第三十話 帰還
ハヤトには感謝しなければいけないな。
彼と出会ってからは、本当に運がついてきたようだ。
今回のエスピナ砦の視察。
表向きはランスからの直接依頼だけど、裏ではブルーノさんからの強い要望もあった。
ブルーノさんは冒険者ギルドの支部長であり、レントの評議員でもある。
今回の情報部の視察についても知っていたのだろう。
そして、ランスが護衛を外部に探していたことも。
さすがはレントでも有数の実力者といったところか。
その情報網はすごいのだろうな。
ハヤトについても詳しく知っているようだ。叡龍倒しについても、ある程度把握しているようだったし。
もちろん、俺とハヤトの関係も承知していると。
諸々の事情から、ハヤトを重用できない。
しかし、その腕前は理解している。また、試してもみたい。
だから、今回の依頼となった。
詳しくは語らなかったが・・・恐らく、そういう事だろう。
それにしても、いきなり冒険者ギルドから呼び出しがあった時には驚いたな。
まさか、ハヤトがランスの護衛になるように上手く取り計らってくれと言われるとはね。
俺にとっては、冒険者ギルド長との間にコネができて万々歳だ。
商売上の伝手を頼ってブルーノさんに会うことは可能だが、普通に会ったところで大して効果は期待できない。
それに比べて今回は。
まあ、多少期待してもいいと思う。
今後もハヤトと関係をずっと持ち続けていれば、ブルーノさんとのコネも強くなるはず・・・。
冒険者ギルド下請け店舗開業も現実味を帯びてきたかな。
上手く事を運んでいけば、ブルーノさんからの許可も貰えるだろう。
その下請けでハヤトを専属冒険者として雇えたら・・・。
考えただけでも、ぞくぞくする。
ブルーノさんからも言われていることだが、ハヤトを労ってやらねばな。
今回の視察から帰ってきたら、それなりに・・・。
ところで、ミュリエル。
最初は助けられた恩からハヤトに尽くそうと思っていたみたいだったが、最近の様子を見ると、それだけではないようだ。
ハヤトの人柄に惹かれたのか?
とにかく好意を持っていることは確かだろう。
ハヤトとの仲も、そろそろ考えてやった方がいいのかもしれない。
とはいえ、まだハヤトの奴隷にはなっていない。
・・・。
少し早いか。
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情報部を出て、ランスさんと別れたあと。
まずはライナスさんとミュリエルさんに帰還の挨拶に行きました。
店に入ろうかと思ったその時。
「あぁ・・・ハヤト様」
飛びついて来て。
「!?」
抱き付かれているのですが。
えっと・・・。
「無事で良かったです・・・」
な、泣いてる!
そこまでの事では。
でも・・・。
ありがたいことだ。
「心配かけてすみません、大丈夫ですから」
「・・・」
涙目で見つめられる。
そんなに心配してくれたんだね。
ありがとう。
本当に大丈夫ですよ。
「心配してくれて、ありがとうございます」
「・・・」
密着して離れてくれない。
ありがたいのですが・・・。
この状態だと当然だけど、気になるんです。
胸が・・・当たってますから・・・。
「あっ、すみません。失礼なことを」
離れてミュリエルさん。
申し訳なさそうに。
「とんでもない。失礼なんかじゃないです」
違う問題があるけどね。
「ハヤトさん」
苦笑まじりのライナスさん。
見てましたよね・・・。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます。なんとか依頼をこなしてきました」
「長期の視察、大変でしたでしょう」
「いえ、まあ・・・」
「どうです今から昼食でも? 帰還祝いをさせて下さい」
「いや、そんな。いつも申し訳ないです」
ホント、いつもお世話になっている。
何かあると祝ってくれるし。
でも、こちらとしては申し訳ない。
「遠慮なさらずに。そうだ、ミュリエルが一緒でもいいですか?」
ということで、またまた御馳走になりました。
昼から豪勢な料理を。
携帯食ばかり食べていたというのもあるけど。
本当に美味でした、はい。
「さぞお疲れでしょうから、今日はゆっくり休んでください。ちょっとした宿を用意しましたので、いつもの宿では無く今夜はそちらで過ごしてください」
えっ?
部屋を取ってくれたってこと
いつもの宿ではなく?
「ライナスさんに、そこまでして貰うわけには」
「いえいえ、ハヤトさんにはいつもお世話になってますからね」
えっ?
何かしたかな?
叡竜から助けたこと以外で。
大した事はしていないような・・・。
「いえ、お世話になっているのは僕の方ですから」
「まあまあ。ミュリエル、案内してあげなさい」
「はい」
というわけで、案内された宿は第二地区の一等地。
外観からでも明らか。
豪華な宿だ!
部屋に入ると・・・。
ベッドルームが二つにリビング!
えっ?
浴室に、浴槽まである。
「こんな立派な部屋、いいんですか?」
「ゆっくり休んでいただくようにと。そう言付けられていますので、気になさらないで下さい」
「はあ」
いいのかなぁ。
すごく高そうだけど・・・。
まあ・・・ここまで来たんだし。そう言ってくれるのなら、満喫させてもらおうかな。
しかし、この豪華さ。
今まで経験がないよ。
まずは風呂に入りたいな。
この世界に来て、まともな入浴をしたことがない。
そもそも浴槽なんて初めて見たし。
それに、体中が汗臭い。
ここ2日間は殆ど休みなく動いていたからね。
うん、風呂に入ってサッパリしたい。
「あの、入浴したいんですが」
「どうぞ、お入り下さい」
「いや、あのぅ・・・」
「??」
気にしてないのね・・・。
でも、こっちが気になるわ。
「店には戻らなくてもいいのですか?」
「はい、今日はハヤト様のお世話をするようにと」
本当に?
「いえ、そういう訳にはいかないでしょう。どうぞ僕のことは気にせず・・・」
「お世話できて嬉しいです」
満面の笑みですか・・・。
はぁ~、分かりましたよ。
といっても、世話になる事なんて無いですけどね。
「では、遠慮なく入らせてもらいますね」
浴室に入り、服を脱ぎ、身体を洗おうとしていると。
背後に気配が。
「??」
ミュリエルさん!?
「ど、どうしました?」
「お背中流しにまいりました」
えっ、えっ!
ミュリエルさん、そんなこと
それにその格好。
・・・。
肌着、下着?
上下それだけ。
露出が・・・。
実は、結構胸もあるんですね。
いやいや。
マズいですって。
俺の理性が・・・。
違う 、いや、違わないけど。
そうじゃなくて。
この身体見られるわけには。
「大丈夫です。自分でできますから」
背を向けて、腿を合わせて見えないようにして。
「ご迷惑ですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・・」
「では」
「いや、ありがたいんですけど、そのぅ・・・」
「・・・?」
「そう、ミュリエルさんは僕の奴隷じゃないですし。申し訳ないです」
そう、まだ奴隷じゃない。
これでいこう。
「そんな、私はハヤト様のものです」
ものじゃないです。
「そんなわけ無いですよ」
「と、とにかく今は自分でやりますから」
「そうですか・・・」
そんな、悲しそうな顔しないで下さい。
こちらにも事情が・・・。
「また、その時がきたら・・・」
いかん、要らぬ事言ってしまった。
うわぁ~。
笑顔に変わってるよ。
「はいっ!」
なんとか、入浴も無事終えました。
余計に疲れた気がするけど。
はぁ~。
まあ、でも、浴槽はいいよね。
ホントさっぱりした。
たまに贅沢してお風呂に入りに来たいな。
ここは高すぎるかぁ・・・。
他にも浴室、浴槽のついた宿とかあるのかな?
ライナスさんに聞いてみよ。
「ハヤト様はやっぱりお強いですね」
「いえ、そんな事ないですよ」
昼食時、視察中に起こった事などを簡単に話しました。
ライナスさんは興味深そうに聞き入ってくれ。
ミュリエルさんも聞いてくれたんだけど・・・。
とにかく、褒められましたね。
そして今も。
「身体的な意味だけじゃなくて、精神的にもお強いのですね。あんな目に遭いながら、冷静に切り抜けて来られただなんて」
「・・・」
「尊敬すべき私のご主人さまです」
「いえ、まだ主ではないので・・・」
「そんなハヤト様に比べて私は」
えっ、何?
「先ほどの失態、恥ずかしいです・・・」
「失態って?」
「いえ、その、あんな場所で・・・身分もわきまえず・・・」
あぁ、店前でのことか。
そんなの失態じゃないのに。
「失態じゃないですよ」
「でも」
「むしろ嬉しかったです。ミュリエルさんの気持ちが伝わってきて」
「えっ!?」
頬を染めて俯いてしまった。
・・・。
やばい。
こっちも恥ずかしくなってきた。
「で、でも、そんなに心配でしたか? ほぼ予定通りの期間で戻ってきたのですが」
ミュリエルさんは、俺がもっと早く帰還できるのだと思っていたらしい。
何かの行き違いか、勘違いか。
まあ、そう思っていたのなら心配にもなるかな。
と、そんな感じで色々と話していたんだけど。
風呂に入ったせいか、眠くなってきた。
この2日間はほとんど寝てないからなぁ。
まだ夕方なのに眠い。
「ミュリエルさん、申し訳ないのですが」
「はい?」
「少し休みたいのですが」
「どうぞ、お休み下さい」
また、そうきますか。
まさか、一緒になんて言いませんよね。
・・・。
でも、さすがに眠りたい。
ということで、ミュリエルさんに何とかお願いして、引き取ってもらいました。
「ハヤト様のお傍に仕えることが、今日の私の仕事です」
といって、なかなか聞き入れてくれなかったんですけどね。




