第二十一話 剣術商売
今日も無事に仕事を終えることができたのかな。
遭遇困難と言われていた紅蝶を仕留めて、素材採取に成功。
良い仕事したんじゃないの。
などと気持ち良く歩を進めていた俺なんだけど。
もう帰っていい?
「三匹で足りるのですか?」
帰り道、上機嫌なバルドさんに訊いてみる。
「十分だ。一匹でも良かったくらいだからな」
一匹からでも、薬を作るには十分な量が取れるらしい。
依頼人が望まないなら、残りの紅蝶の素材は他に売却すれば良いと。
かなりの値で売れるらしく、いずれにしても大儲けだそうだ。
「三匹目の始末、さすがだったな」
「下に来てくれましたからね」
「いや、なかなか簡単に仕留められる高さじゃない。やっぱり、坊主の腕は確かだ。儂が見込んだだけのことはある」
「それより、バルドさんの投擲はさすがです」
「一本外したけどな。坊主の投擲の方が正確だ」
「僕は一本しか投げてませんから」
ちょっとやり過ぎたかな。
一匹で十分なら、三匹目を仕留める必要もなかったし。
でも、まあ、褒められて悪い気はしないね。
しかし、最近は魔物を仕留めることに躊躇いが無くなってきたよね。
慣れてきたというか。
まだ、可愛げのある魔物には若干の躊躇もあるけど、それ以外は平気になってしまったな。
生活のためとはいえ、慣れは怖いよね。
せめて、殺生のあとには、弔意を示さないと。
合掌。
レントの城壁が前方に見えてきたころ。
「ところで、剣術道場に興味はないか?」
いきなり、なんですか。
もちろん、ありますけど。
「ええ、興味ありますね」
というか、この町に剣術道場なんてあるのか?
商業都市だと思ってたんだけど、自治都市だけあって尚武の風潮もあるのかな?
「レントにも剣術道場はあるのですか」
「大道場が一つある。あとは、小さい道場がいくつかあるな」
やっぱり、あるんだ。
これは俄然興味が湧いてきたぞ。
見に行きたいな。
「見学とかできますかね?」
「それは、大丈夫だろう。いくらか伝手もあるしな」
おぉ、それはありがたい。
「まあ、今はその話じゃないんだ・・・」
「はぁ」
「実は、知人がある道場で師範代をしてるんだがな・・・」
バルドさんの知人が、ある零細剣術道場の師範代をしているらしい。道場主は高齢のため
、ほとんど指導することは無く、今では道場にもめったに顔を見せないとのこと。おかげで、その道場は今ではその知人が切り盛りしている状態。
その師範代が持病の腰痛を悪化させて、十分に稽古をつけられない。今はそういう状況らしい。
代わりに指導してくれる剣術遣いを探しているのだが、なにぶん零細道場のため給金もあまり出せず、冒険者ギルドに依頼してもなしのつぶてらしい。
そこで、バルドさんに頼み込んできたらしい。
この世界でも、小規模道場の経営は大変みたいだな。
「バルドさんが見てあげれば良いのではないですか」
「まあ、どうしようもない場合はな。ただ、剣術に関しては儂は門外漢だからなぁ」
そういえば、バルドさんは槍と投擲具を愛用してるな。剣は・・・、使っていないか。
「そういうわけなんで、申し訳ないんだが、ちょっと面倒見てもらえないか」
困ったなぁ。
この世界の剣術には興味あるんだけど。
教えるとなると・・・。
そもそも、こちらの流儀知らないし。
俺も、それなりに忙しいし。
うーん・・・。
「少しだけでもいいから、どうだ。空いている時間に数時間だけでも」
バルドさんに頼まれると、断りにくいなぁ。
まあ、とりあえず。
「僕の流派とは違いますから、教えることができるかは判りません。ですので、一度見学させてもらって、その後で・・・」
「おぉ、ありがたい。受けてくれるか」
いや、待って。
話の途中だし。
受けてないし。
「ありがとう、本当に助かる。ギルベルトも喜ぶだろう」
「まずは、見学だけですよ・・・」
翌日。
朝から鍛錬、そして依頼をこなし夕方。
約束の道場に向かうことにする。
剣術道場ということで、第二地区にあるのかと思っていたら、第三地区にあるらしい。
零細道場だと言ってたし、怪しいなと思いつつ、教えられた場所に到着。
・・・。
いやぁ、民家ですよね、ここ。
道場の看板出てるけど・・・なんというか・・・。
大きめの民家を改造しただけのみすぼらしい道場がそこに。
まあ、零細道場らしいし、異世界だし・・・。
こんなモノかもしれないよね。
とりあえず、中に入りましょうか。
「すみません。バルドさんの紹介で来た者ですけど」
中も・・・、外に変わらぬ造りでした。
とはいえ、一応それなりに道場の体はなしている。。
・・・。
稽古に来ている人数が少ない。
6人しかいないよ。
大丈夫なのか、この道場?
倒産間近では?
だいたい、給料とか払えるのか?
とはいえ、久々の剣術道場、剣術の訓練風景。
身が引き締まるし、心地いい。
やっぱり、好きだな。
練習には木剣を使っている。
前世の木刀を、粗くした感じだね。
一時間余り稽古を見学して・・・。
まあ、確かに、剣の扱い方は違うけど、基本の動作、身のこなしは理解できる。
前世では、師匠に他流派から他の武道、他国の武術まで、ある程度教えられている。
基本的なことなら、ここの流儀でも教えることができそうだね。
やってやれないことは無いけど、どうするか?
「こんな道場で驚かれたでしょう」
良い頃合いで、師範代のギルベルトさんが話しかけてくる。
なんというか、そう、狸顔だ。
整っているとは言えないけど、ギルベルトさんの顔には何とも言えない愛嬌がある。
「いえ、この町で訪れた初めての道場ですから」
正直に驚いたとは言えません。
そりゃあ、道場の造りといい、門弟の数といい、驚きましたけどね。
「今時は剣術商売もなかなか大変でしてね」
「はぁ」
「まあ、細々とやっております」
「・・・」
答えようが無いですよ。
大変なのは間違いないでしょうけどね。
「どうです。せっかく来られたのだから、一度立ち合ってみませんか?」
いきなり?
何の用意もしてないけど。
と思っていたら、木剣を渡された。
「いえ・・・」
俺も剣術遣い。
レベル云々は抜きにして。
久々に人と仕合いたい気持ちはあるけど。
「是非お願いします」
身体が疼くな。
・・・。
仕方ない。
少しだけなら。
少しだけと思いながら、道場にいた大人三人と手合わせしてしまいました。
もちろん、結果は言うまでもないです。
かなり、速さと力の加減をしたんだけどね。
それでも、久々の仕合は楽しかったですね。
こちらの剣術にも興味が湧いてきた。
「バルドから聞いてはいましたが、素晴らしい腕前ですね」
「まだまだ未熟者です」
「ご謙遜を」
「いえ・・・」
「ところで、どちらの流派で?」
少し変わった体捌きだと感じたらしい。
それはそうですよね。
こちらの世界には無い剣術ですから。
流派・・・。
流派名なんてあったかなぁ。
まあ、勝手に名乗るなら。
「無外・・・」
これは、やっぱマズいか。
うーん、師匠が言ってたのは・・・。
思い出した!
型を身体に覚えさせたあとは、全て忘れて無意識に任せる。
名乗るならば無形流。
「いえ、無形流です」
「はあ、聞いたことないですな」
「この町から遠く離れた場所から来たものですから・・・」
「なるほど・・・。それで、指導の方はお願いできますか?」
うーん、どうしようか。
・・・。
まあね。
バルドさんからの依頼でもあるし、興味も湧いてきましたからね。
ギルベルトさんの腰も良くないみたいだし。
こんな若造でも良いならということで。
引き受けました。
とりあえず、腰痛がましになるまで数日間。
空いている日の夕方数時間だけという条件で。
仕事が早く終わった時にでも来ましょうか、そんな感じですね。
お金は・・・、まあ気持ち程度で。
道場での指導を引き受けてからは、それなりに忙しい日々が続いている。
空いている日だけ指導すると言っていたのだけど、結局剣術が好きなんだよね。
毎日のように通ってます。
なので、朝から鍛錬、そのあとギルドで依頼を探して、それを遂行。
しかも、早く終わりそうな依頼を選んでしまう。
仕事の後には、すぐに道場に顔を出すという始末・・・。
おかげで、最近はあまり稼いでいないよ。
とはいえ、お金に困っているわけでもないので、まあいいかと思ってしまう。
ギルベルトさんの腰痛が治るまでだから、いいかなぁなんて。
「毎日のように来てもらって、申し訳ないですねぇ」
ギルベルトさんも大変だ。
冒険者ギルドの一員でもあるらしいんだけど、そちらの方は今は休んでいるそうだ。
腰の完治優先ということで。
それなのに、腰痛を抱えながら軽く稽古をつけている。
大丈夫なのかな?
生計の方も・・・。
他人の懐ながら心配だ。
そんな風に数日が過ぎ。
いつものように道場での指導を終えて帰途についていると。
っ!?
殺気!
いや、剣気。
背後に凄まじい剣気を感じて脇へ飛び退くや、そこに吹く一塵の風。
僅々たるも鋭い剣風。
退いていなければ、間違いなく浴びせられたであろう一撃。
飛び退くやいなや、態勢を整え。
いきなり襲ってきた襲撃者に正対する。
「・・・」
手に持っているのは木剣だ。
両手で木剣を構え、剣気を発しているその襲撃剣士。
その身体は痩身で小柄ながら・・・。
只者ではない!




