を作れないかと思ったんだけど、自己流では相当難しいみたいだし、そもそも魔力が足りないので断念。
ならば、感知だけでもできる境界を作ろうと。
最初は気で感知可能な境界を作る練習をしたんだけど、これは維持が難しい上に色々と問題が多い。
次に、気の使い方を応用して魔力をそのまま身体の外に出してみたら、これが成功。感知だけなら少ない魔力ですむので、それもまたありがたい。
ということで、今は自分を中心に半径30メートルくらいなら感知結界を張ることが可能になりました。
それなりに持続もできるかな。
ちなみに、気でも感知結界を作ることは一応可能。
種類は違うんだけど、ほぼ同じような効果がある。
この感知結界の完成をもって、鍛錬終了ということです。
やっぱり、鍛錬の場をここにして良かったな。
1人で集中して鍛錬できたし、ケヘルさんからアドバイスも貰えた。
情報だけでなく、色々といただきましたね。
ありがたいことです。
新年を迎える前にはレントに戻れそうだ。
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この辺りも懐かしいな。
1ケ月ぶりだからね。
それに、この道程は最初にレントに向かった時と同じ。
既視感を感じるよ。
うん?
過去に経験してるから、既視感とは言わないか。
既視の感覚が懐かしいといったところかな。
さて、もうすぐ結界街道だ。
・・・。
まさか、同じこと起こらないよね。
魔物に襲われている場面に出くわすなんて、そう何度もあるはずがない。
そもそも結界効果があるから結界街道なんだし。
・・・。
・・・。
やっぱりね・・・。
そんな気がしたよ。
前方に、魔物と対している旅人が。
叡竜では無いけど、5匹いるぞ。
旅人の方は2人。
遠目だからか、慌てたそぶりは見えない。
とはいえ、急行しなければ。
倍速を使って駆けつける。
主に闘っているのは前衛にいる旅人だけ。
女性だな。
女性が剣を持って闘っている。
魔物はグラノスだ。
グラノスまで、結界街道付近に出没するとは。
ホント効果あるのか。
そんなことより。
グラノス、そこそこ強い魔物だとバルドさんも言ってたような。
それが5匹。
普通は苦戦するはず。
後衛は・・・何もしていない?
いや、手に何か道具を持っている。
狙っているのか?
魔道具?
おっ!
剣で1匹倒したな。
女性の方は、まだかすり傷程度。
やるなぁ。
そんな間にも到着。
あれ?
・・・。
まあ、助勢しましょう。
水弾2発を放つ。
2発共に急所に命中。
撃破。
振り返る女性。
驚いた顔で、まじまじと俺を見つめ。
・・・。
驚くのは分かるけど、そんな場合では。
「危ない!」
2匹のグラノスが女性に襲いかかる。
1匹を俺が水弾で倒し。
女性の方は、なんとか攻撃をかわしたか。
いや、脇腹に裂傷が。
大丈夫か?
「治癒魔法を」
その女性が俺を睨みつけてくる。
俺の声を遮るように。
えっ?
どういうこと?
邪魔するなとでも・・・。
先に残りの1匹を倒すということか。
傷など関係ないとばかり、颯爽と残ったグラノスに向かっていく。
・・・難なく仕留めてしまいました。
傷は問題ない。
手助けも必要ない。
もしかすると、5匹相手でも問題なかった、そういうこと?
・・・。
確かに、その剣さばきは妙妙。
それでも、助けは必要だったと思うんだけどなぁ・・・。
まあ、いいや。
しかし、彼女の闘い方。
剣を使っているからか、妙にしっくりとくる。
パチパチパチ。
拍手?
「お見事。そしてハヤくん、ありがとう」
そうですよね。
旅人の服装はしているけど、確かにランスアールさんだよ。
こんなとこで会うとは。
「大丈夫ですか?」
「もちろん」
「そちらの方の治療は?」
剣を片手に俺を見つめる女性。
うーん。
まだ、睨んでるよ。
脇の裂傷に加え、浅い傷がいくらかある。
問題は無さそうだけど、治療はしなければ。
さっきは分からなかったけど、今見るとまだ若い女性だな。
20歳くらいか。
なのに、大した腕前。
「・・・大丈夫」
「えーと・・・治癒魔法は必要ないですか?」
「大丈夫だよ。彼女も簡単な治癒魔法は使えるから」
「そうですか」
剣も使えて、治癒魔法も使える。
かなりの実力者なのだろうな。
ランスアールさんが護衛に雇ったというところか。
「助かったわ・・・」
治療も終えて、一段落。
そこで、ぼそりと一言。
なんか顔が怖い。
「あのぅ・・・ご迷惑でした?」
「・・・そんなこと無い」
すごく気は強そうだけど、美人なんだよなぁ。
勝気な美人は嫌いじゃない。
でも、やっぱり怒ってますよね・・・。
「気にしなくていいよ。それが彼女の素だから」
こちらはこちらでいつも通り。
「はあ」
「ハヤくんの実力をやっかんで」
「うるさい!」
あちゃ~、要らぬことを。
火に油を注いでどうする。
ランスアールさん睨まれてるわ。
えっ、俺も・・・。
「いえ、あの・・・。すばらしい腕前でした。助けなど要りませんでしたね」
俺の腕をやっかむことなどないだろう。
水弾を撃っただけだし。
「・・・」
「彼女は僕の護衛だよ。名前はエルマ」
「ハヤトです。名乗るのが遅れて申し訳ありません」
「エルマよ」
予想通り、ランスアールさんは情報部の仕事に出ていたらしい。
その帰りに襲われたと。
転移石は使わなかったのかと聞いたところ、今回の仕事は近場だったので経費節減のため使えなかったとのこと。
なるほど。
レント情報部といえど、近場に使うような無駄遣いはしないんだ。
「今回もハヤくんに護衛を頼もうと思っていたんだけどね。連絡が取れなかったからさ」
おい!
ここで、それ言っていいのか。
ちらっとエルマさんの様子を見てみると。
・・・。
これは怒らないんだ。
「すみません。ちょっと外に出てまして」
「らしいね」
ライナスさんに聞いているんだろうね。
山に籠る前に、ライナスさんとミュリエルさんに挨拶には行ったから。
どこに行くかは言わなかったけど、しばらく留守にすると。
その後は・・・。
一緒に行くというミュリエルさんを宥めるのが大変だったよ。
俺としても、あんな事の後だから、一緒に行くことも検討してたんだけどね。
まあ、今回は1人の方がいいと。
そこはミュリエルさんに折れてもらいました。
「とにかく、無事で良かったです」
仕事もこの魔物の襲撃も、とにかく無事で良かった。
どうやら俺は必要なかったみたいだけど・・・。
必要な時にいないよりはましだ。
「ハヤくんもね。お疲れ様」
「ありがとうございます」
そんな会話中も無言のエルマさん。
レントまでの道中も自分から話すことは無く。
うーん・・・。
いつも、こうなんだろうか。
それとも今日は特別?
俺のせい・・・。
そんな俺の胸中など無視して、エルマさんの様子も気にすることなく、相変わらずマイペースで話を続けるランスアールさん。
今回ばかりは助かったよ。
ランスアールさんが話さなかったら、3人が無言でレントへ向かうところだったかも。
そんな感じで、レント到着。
奇妙な雰囲気での道行も終わり、ホッとしていると。
驚いたことに、そこでエルマさんが。
「助かったわ。ありがとう」
小声だけど、そう言ってくれました。
その表情も柔らかい・・・のかな?
まあ、とりあえず良かったよ。
情報部に行くという2人とは別れ、とりあえず俺はいつもの宿に。
「おぅ、久しぶりだな」
「お久しぶりです。また、しばらくお世話になります」
親しげに話しかけてくる宿屋のおやじさん。
この町では殆どここに泊っていたので、その声が懐かしい。
ライナスさんの紹介ということもあるけど、色々とお世話になっている。
「そういえば、5日程前だったか? ハヤトを訪ねてきた奴がいたぞ」
「誰でしょう?」
「見たこともない奴だったな。ほら、これが伝言だ」
渡されたのは、小さな紙切れ。
走り書きされたその内容は。
『梟煙亭で待つ 石弾』
第一章をお付き合いいただき、ありがとうございました。
ここから第二章が始まりますが、またよろしくお願いいたします。




