第二十八話 脱出
馬車から降りた俺たちの前には、御者も含めて7人のローレンシア兵。
「目録ですか? 王都に届けるようフェルディナント様に言われたばかりなんですがね」
まだ、とぼける余裕がある。
さすがだ。
「残念ながら、レントの大使様は王都への移動中に事故で亡くなられるそうだ」
何だと。
ボリス、この野郎、ニヒルに笑いやがって。
「それは、おかしいですねぇ」
「もう小芝居はいい。さっさと目録を渡せ」
「小芝居ですか? 私は本気ですけど」
「渡さぬ気か。ならば仕方ない」
一気に殺気立つ兵士たち。
「取り押さえろ。まだ殺すなよ。血染めの目録なんて縁起でもない」
兵たちがランスアールさんに近寄ってくる。
俺は・・・無視ですか?
少年だし、弱そうだし、目録持ってないし・・・。
まあ、好都合だ。
「ハヤくん、覚悟を決めて下さい。仕事ですよ」
対人戦闘への躊躇、見破られていたか。
やっぱり凄いね、ランスアールさん。
分かりましたよ。
覚悟決めるしかないよね。
やりましょう。
馬車から降りるときに、既に低威力の水弾を5発待機させている。
低威力で十分だろう。
「了解」
答えるやいなや、ランスアールさんに近寄っていた4人に水弾を放つ。
「ぐあっ」
「うぁ」
4人の右太股に着弾。
その場に倒れ伏す4人。
俺は2倍速でランスアールさんに駆け寄り、抱きかかえながら走り抜ける。
後方には、ボリスを含む3人の兵士。
「どうします? このまま逃げますか?」
「あの3人も何とかした方がいいんじゃないかな?」
「ですよね」
3人からは20メートル以上離れた場所にランスアールさんを置き、再び突進。
まだ倍速の効果は続いている。
残っていた水弾一発を御者の太股に放ち、ボリスの方に向かおうとすると。
うぉ、危ない!
もう一方の兵士の手から火の玉が飛んでくる。
間一髪で避け、再びボリスの方へ。
俺の速攻に茫然としていたボリスも我に返ったか、剣を両手に持ち上段から振り下ろしてくる。
「たぁ!」
遅い。
マスクの辻斬りとは比べることもできない程だ。
しかも、今の俺は倍速。
剣を取るまでも無い。
振り下ろされた剣をかいくぐり、鳩尾と胸に掌底を二発。
「うぐっ」
これで、当分は立ち上がれないだろう。
うん?
気を失ってるよな。
死んでないよな。
と思った瞬間、背後から火の玉と大槍の横薙ぎが。
火の玉を横に避け、槍を跨ぐように跳躍。
やばい、跳び過ぎだ。
倍速での跳躍だった、忘れてた。
槍男との間は7メートルくらいか。
魔法と槍の遣い手。
この7名の中では一番の腕利きだな。
と、ここで2倍速の効果が切れる。
どうする?
もう一度倍速を使うか。
まだ魔力には余裕があるし。
いや、必要ないな。
他の6名は魔法が使えないようだ。
飛び道具も・・・なさそう。
となると、完全に戦闘不能だしね。
素手でもいいが、ここは剣で対抗しよう。
木剣だけど。
次元袋から木剣を取り出し。
一気に駆ける。
「てぇい!」
渾身の力を籠め、まっすぐに突き出される大槍。
確かに、それなりの腕はあるのだろうけど、やはりぬるい。
避けざまに加速し槍の穂先を抜け。
木剣を槍男に向けて、突き一発。
「ぐっ」
横に避けようとしたけど無理。
動きが甘い。
分かりやすいよ。
一応、掌底も。
ほい、胸に。
「・・・!」
気絶したね。
こちらも死んでいないよね。
一応、手加減はしたからさ。
ささっと7名全員の武装解除をしてと。
7名を横に整列させて。
といっても、ボリスと槍男は気絶しているけどね。
「動いたら殺すよ」
と、脅しておいて。
ランスアールさんと共に兵たちが所持していた取縄で7名を拘束。
場合によっては俺達を捕縛するために持っていた縄なんだろう。
おあいにく様。
まあ、俺も次元袋の中にロープくらい持っているけどね。
さて、まだ終わっていない。
次に。
水弾を受けた5名を、死なない程度に治療してあげて。
魔力が勿体ないけど、仕方ない。
軽い治癒魔法なので、それ程消費しないしね。
気絶中の2人の治療は・・・まあいいか。
ということで、はい、終了。
誰も殺さず完全制圧完了。
7名を縄で拘束。
魔法を使える槍男には、詠唱できないように猿ぐつわをかませて厳重に拘束。
でも、まだ気絶中。
よかったぁ。
上手くいったよ。
もちろん、場合によっては人を殺める覚悟もしてたけど・・・。
多分してたけど・・・。
それでも、なるべくなら回避したかったからさ。
超凄腕がいたり、もっと多人数が相手だったら、こう上手くはいかなかっただろう。
ホント、よかったよ。
「さて、どうしましょう?」
「うーん・・・凄すぎ!」
さっきまでは、ほぼ無言で拘束する手伝いをしてくれていたランスアールさん。
これでよかったんですよね。
手ぬるいのかな。
「すみません。殺すことはできませんでした」
「いや、そんな事はいいって」
「いえ、場合によっては命取りになっていたかもしれません」
「ホント、そんな事ないって」
「はあ」
「それより、聞きしに勝るとはこのことだね。凄いねぇ。ホント凄い」
「偶然上手くいっただけです。油断してくれてましたし」
「違うよぉ。完全にハヤくんの実力だよ。しかし、人間離れしてるよねぇ~」
褒められるのはありがたいけど、人間離れとは嫌な表現だな。
確かに、ローレンシア兵の力量は思っていたほどでは無かった。
この程度なら、発掘現場で見つかった時にも逃走できていたかもしれない。
実際、あの7人の中にはもう少し腕の立つ剣士や魔法の遣い手がいるのかと思っていたよ。
凄腕の魔法使いと対したことは無いので、そんな相手がいたらどうなっていたか分からないけどね。
今回は幸運だったんじゃないのかな。
まあ、そんな事よりも今は処理しなきゃいけない事がある。
「それよりも、これからどうしましょう」
「そうだねぇ。この状況はさすがに想像してなかったからねぇ」
「そうですか」
「さて・・・。まあ、こうしようか」
と言って、ボリスの頬をはたき目を覚まさせると。
「残念ながら、王都に向かったローレンシア兵たちは事故に遭って怪我をしたそうです。馬車と馬を失い、命からがらエスピナ砦に戻るのが精一杯。レントの大使たちとははぐれてしまいました。こういう事らしいですよ」
「くっ!」
「幸いなことに一命はとりとめたし、目録も手元に残っていると」
そう言って、目録をボリスの手に握らせる。
へぇ、目録渡すんだ。
こんな目に遭ったのに。
政治的配慮ってやつなのかな。
「これで良しとして下さい」
「・・・」
俺たちを睨みつけるボリス。
とはいえ、それ程目に力が無い。
まあ、睨めるだけ大したものか。
残りの兵たちは、安堵の溜息をついているし、一名は気絶中だし。
「実際、幸運だったと思いますよ。ハヤくんに感謝して下さいね」
もう、要らないこと言わないで下さいよ。
なるべく恨まれたくないんだから。
早く忘れて欲しいし。
「これも返しておきますね」
武器を兵たちの前に置いてやる。
それでも、捕縛はしたままだ。
「いいんですか?」
「武器が無いと、砦まで無事に帰れないかもしれないしね」
なるほど。
魔物が出るかもしれないか。
「さて、もう一つ」
そういって、俺の耳元で囁く。
「7人各々に手でも向けて、詠唱するふりをしてくれるかな。適当な言葉でいいから」
「はあ」
どういうことだ?
まあ、やりますけど。
まずは、ボリスに向かって。
えーと、日本語でもいいかな。まあ適当に。
「チチンプイプイ・・・アブラカダブラ・・・ジュゲムジュゲム・・・」
こんな感じでいいのかな。
「な、何をした?」
無視して、残りの6人にも同様に。
「チチンプイプイ・・・アブラカダブラ・・・ジュゲムジュゲム・・・」
これで、いいのか?
ランスアールさんの方を見ると・・・。
うん、頷いているね。
「さあ、皆さん。彼が今行ったのは秘伝の術式です」
「!?」
何それ?
聞いてないよ。
兵たちも驚いてるけど、こっちも驚くわ。
「あなた達の心臓の横に、魔法で作った小型の弾を仕込みました」
「何だと」
ボリスはまだ元気だね。
「発動は彼が一言詠唱すれば可能。どれだけ離れていても関係ありません。もちろん、発動すれば・・・はい終了ですね」
「くぅ・・・」
「この魔法弾は今から3日間有効です。3日経てば自然消滅します。ということで、私たち2人が無事ならばあなた達も無事と」
しかし、無茶苦茶だなぁ、この人。
口から出まかせもいいところ。
そんな魔法あるのか、いや、信じるのか?
「そんな術式聞いたことも無い。でたらめを言うな」
ほらね。
「秘伝の術式ですからね。彼の実力は目にしたでしょ。まあ、信じるも信じないも自由です」
「・・・」
ボリスは睨んでいるけど、残りの兵たちは明らかに怯えているな。
「事を荒立てるつもりはありません。私はレントの大使。今回はあくまでも戦勝祝いに来ただけ。ただ、不幸な事故に遭ってしまったと」
「・・・」
「さて、私たちが無事でないとあなた達もまずいことになります。そこで、まずは質問」
「何だ」
「ここは砦から、どちらの方向にどれくらいの位置にあるのですか?」
「・・・」
「正直に答えて下さいね。嘘をついたら、どうなるか分かりますよね。それと、もう一つ。私たちの事、しばらくは砦に報告しないで下さいね。追手など来たら、これもどうなるか分かってますよね」
ということで、一件落着。
ボリスはまだ強がっていたけど兵たちは怯えきっていたので、嘘はついていないと思う。
ランスアールさん、個別に3人から聞いていたしね。
抜かりないわ。
と言うか、えげつないわ。
敵にしたくないね・・・。
それで、やっぱり徒歩じゃないんですよね。
馬車でもない。
目立つから。
俺たち2人分の馬を残し、残りの馬を解き放つと。
「さあ、行こうか」
馬に乗るんですよねぇ。
でも、俺は一般的な日本人だったんです。
「あのぅ・・・」
「うん?」
「馬に乗れないんですけど・・・」
馬なんか、1人で乗ったことないですよ。
この世界に来てからも、そんな機会なかったし。
「・・・えっ?」
「乗ったことないんで・・・」
呆れられてるね。
うん、間違いない。
「ハハハ・・・」
そんなに笑わなくても・・・。
「さすがハヤくんだ、面白い」
「・・・」
「それ程の腕を持ちながら、馬に乗ったことが無いなんて」
まだ笑ってるよ。
失礼だな。
「面白すぎだよ、君は」
あなたの方こそ面白いです。
いや、変わってますよ。
結局、無理やり馬に乗せられました。
それだけの身体能力があるなら乗りこなせるとか言われて。
まあ、想像以上に乗れたかなとは思います。
最初はぎこちなかったけど、乗っているうちに慣れてきたし。
まだ、ゆっくりしか進めないけどね。




