第十三話 出発
十一、十二話に続いての更新です。
先に十一話からお読み下さい。
昨日の今日ということで、鍛錬は休んだらどうだと、ケヘルさんに言われたのだが、休む気はない。こういうものは一日休むと、なし崩し的にサボってしまうものだ。前世でも、それで痛い目にあったことがある。健康な身体である以上、休むべきではない。
それに、俺は元々立ち直りが早い方だしね。
ポジティブシンキング派だ!
まあ、かすかな希望が見えてきたというのもあるな。
僅々ではあるけれど、ホントに僅かだけども、ゼロではない。
その希望の光は、やはり何物にも代えがたい活力を生む。
グダグダ言っていても仕方ない、やるしかないのだ!
前に進もう!
転性して、必ず男に戻ってやるぞ!
戻れなかった時は、それはその時の話だ。
まあ、何とかやって行けるだろう。
上手い隠し方でも考えればいいか。
絆創膏を貼るとか・・・。
いや、いや。
そんな話、今はいいって。
ポジティブにね。
さて。
そうなると、この家に留まるべきではないよね。
町に出て、生活をすべきだ。
転性の情報が得られようが、得られまいが、進んでいくしかない。
この異世界で暮らしていくしかないのだから。
それに、情報を探すにも外で暮らす方がいいに決まってる。
レントに行こう!!
今夜、またケヘルさんと話しなきゃ。
「ということだ。ハヤトがレントに行くことに問題はない」
俺の決心を意気込んで話そうと思っていたんだけど。
思いがけず嬉しい情報とケヘルさんの激励。
決心は固まった。
いや、もう固まってたんですけどね。さらに固くなったと。
ガチガチですね。
「本当に何から何までお世話になって、感謝の言葉もありません。今回もこんな有難い情報を・・・」
「何度も言っているが、気にするな」
「いえ、言わせてください。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。
本当に感謝しているのだ。
ここを去る前に、心を込めて感謝の意を伝えたかった。
「・・・」
顔を上げると、
ケヘルさん、何とも言えない顔をしている。
うん、俺もちょっと照れるかも。
「それで、いつ出発するつもりだ」
なるべく早くレントへ向かおうと思っていたし、ケヘルさんも賛成してくれたので、急遽明日の朝出発することにした。
ケヘルさんはやはり心配なようで、一緒に行こうかと言ってくれたのだけど、甘えてばかりはいられません。先日同様、丁重にお断りしました。
代わりに餞別とばかり、お金やら携帯用結界石やらを渡してくれたのだけど、これも辞退させていただきました。
いや、ホント、ありがたいのですけどね。
特にお金は貰っちゃおうかとも思ったんですけどね。
やはり、ここは甘えを捨ててと。
それでも、ケヘルさん、困った様子で。
年相応に振る舞えばいい、遠慮するな、なんて言ってくれるので、それではと、短剣をお借りすることにしました。虎徹ばかり振り回すのもどうかと思っていたので、簡易の武器が欲しかったんですよね。サニア村の武器屋で買っておけばよかった。
もちろん、いずれ返すつもりです。
翌朝。
ついに出発しました。
ケヘルさんとの別れもそこそこに、朝早くから出発です。
本当のこと言うと、ちょっと泣きそうになったので。
お世話になった日々のことを考えると、泣けてくるよ。
気恥ずかしさに、さっさと出てきちゃいまいた。
まあ、今生の別れってわけでもないし、そう遠くない内に一度戻ってくるつもりだから、簡単な別れで良しでしょ。
道中、特に問題もなく順調に進んで、はや昼前。
次元袋に入れていた携帯用昼食を食べるために一休憩。
しかし、見渡す限りの平原だったなぁ。所々に木は生えているけれど、見事な平原。日本にいた頃は、こんなにどこまでも続く平原を歩いたことなどなかった。いや、見たことすらなかったな。
北海道に行けばあるんだろうか?
海外に行けば、こういう平原もありそうだけど。なにしろ、俺は日本から出たことないしね。
慣れぬ景色を見ながらの道行は退屈することも無く、疲れを感じることも無く、ここまで無事に来ることができた。疲労が無いのは、この世界に来て、体力が上がっているからというのもあるな。日々の訓練で、自分の体力が前世よりも遥かに上昇していることは感じているし。
体力上昇が、両性具有ゆえの恩恵なのかと考えるとウンザリするけど・・・。
そうは考えたくない。
暗くなってしまうよ・・・。
今は、それについて考えるのは止めよう。
折角の新たな旅立ち。
気分を変えて。
そういえば、魔物にもあまり遭わないよな。
もう7時間くらい歩いているけど、まだ3匹しか遭遇していない。
1匹目はグラノス。ケヘルさんから拝借した短剣で対応してみたのだけど、突進を横に避けながら首に一撃。短剣でも一撃で倒せたよ。虎徹を使う必要ないね。
次に、現れたのはウサギのような魔物。多分、魔物だと思う。襲ってきたし・・・。
このウサギ、見た目が可愛らしかったので、躊躇してしまいました。
予想通りといえば、予想通り。まだこの世界で生きて行く覚悟、戦う覚悟が足りないのか、短剣を使うのを躊躇してしまった。
最初の突進を避けた後。
それでも、迫る敵を無視するわけにもいかず、次の攻撃にやって来たウサギ魔物の横っ腹を反射的に蹴り上げてしまった。
そして、これも一撃・・・。
3匹目は、またもグラノス。
面倒くさかったので、遠距離から水魔法で一撃。
真正面から突進してくるので当てやすいよね。
それにしても、これまでこの世界で遭遇した魔物すべて一撃。
やっぱり俺って強いのか!?
などと考えながら食べている内に、昼食終了。
さて、また歩きますか。
ケヘルさんの家を出てから、俺は山を下り、ひたすら西へ向かっている。
今俺が歩いているのは、平原の道なき道。
この世界にも、きちんと舗装された道は存在するらしいが、こんな辺境の田舎には存在しない。とはいえ、マインツ帝国の南端都市クーリンゲンから自治都市レントを経由し、チェシュメル王国の北端都市イズルクに至る道は整備された小街道の体をなしているらしい。
この小街道、実は優れものなのだ。
この世界の街道の下、つまり地中には結界石の粉が些少ながら混入されている。
しかも魔法を使って多少強化されているので、それなりに魔物を退ける効果がある。
強力な魔物には効果がほとんどないらしいが・・・。
まあ、携帯用結界石でさえ、叡竜に効果なかったんだしね。
その結界石の粉が、クーリンゲンからイズルクに至るこの小街道にも使われているのだ。
なので、俺が魔物と遭遇するのも、もうしばらくの間だけ。
あと数時間も歩けば、イズルクからレントに至る結界街道に出るはず。
それを北上すれば自治都市レント。
まあ、俺が方向を間違っていたら、そう上手くはいかないのだけど、間違っている可能性は薄い。
この世界、前世世界と同じように北と南に磁極があるみたい。
おかげで方位磁石が有効。
そう、俺は方位磁石を持っているのです!
この世界に、方位磁石があるかどうかは知らないけど、俺は持っているんだよね。
どうして持っているかというと、
俺の携帯のアプリの中に、方位磁石機能を持つものがあったんです!
磁界センサーでの探査なのでGPSは関係なし。
異世界でも問題なし。
ラッキー!
そういうわけで、方向を間違えることなく、街道に出ることができるはず。
道行は順調だなぁ~。
あまりにも順調、魔物を警戒する必要もほとんどなく。
それならば、今後の方針を再確認と。
1つ、この世界で生きていくため、肉体的、精神的強さを身につける。
これは、今まで同様鍛錬を続けていくしかないな。
2つ、生活費を稼ぐ。
そのために、当面は冒険者ギルドで頑張ろう。ただし、頑張りすぎて、目立つのもまずいか。両性具有は隠したいしね。
3つ、前世に戻る方法があるなら見つける。
当面は保留だな。
そして、新たにできた目標。
なんといっても、これこそが大目標。
4つ、男に戻ること!!
絶対だ。
絶対戻ってやる!
まあ、まずはこの方針で頑張って行きましょ。
なんだか、やる気が湧いてきたぞ。
やれる気がする!!
歩くこと約3時間。
前方に道らしきものが見えてきたぞ。
まだかなり先なので定かではないが、街道なのではと思う。
そう思って、さらに軽くなった脚で歩いていると。
右斜め前方。俺の位置からは北西の方向か。
まだ1、2キロくらいありそうなので、よく見えないけど。
砂煙が上がっている。
声が聞こえる!?
絶叫? 怒号? 咆哮?
色々と入り混じっているような。
うん、なんか光ったぞ。
魔法か?
嫌な予感がする。
早足で歩を進める・・・。
「魔物に襲われてるのか!?」
全力で走り出す。
この世界での俺の脚の速さは並じゃない。
距離を詰めていくと・・・。
間違いない、馬車と人と魔物・・・。
叡竜だ!
馬車が襲われている!
人が叡竜に襲われてるぞ!!
主人公の設定。
嫌悪感を抱かせた方には、
本当に申し訳ありません。
心は完全な男ですので、
男の主人公だと思っていただければ幸いです。




