第二十九話 嘘
どうやら、俺たちはエスピナ砦の北東にいたらしい。
兵士たちをあれだけ脅したのだから問題ないとは思うけど、安全策を選択。
砦の北から大きく迂回する道をとるとのことです。
街道ではないので魔物も出るかもしれないけど、大丈夫だよねって言われました。
ランスアールさん、結界石持ってますよね?
魔物と遭遇しても多分大丈夫だけど・・・。
「さあ、この森を抜けたら、すぐにあの丘だよ」
もう、日もかなり傾いてきた。
可能ならば暗くなる前に丘に、そして小屋に戻りたい。
「この森は、魔物が出るかもしれないね」
たしかに、いかにも出そうな森だ。
「では、急ぎましょう」
馬に乗るのにも大分慣れてきた。
これなら、多少は速く進めるだろう。
ひょっとして、才能あるのかな。
いや、違うな。
この身体の技術習得能力が凄いんだろう。
進むこと数刻。
「遭遇しちゃったねぇ」
そんな気はしてたんだよなぁ。
しかし、ランスアールさん。
なぜに、そんなに楽しそうな顔なんだ。
10数メートルほど先に、魔物が1匹。
結界石は効かないのかな。
2つの頭を持つ犬のような魔物。
3メートルくらいの漆黒の身体に2メートル程の尻尾。
双頭の魔犬って感じか。
唸ってるよ、凶暴そうだな。
「どうしましょう? 逃げます?」
「うーん、回り道したくないなぁ。ハヤくん、倒しちゃってよ」
簡単に言ってくれるよ。
あの魔物、強そうだけど大丈夫なのか。
「あの魔物知ってます?」
「多分、オルロスだね。双頭の魔物で魔法は使えないけど、動きが早いはずだよ。牙と爪と尻尾に注意して」
詳しいな。
「強いですか?」
「強いけど、ハヤくんなら大丈夫」
信頼されているのは、ありがたいけど。
・・・。
まあ、やりますか。
次元袋から、虎徹を・・・いや、大剣の方でいい。
水弾も一応待機させてと。
「では、ここで待っていてください」
馬を預けて。
ゆっくりと歩を進める。
オルロスは唸るだけで動かない。
あと3メートル。
「ガァッ!!」
一声上げるや、突然躍りかかってきた。
確かに早い。
でも、大丈夫だ。
右に避けながら、大剣で左の首を刎ねる。
おっと。
尻尾で剣をはじかれた。
といっても、完全にはじかれる程弱い斬撃ではないので、少し軌道をそらされただけ。
でも、切り落とすことはできなかった。
首に傷を与えただけ。
再び対峙。
おぉ!
首の傷口が塞がっていく。
そんなのアリなのか?
「オルロスは再生能力が高いからね」
ホント、先に言ってくれよ。
もう殆ど塞がっている・・・。
まあ、色々と分かったから、大丈夫。
今度は俺から突進。
オルロスも突っ込んでくる。
上に跳躍。
すれ違いざま真上から左の首に一撃。
尻尾に邪魔されるけど、それも想定済み。
はじかれることは無い。
力を込めた一撃で首を両断。
「グオォーー」
咆哮を上げるオルロスを更に追撃。
迎撃する尻尾を切り刻み・・・。
おい、首が再生してきてるぞ。
ホントかよ。
尻尾も再生するのか?
らちが明かないな。
仕方ない。
再び、突進。
今度は左に跳び、上段から胴体に向けて渾身の一撃。
ドスン。
さすがに身体を真っ二つにされたら動けないだろう。
でも、まだ生きているな。
再生されたら困る。
心臓に一刺し。
これで大丈夫か。
この最後の一撃。
まだ少し罪悪感を感じてしまうなぁ。
動けない敵に止めを刺すってのが、どうにも・・・。
甘いのかなぁ。
「心臓が弱点なんだよ。そこだけ再生できないらしいからね」
後ろから近付いてきたランスアールさん。
「先に言ってください」
「ごめん、ごめん。今思い出したんだ」
ホントですか。
「とりあえず、倒せてよかったです」
「ハヤくんって本当に強いねぇ。オルロスを相手にするのは初めてなんでしょ?」
「ええ、まあ」
「普通は一人で倒せる魔物じゃないんだよ。すごいねぇ」
おいおい、それも先に言ってよ。
なんか、簡単にやれそうに言ってたじゃないですか。
「でも、なぜ魔法を使わなかったの?」
「この先のことを考えて、魔力を温存したかったので」
「なるほど・・・余裕だね」
確かに、負ける気はしなかったけどね。
余裕・・・なのかな。
急いでいるので簡単に素材採取して、その場をあとにする。
また魔物に遭遇するのは面倒だなと思っていたんだけど。
森を出る直前でオルロスに再び遭遇。
しかも、今度は2匹。
2匹いると、ランスアールさんを守るのが大変かも。
うーん。
「ここは逃げましょう」
オルロスが森から出ることはまず無いとのこと。
ならば、もう逃げましょう。
森の出口はすぐそこだから。
水と火の魔法でオルロスを誘導し、逃げ道を作って。
脱出成功。
低威力の魔法にしたから、魔力もそんなに消費していない。
まあ、これで良かったかな。
森を抜けた時には、もう完全に夜でした。
森を抜け数時間進み。
あの丘に到着。
よかったぁ~。
今日は本当に色々あったけど、無事戻ってくることができたよ。
一時は王都行きを覚悟したからねぇ。
ホントよかった。
でも、これからどうするんだ?
転移石ないよね。
「では、転移石を探そうか」
やはり、探すしかないか。
でも、もう夜だぞ。
見つかるのか。
「この暗い中で、見つかりますかね?」
「大丈夫」
何が大丈夫なんだ。
・・・仕方ない。
「火をつけましょうか?」
「うーん、火をつけると目立つかもしれないねぇ」
「砦から見えますかね?」
「見えないとは思うけど、一応やめとこうか」
「はあ」
では、どうやって探すんだ。
俺は夜目なんてきかないぞ。
だいたい、どこで落としたか分かってないのに、この暗さの中で探しても見つからないだろ。あの戦場跡で落としている可能性だってあるし。
と思ってたんだけど。
1刻もしないうちに。
「見つけたよ」
「・・・」
・・・はい?
「置き忘れたような気がしてたんだよね」
なんだ、それ。
置き忘れって。
落としたんじゃないのか。
「・・・そうですか」
「よかった、これで帰れるね」
・・・。
まあ、よかったのは確かだ。
レントに帰還できるし。
でも、なんだ、腑に落ちないぞ。
置き忘れって本当か?
そんな物忘れるか。
もしかして、持っていたのに、嘘ついたんじゃないよな。
それで、ずっと余裕があったとか。
・・・。
さすがに、それは無いか。
そこまで変人じゃない・・・と思いたい。
とにかく、レントに戻れるのはありがたい。
「では、今から転移しますか」
「一度、小屋に戻ろう。係の者と話もしたいし、連絡もつけたいしね」
緊急時以外は小屋から転移、そうだったか。
「分かりました」
結局、小屋で朝まで待機。
それから、転移で無事レントに帰還しました。
到着した場所は、レント情報部の一室。
「ランスアールさん、今回は本当にお世話になりました」
お世話にはなった。
一応挨拶しなければね。
「こちらこそだよ、ハヤくん」
いつもふざけた感じだけど。
そうじゃない顔も知っている。
やっぱり、話しておきたいかな。
「ローレンシア兵を相手にした時の態度、表情、すごく真剣な感じでしたよね」
「そうかな」
「あの表情ができるなら、呪いなんか関係なく真面目に話もできるんじゃないですか?」
「呪い・・・??」
えっ・・・。
「呪い・・・。そ、そうだね、呪いね。うん、できるかもね」
「あのぅ、呪いにかかっているんですよね?」
「も、もちろん、かかってるよ。不幸な呪い持ちさ」
もしかして、嘘をついていた・・・。
呪いなんて無いのか?
・・・。
「あれ、疑ってる? 嫌だなぁ~」
嘘かもしれない。
ふざけたことを・・・。
もしかして、あれもか。
「一つ訊いていいですか?」
「もちろん」
「転移石を落としたって言いましたよね。あれ本当ですよね?」
「・・・何言ってるんだい。もちろん、本当だよ」
さすがに、これは本当か?
いや、嘘なのか。
・・・。
砦に連行された時も余裕だったし。
馬車の中でも。
俺がローレンシア兵と闘っている時も。
平原で馬上にいる時も。
森でオルロスに遭遇した時も。
ずっと余裕があった・・・。
そこまでの嘘はつかないと思いたいけど。
嘘だとしたら、とんでもない人だな。
・・・。
考えても仕方ないか。
今は無事帰還できたことで、良しとしよう。
「分かりました」
「よかったよ」
何にしろ、これで任務完了だ。
ホント、疲れた。
今は、美味しい物でも食べて、ゆっくり休みたいな。
視察中の食事は携帯食ばかりだったし、睡眠も大してとれていない。
あとのことは・・・今はいいや。
「色々とありましたが、これで今回の任務も終了ですね。お疲れ様でした」
「ハヤくんこそ、お疲れ様。今回は本当に助かったよ。ありがとうね」
「いえ、仕事ですから」
こうして、今回の仕事は終了した。
ホント大変だったけど、高額報酬もいただいた。
そう考えれば悪くない仕事だったのかな。
ランスアールさんには、まいったけどね。
とにかく終了と。




