第三十三話 覚悟
しかし、今朝の戦闘は・・・。
甘かった。
なめていた。
油断だ!
過信、余裕からくる油断。
命取りになる。
でも、見逃してくれて本当に助かった。
あのまま魔法弾を撃たれていたら・・・。
今考えても、ぞっとするなぁ。
今回は幸運だった。
でも、情けないくらい甘かった。
夜になっても、その思いは変わらない。
むしろ強まっているくらいだ。
安心と後悔が交錯する・・・。
胸がはららぐ。
もっと、強くならなきゃいけないな。
体術も剣術も魔法も。
もっともっと鍛錬しなければ。
それにしても、あの術士は何者なんだ?
マスクの辻斬りなのかと思ったりもしたけど、力量が違うよなぁ。
剣も使ってなかったし。
そもそも体格が違う。
マスクはもっと小柄で痩身だからね。
あの後、レントに戻って色々と聞き込みをしてみたけど、手掛かりらしきものは何も無かった。
もちろん、両性具有のことは伏せていたので、あまり深い聞き込みはできなかったのだけど。
俺の聞き込みが足りないのか?
下手なのか?
そうかもしれないな。
でも、少しだけなら推測もできる。
俺個人というよりは両性具有者を狙っていたようだから。
あいつ自身は両性具有に憎悪を抱く者か、或はその刺客といったところなのだろう。
そういえば、ローレンシアにそういう人々がいるという話をケヘルさんから聞いたことがある。
ケヘルさん・・・。
懐かしいな。
近々、ケヘルさんに会いに行こうと思っていたんだけど、今回の件で訪問が早まるかもしれない。ちょっと考えてる事があるんだよね。
とにかく、あいつ個人が両性具有者を狙っていただけという事なら、危険は去ったと考えていいのかもしれない。もう狙うことも無いと言ってたしね。
あいつの背後に両性具有を憎悪する団体みたいなものが存在して、具有者を探し出し暗殺、密殺しようとしているのなら・・・。
今後も気は抜けない。
十分に気を付けないと。
まあ、その団体が狙っているのだとしても、今回の件で俺が両性具有者ではなく男だと認識してくれているはずだけど。
そう考えるのが普通だろう。
だったら、危険は無いのかも。
そう思いたいな。
とはいえ、不思議だよなぁ。
どうやって、両性具有者がいることを知ったんだ?
そして、それが俺だと考えた理由は?
両性具有者は、今現在この世界に存在が確認されていないとか言ってたよな。
だとしたら、そもそも何故探そうとしていたのか?
存在確認の有無にかかわらず、常に探しているとか。
そういうことなのか。
存在を確信していたわけでは無いと。
うーん・・・。
俺だと考えた理由は・・・エイドスの性別不記載かな?
それについては、ギルドに登録した時にその場にいた者以外は知らないはずだ。
もちろん、外で話すこともあるだろうけど、登録時の様子から考えると・・・話すような感じもしない。
それに、性別不記載をもって俺を具有者だと奴が考えていたのなら、俺がエイドスを提示した時の反応が不自然だよな。
「男なのか」ではなく。
「不記載じゃないのか」なんて反応になるのでは。
うーん・・・どうなんだろう?
でもなぁ・・・。
性別不記載以外で俺を両性具有者と考える根拠なんてあるのか?
ギルドの新人仮会員だから。
力量から。
それは無理があるような。
うーん・・・。
俺が思いつかないだけで、他に理由があるのか・・・。
そうかもしれない。
いずれにしても、やっぱり分からない。
これについては、今は考えても仕方ないな。
ミュリエルさん・・・。
大丈夫だろうか。
どこも負傷はしてなかったみたいだけど。
今後、両性具有の件で狙われることも・・・。
まず無いとは思うけど、用心はしないといけないな。
俺に関わったことで、彼女の身に何か起こるなんて事は無いように。
今夜も、俺が一緒に居ようかとも思ったんだけど。
それで危険な目にあう可能性もあるし・・・。
やはり、ライナスさんの店にいる方が安全だと思う。
しかし、今朝の俺は柄にもない事しちゃったなぁ。
あんな状況とはいえ、抱きしめるなんて・・・。
あの後も・・・。
妙に照れて言い訳をする俺と、慌てたように非礼をわびるミュリエルさん。
非礼なんて何もなかったし、謝るのは俺の方なんだけど。
微妙な雰囲気になってしまったね。
もちろん、その後はライナスさんの店に無事送り届けましたよ。
でも、お互いぎこちなかったと言うか何と言うか。
変な感じだったね。
でも、まあ・・・。
そろそろだなとは思う。
俺も覚悟を決めないといけない。
今までは、この世界にいながら、どこか他人事のような感覚が抜けなかった。
何をしても、現実味が無いというか。夢の中のような。
それもあって、あまり深入りしたくなかった。
この世界にも、この世界の人にも。
ミュリエルさんに対しても、深く関わるつもりは無かった。
俺の奴隷になるという話も、まあ何とかなるかな程度で。
でも、それじゃ駄目だよな。
俺は、もうこの世界で生きているんだし、この世界の人たちとも関わっている。
ちゃんと向き合わないと。
ミュリエルさんの事もしっかり考えないと駄目だ。
これも覚悟を決めないと。
でも、奴隷かぁ・・・。
それは、なるべく避けたいんだよなぁ。
・・・。
それに俺の身体の問題もある。
こればかりは、ミュリエルさんにも知られたくない。
この前の豪華な宿での入浴。
あんな事があると困る。
そうそう。
ミュリエルさん、両性具有云々についてのやり取りは聞いていなかったみたいだ。
俺がエイドスを見せたあとに、奴が去って行ったことについて。
「誰かと間違っていたのでしょうか? それにしても、男なのは当たり前ですよね」
などと。
ごめんなさい。
当たり前じゃないんです。
はぁ~。
これが無ければなぁ。
色々と前向きになれるんだけど。
ホントに・・・。
考えると暗くなるよ。
話がずれてきたな。
・・・。
とにかく、もっとしっかりと今後の事を考えよう。
まずは、もっと強くならないといけない。
ミュリエルさんを引き受けるにしても、もっと力を付けないと。
だから。
しばらくは仕事を休んで鍛錬の日々を過ごす!
そんな事も一応考えてはいる。
幸いなことに、視察の報酬で今はお金に困っていないし。
来年俺が成人になるまで、やれるだけの事はやろう。
考える事は、まだまだあるけど。
今日はこれくらいにして。
そろそろ寝た方がいいかな。
眠れるかどうかは分からないけどね。
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青々とまぶしいくらいに草木が茂っている。
上空の青空にたなびく一筋の雲が美しい。
自然と小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そんなのどかな景色の中。
疾走している。
息が荒い。
呼吸するのも辛い。
脚がもつれる。
でも、止まることはできない。
逃げなければ!
追いつかれれば、捕まるだけ。
あとは・・・。
「うっ」
草木に、その根に足を取られる。
あんなに美しかった草木が今は邪魔でしかない。
それでも、気力を振り絞り前に進む。
この身体が動く限り逃げなければ。
「危ない!」
数メートル横を火の弾が通り抜ける。
2発、3発。
もう追いつかれた?
「○○○様、ここは私どもが食い止めます。どうかお先に」
「そんな・・・」
「迷っている場合ではありません」
「・・・」
さらに数発の火の弾が。
まだ距離があるようで、精度は低い。
「先にお逃げください」
周りには5人の従者。
顔には一様に焦りが。
その中の2人が留まると言う。
「ここは彼らに任せましょう」
残りの3人が語りかけてくる。
「分かった・・・。そなたたちも必ず逃げのびよ」
「はっ!」
2人をおいて、再び走り出す。
程なく、聞こえてくる剣戟の響き。
それに混じる魔法らしき音。
悲鳴も・・・。
「さっ、今のうちに早く」
それでも、逃げるしかない。
惜しむように後方に一瞥を投げ、走り続ける。
すまない・・・。
だけど、私は生きのびなければいけない。
私だけの問題ではないのだ。
生き残らなければ終わってしまう。
一歩でも前へ、先へ。
何としても逃げるんだ!




