第25話
ファンイラストアンケートなるものが、メッセージで来てましたので12月10日付けの活動報告で答えています。
もし、興味がある方は覗いてみてください。
さて、8月も終盤にさしかかり夏休みも終わりへと近づいてきた。
そんな中、今日はと言うと、新潟に行った時に約束した夏祭りに行く日である。
なんでも、いつものメンバーに加え、真田君と今川君も参戦できるとの事。
イケメンズを揃え夏祭り。これが逆ハーと言うやつであろうか。全くもって望んでなどいないのだが。
さて、新潟旅行から今まで何をしていたのか少し話そう。
新潟旅行から帰って、数日後には甲子園の応援へと行った。強制だったのでね。仕方ないです。
今川君のサッカー部は、惜しくも予選の決勝で負けてしまい、全国への切符を手にする事ができなかった。なので、皆と一緒に甲子園で応援です。
お土産はこの時に渡しておいた。希帆と楓ちゃん、男子どももこのタイミングで渡してたよ。
真田君にも彼らが泊まる宿舎へと出向き渡しておいた。2人とも忘れずにお土産買ってきてくれた事に驚いてやんの。さすがに忘れはせんよ。酷い話だ。
で、甲子園の結果はと言うと、ベスト4だった。惜しいね。
10回裏に真田君の後を引き継いで登板した3年生が、サヨナラタイムリーをあびて敗戦。
マウンドでうずくまって泣いていたのが印象的だった。背番号は1だったし、エースだったのだろう。それが、大事な甲子園で1年の好投の後を引き継いで登板。そして、サヨナラ。悔しいよね。そりゃ悔しいよね。
ただ、スタンドでそれを眺めてただけなのに、泣きそうになったので焦ったよ。やっぱり甲子園って色々とずるいと思うんだ。
真田君に関しては、この夏で一気に注目をあびるようになった。
まあ、それも仕方ないだろう。なにせ、初戦でいきなりノーヒッターをやりやがったのだから。
その後も、安定して登板するたびに三振の山を築き、メディアにも取り上げられ、この夏の大注目選手となったわけだ。
スポーツ新聞なんかでも、彼の名前をもじって、真田日本一の兵なんて見出しで一面を飾ったりした。
そんな訳で、甲子園の回想は終わり!
正直に言って、真田君は雲の上の人的な存在になってしまったわけだけども、まあ野球やってる時じゃなければ普通のはずなので、きっと問題ない。いや、何が問題なのかとかよく分かんないんだけどもさ。
ちなみに、館林に対してだけど、会話はしたけど凄くぎこちなかったような気がしてならない。極力避けてたし……。
いや、まあ気にしなければいいとか思うかもしれないけど、恥ずかしいわけですよ。
枕にしちゃってごめんとか言えればいいのかもだけど、蒸し返すのは自爆っぽいので嫌なわけですよ。
つーか、野郎に対してあんな隙を見せてしまった自分に自己嫌悪なわけですよ……。
あー、今日の祭りにも館林は来るんだよなー。まあ、全員誘ったもんなー。
よし、せっかく友達になったわけだし、頑張って普通にしよう。ん? 普通にするのを頑張るってなんか日本語としておかしいような……。いや、気にしないでおこう! 頑張って普通にするんだ!
「空ー?」
あ、母が呼んでる。行かなくてはいかんね。
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「浴衣、着付けてほしいんでしょう? 準備しなさい」
下に降りて、リビングに入ると母にそう言われた。
そうだそうだ。着付けしてくれと頼んでたんだ。忘れてたわけじゃないけど、もう準備しないとまずい時間か。
一度、部屋に戻って浴衣を取ってくるとしましょうかね。
「持ってきたよ。お願いします」
部屋に戻り、ウォークインクローゼットの中の箪笥から浴衣を取り出して戻る。そして、母に着付けのお願いをする。
「はいはい。まったく、自分でもできるでしょうに、なんで私に毎回言うのかしらね」
母はそう言って呆れた顔をするが、仕方ないのさ。
勿論、私自身も浴衣くらいは着れる。必要だと思ったから勉強したしね。でも、小さい頃はやってもらってたし、自分でやっても母のとは何かが違うのだ。そして、そのせいでしっくりこない。母にやってもらえば違和感がないので、着る時は毎回お願いをしているというわけ。
別に、自分でやっても我慢できないほどの違和感はないし、着付けの仕方も合ってるので問題は無いと言えば無いのだが、母にやってもらうのが一番なのだ。あと、ちょっと嬉しいし。
「まったく。こういう時だけ空は甘えん坊になるんだから」
そう説明をすると、母はそう言って笑う。ある程度大きくなって、自分で着れるようになってからは毎回のようにこのやりとりをしているのだが、なんかね、このやりとりがこそばゆくて好きなんだ。私は案外甘えん坊なのかもしれない。
「ほら、できたわよ。髪の毛は自分でやりなさいね」
テキパキと着付けをし、ものの数分で片付いてしまった。着せるのに慣れてるのか、踏んできた場数が違うのか分からないが、自分ではこうも早く着付けをできないので、素直に尊敬するねこれは。
着ている浴衣の柄は、黒地に青と白のアヤメの花の染めが入り、濃い紫の帯に白い糸で大きく蝶の刺繍が入っている。派手さはないし、年齢のわりに落ち着いた色合いと柄だとは思うけど、あんまり派手なの好きじゃないしねえ。あと、私に似合っていて可愛いのだ。ナルシー? うん、知ってる。でも、事実だから問題ない。
髪型はどうしようか。しっかり結ってもいいのだけど、面倒だしそこまで気合を入れるのもなあ。
よし、和柄のクリップでちょっとルーズに纏めるだけにしよう。大きな花飾りとか着けるのは自分的には無いからね。あれは邪道な気がしてならんですよ。
そうと決まれば自分の部屋に戻ってクリップとか出さないとだ。あと、バックもどうするか考えなければならん。
浴衣が黒地である事と、髪の色が黒である事を考えると、全体的に重くなりそうだったので、トップにアクセントを持ってくる意味合いも込めて、桜柄の赤いヘアクリップにした。
ピンクと白もあったので少し悩んだけど、浴衣の色を考えると赤かなーって事でこれだ。
バックは、竹籠に巾着つきのやつ。巾着は白地になでしこ柄だ。下駄は、黒塗りで鼻緒が赤のを選んだ。まあ、言っても下駄はこれ以外にあと1足しか無いんだけどね。
さーて、そろそろ行かないと待ち合わせの時間に遅れるな。最寄の駅に集合だったな。急ぐ必要はないけど、下駄だからいつもと違うし、転ばないように歩かねば。
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駅まで転ばないようにしつつ、のんびりと歩き、到着した。
天気が良く、夕暮れ時というのもあいまって、真っ赤な夕焼けがとても綺麗だったので普通に歩いてるだけで楽しかった。
夏、夕暮れ、下駄の音。これが揃うだけでなんとも風流な気分になるから不思議だよね。なんか、日本人だなーって思う。
駅に着くと、周りには何人もこれから祭りに行くのであろう人がいた。
浴衣姿のカップルとか、男子数人のグループとか、浴衣の女の子達とか、家族連れとかね。
カップルは爆発すればいいし、男子グループはナンパさえしなければ無害なので、放っておけばいいし、女の子達は私と一緒にひと夏の思い出をとか思ったけど、爪が凶器みたいに長かったり化粧がちょっと濃過ぎだったので無しの方向で。
その点、家族連れはいいねえ。小学生中学年かな? そのくらいの女の子と、就学前であろう男の子が浴衣姿で手を繋いで歩いている。で、ニコニコとその様子を見て微笑みながら後ろを歩く両親らしき人物達。いいね、ああいうの。凄く微笑ましい。
そう言えば、小さい頃は飛び出したりしないように陸の手を持って一緒に歩いたりしてなあ。あの光景は、今の私のような心境で微笑ましく眺められてたのだろうか。私的には、ちょろちょろとどこかに行こうとする陸を取り押さえるので、結構必死だったのだが。
「おう、もう来てたのか」
「早いですね片桐さん」
微笑ましい気分で家族連れを眺めていると、後ろから話しかけられた。声から察するに、宝蔵院と館林だろう。
館林かー……。気まずい。私が1人で気まずくなってるだけだけど、気まずい。
……よし、普通。普通を心がけるんだ。
「おはよー、片桐さん」
「……おはよう」
覚悟を決め振りかえると、今川君と真田君までいた。
「ああ、向かう途中で会ってな。一緒に来たんだ」
私が2人もいる事に驚いたのに気付いたのか、館林がそう教えてくれた。
4人を見てみれば、宝蔵院と館林は浴衣。今川君と真田君は、ジーンズにTシャツという至ってラフな格好だった。
宝蔵院の浴衣は、薄いベージュに細いストライプの入ったやつ。館林のは濃い灰色に黒いストライプの入ったやつという、シンプルなやつだ。
よかった。エナメルっぽい生地の浴衣だったり、帯が豹柄とかだったら恥ずかしくて一緒に歩けない所だったよ。
「皆、早いんですね。おはようございます」
……うん? なんで今、自然と丁寧語が出た?
今川君が、おはようなのかは微妙な時間帯だけどねーなんて言ってるけど、なんで丁寧語が出た?
「……お前、まだあれ気にしてんのか?」
館林が呆れた口調で言ってくるが、別に気にしてなんかない。ない。ない……はず。
「片桐さん。輝が、俺なんかしたっけか。って気にしてたんで、なるべく早く元に戻ってあげてくださいね」
「いや、別に気にしてねーけどよ。つか、めんどいから気にせずさっさと元に戻れな」
「べ、別に普通だし」
普通だし。気にしてなんかないし。ちょーっと目が泳いだり、口調が変になるくらいで全然普通だし。
「今のお前のどこが普通なんだ」
痛っ。呆れた口調で館林にデコピンされた。なんでコイツは私に対してデコピンしてくるのだろうか。
希帆と楓ちゃんにはしないのに、私だけ痛い思いをするとか理不尽だ。てか、コイツのデコピン痛いんだよまじで。デコピンしたいなら宝蔵院にやればいいのに。
「そうそう、その顔だよ」
私が恨みがましい目で睨んでいると、館林がそう言ってにやりと笑った。
……そうですか。私はコイツの掌で踊るなんとやらですか。くっそーむかつく!
「ねえ、何を気にするな。なのー?」
「ああ、コイツな「言わんでよろしい!」」
危ない危ない。なに教えようとしてるんだまったく。
これは、私の人生の汚点とも言える事なんだぞ。簡単に教えようとするなんてもってのほかである!
くっそう、男の肩を枕にして寝るなんて私とした事がなんたる不覚!
そうだ。最近その辺が抜けてるのではないだろうか。これはいかん。別に彼らは友達だから仲良くはするけども、兜の緒はしっかりと締めなくてはならんね。よーし!
「えー……教えてよー」
今川君が不満そうな声をあげるが、駄目である。教えるわけにはいかないのだ。恥ずかしいから!
「……今川。片桐が嫌がってるんだ。無理に聞くのはよせ」
「んー、そうだねえ。じゃあ、諦める」
真田君が窘めて、今川君が諦めてくれた。
真田君まじグッジョブである。さすが、将来はドラ1で港に入団する事が決まってる人だね! いや、まだ決まったわけじゃないのだけど。
てか、真田君の喋り方ってなんとかならないのだろうか。不機嫌そうではないのだけど、テンション低めというかね。そのバリトンボイスっていうの? 無駄に艶のある声でその喋り方だと、そのての女の子が卒倒するんじゃないかなーなんて思ったりするんだ。
いや、私はそういう声でどうこうの趣味は無いので問題ないわけだけどもねって、なにを話してんだろうね。
「やあやあ諸君。楽しんでおるかね!」
後ろから声がして、振り返ると希帆がいた。まあ、声で誰か分かったのだけどね。しかし、その台詞は変だよ。だけど、なんでか妙に似合うよ。この子、事あるごとに思うのだけど、本当に不思議な子だ。
「おはようございます、で合ってますかね? 皆さんおはようございます」
後から付いてきた楓ちゃんがそう言って軽くお辞儀をする。会釈じゃなくて、お辞儀なのがこの子の凄い所だろう。普通友達同士の挨拶でお辞儀なんてしませんよ。
小さい頃のお姫様に憧れたっていうのが身に染み付いてるのだろうねえ。私的には可愛いので何も問題はないのですけどね。
「あれー? 真田君と今川君は浴衣じゃないの?」
皆でおはようと返すと、真田君と今川君を見て不満そうな顔をする希帆。
そんな希帆はもちろん浴衣である。白地に青と水色の朝顔散りばめた、涼しげで可愛らしいデザインだ。帯は薄い紫で、これまた朝顔。
あ、言うまでもないが、楓ちゃんも浴衣だよ。白地にオレンジと赤紫の藤の染めの楓ちゃんによく似合う、可愛いデザイン。サイドテールにした髪型が、また可愛らしいのなんの。
真田君と今川君は、前述の通り浴衣ではないのだが、なぜ着てこなかったのだろうか。いや、まあ浴衣じゃなくても楽しめるし、なんにも問題は無いのだけどさ。でも、せっかくの祭りなんだし、浴衣のがいいのになーとか思ったりする。
「あー、さすがに寮に浴衣は持ってきてなかったからねえ」
「……それに、実家に帰った時に出してみたんだが、小学生の頃のしかなくてな」
それで、浴衣じゃなくても別にいいかと思った。とは、2人の言である。
なるほどねー、それなら仕方ないか。つか、2人は寮だったのね。知らなかった。
「……うち、寮なんてあったっけ?」
「……希帆ちゃん」
真田君達の言葉を聞いて、希帆がきょとんとした顔でそんな事を言い、それに楓ちゃんが呆れている。
希帆よ。ちゃんと学校のパンフレットに写真付きで寮の事が書いてあったからね。ちゃんと見ようね。
私達が通ってる、竜泉学園高等学校はモンスター校と呼ばれる学校である。
生徒数は普通の学校よりも多い。しかも、色々な推薦があるために生徒は遠方からも集まるわけだ。
生徒の中にはアパートを借りて住んでいる人もいるだろうが、全員がそんなに余裕のある家というわけではない。
そこで、活躍するのが学生寮である。パンフレットによると、全室個室でユニットバスや、ミニコンロなどが備え付けられているそうだ。そして、パンフレットにはサロンでビリヤードをしている生徒達の写真があり、なんだここはと驚愕した覚えがある。
門限は21時。20時までに帰らないと夕食は出ないそうだが、カップ麺の自販機があるそうだ。そして、スポーツ推薦の生徒が多いからか、朝食は朝5時から食べる事が可能という充実っぷり。私が遠方から竜泉に通う事になったら迷わず寮に入ってただろうね。そのくらい設備が良い。
って、学生寮の事はどうでもいいんだよ。
「そろそろ時間だが、鍋島の野郎来ねえな」
館林が懐から携帯を取り出して時間を見ながら呟く。
私も腕時計で時間を確認したが、たしかにそろそろ時間だ。あと1分もない。まあ、多少遅刻したって何か言うつもりはまったくないけどね。大幅に遅れるなら連絡はほしいが。
あ、私の腕時計だが凄く可愛いのだよ! アンティーク調の文字盤にフェイクレザーのベルトを2連にして巻くタイプなのだ。色は、キャメルと凄く迷ったのだが、ブラウンを買った。浴衣に合うのか、と言われたら微妙なのだけど、可愛いので問題は無いはずだ!
人形やぬいぐるみには興味がない私だけど、小物類は大好きなので、目がない。特に、アンティーク調のやつやシックな感じのに目がない。小物いいよね。場所取らないし、可愛いし。今日も、懐中時計と迷ったのだけど、懐中時計はペンダントタイプのしか持ってないので、こちらにしたのだ。
「おばんどすえ!」
私が、自分の趣味嗜好という至極どうでもいい事を考えていると、テンション高めの京言葉が聞こえた。
振り返れば、やはり鍋島君だ。なぜに京言葉。しかもその挨拶はテンション高めだと似合わないと思うんだ。なんかこう、もっとおしとやかに雅に言うべきだと私は思うんだよね。
鍋島君の挨拶に対し、各々挨拶を返しているが、希帆よ。おばんどすえで返す必要は無いのだよ? 無邪気におばんどすえー! って言う希帆は可愛いけどね?
鍋島君の格好は甚平であった。浴衣と並んで、夏と言えばの格好の定番だよね。なかなかに似合ってるのではなかろうか。背中に大きく書かれている、祭の文字が暑苦しいが。
「よし、鍋。30秒遅刻したから今日はお前の奢りな」
「ちょ! おま! えええ?」
館林の理不尽な言葉に抗議の声をあげる鍋島君。うん、たしかに30秒如きで奢らせられたらたまらないね。まあ、少し遅れた鍋島君に対する嫌がらせだろうが。
因みに、抗議の声をあげつつ、まじかよ。と言いながら財布の中身を確認する鍋島君は、律儀なのか馬鹿なのか判断に迷う所である。
「輝の冗談ですよ。じゃあ、揃ったので行きましょうか」
若干涙目になりながらお札の数を数えていた鍋島君を、宝蔵院がそう言って止める。
よしよし、祭りに行きますかね。久しぶりだなーお祭り。
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今日の目的地である、竜泉神社に着いた。
道中は、希帆と楓ちゃんと一緒に、浴衣可愛いねーなどと言い合ったり、希帆が何を食べたいって話をしているのを微笑ましい気分で聞いてたりした。まあ、焼きそば、たこ焼き、綿菓子、チョコバナナ、林檎飴などと大量の食べる候補が出てきた時は、希帆の胃袋は化物か! と、驚愕したりもしたがな。
「あー! 今川君だー!」
竜泉神社の石階段の下に着き、さあ登って祭りを楽しむか。と、なった所でそんな声が聞こえた。複数の。
「えー、一緒に行こうって誘ったのにー。来るんなら一緒でいいじゃーん」
そう言いながら、今川君の元へと来る女子達。その子達を見れば、野球観戦の時のハーレム達のようだ。
見た目はと言うと、茶髪にちょっと派手目な化粧。そしてハイビスカスのようなでかい花飾りに、ゴテゴテとした爪である。
なんとも今時ではあるが、没個性的というか、私的に好みじゃないというか、個人個人の区別がつかなそうな残念な感じだ。
「い、いやあ、彼らに先に誘われたしねえ。それで行くって言っちゃったから」
「えー、そんなん別にいいじゃーん。ね! ね! 一緒に回ろ!」
今川君が、困った顔をしながら先約があったからと説明するが、そんなのはお構いなしと言わんばかりに腕を引っ張りながらそう言う彼女ら。
あー……この子達はあれだ。女の子に対して、あまりこういう事は言いたくないのだが、所謂馬鹿女と言われる分類の子達だ。
つか、非常識でしょうにねえ。自分達の事しか考えてないのだろうね。好いてる男が困った顔をしているのにも気付いてる感じがない。恋は盲目とは言いますが、これはなんか違うよなあ。
「ねえー、行こうよー。こんな人達よりも私達の方が絶対楽しいよー」
そう言って、もう1人が片方の手を引っ張る。先ほど、一緒に回ろうと言った子がもう片方の手を引っ張っており、両手に花状態である。
なんとも羨ましくない両手に花であるが。
あと、こんな人達ってのはどういう意味だろうか。ちょっと失礼じゃないですかね?
「ねー、ほら行こうよー」
そう言ってさらに引っ張ろうとする女の子2人。って、なんか私いま睨まれたような気がするんですけど、気のせいですかね。
「んー、離してほしいなー。今日は先約があったから、また今度ね」
「えー! いいじゃーん。こんな、男ばっかの大所帯よりも女の子達と一緒の方がいいでしょー!?」
今川君がやんわりと断って、手を離そうとするが、そう抗議の声をあげる女の子。
てか、こんな男ばっかの大所帯って言いながら、なんで私を指さすんですかね? あと、人に指さすのは失礼だから止めましょうよ。
「……いい加減にして。今日は彼らと遊べるのを楽しみにしてたんだ。お願いだから邪魔しないで」
なんと、今川君がちゃんと断ったぞ。
無駄に優しくて、強く出れないから女の子達に我が儘放題されてると思ってたのだけど、言う時は言うのか。
だが、凄く困った感じで悲しそうな顔をしてるのがなあ。彼女らは好きな男にあんな顔をさせて思う所は無いのだろうか。
「もー! いいよ。行こ!」
今川君の言葉に諦めたのか、興ざめしたのかは分からないが、彼女達はそう言って去っていった。
……なんで、私は最後に思いっきり睨まれたのだろうか。
「なんか、ごめんねー……。せっかくの祭りなのに」
私達にそう言って謝る今川君は、疲れきったような顔をしていた。疲れるなら友達付きあいやめればいいのになあ。
「まあ、気にすんな。……しかしあれだな。お前を見てると、ハーレムってのは決して良いもんじゃないってのがよく分かるな」
「……僕も望んでああなったわけじゃ無いんだけどねえ」
館林の言葉に、更に疲れた顔をしてそう言う今川君。でも、しっかり意思表示ができてなかったせいもあるし、半分くらいは自業自得だよね。
「ま、自業自得な部分もあるでしょうが、頑張ってください。いざとなったら、鍋島君に紹介してあげたらいいんですよ」
「え? いや、いらないっすよ」
宝蔵院がそう茶化したが、鍋島君は脊髄反射のようなスピードで拒否した。……そこまで嫌か。
てか、彼女達に対して物凄く失礼な事言ってるよね。
「……鍋島は、さりげに物凄く失礼な事を言ってるな」
「え!? あ! いや、そういう意味じゃなくてですね! あああ、えーっと……」
真田君も私と同じ事を思ったのかそう指摘し、鍋島君もそれに気づいたのか弁明しようとするが、うまく言葉が出てこないらしい。
発言を否定しつつ、別の表現が出てこないって、それは発言を肯定してる事ととっても問題ないと思うんだけどどうだろうか。しかも、この場合特に。
「そんなことより焼きそば食べたい」
そんな、なんか変な空気を希帆がぶち破った。
この微妙な空気を変えるために言ったのかな? と思い、希帆の方を見れば、目が本気だった。本気と書いて、マジと読んでしまうほどに真顔だった。どんだけ食べたいんだこの子。
「……ま、ここで駄弁ってても意味ねーか。うし、行くかね」
「おう!」
そうだね。せっかく祭りに来たのだから、ここにいても仕方ないね。
皆も頷いて、石階段を上り境内へと向かった。
「そういえば、さっきの子達。空さんの事睨んでましたよね」
階段を上ってる途中に楓ちゃんからそう言われた。
あー、やっぱり気のせいじゃなかったんだなあ。気のせいであってほしかったのだが……。
「もしも、面倒な事になったりしたら、私達に相談してくださいね! できる限り力になりますから!」
そう言いながら、胸の前でムン! って小さくファイティングポーズをとる楓ちゃんは可愛かった。
お姉さん、そんなポーズをとる楓ちゃんが見れただけで頑張れますよ。
「そうだよー。私達が力になるからね!」
希帆も振り返り、私を見てにしーっと笑いながらそう言ってくれる。本当に良い友達を持ったわあ。
ま、面倒が起きるとは限らないし、むしろ起きる可能性の方が低いのだろうけどねー。
さてさて、今はそんな不確定要素の事よりも祭りの事を考えましょう。
……なにをやろうかなあ。
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さて、階段を上りきり境内に入ったのだが、案外広いね。
本殿へと続く石畳の両サイドに、ズラッと屋台が並んでいるのは壮観だ。人も大量にいる。はぐれないようにせなばならんね。
因みにこの神社。向かう道は傾らかな坂道になっており、そこから更に石階段で上るので、街に比べてかなり高い位置にある。
そして、境内の脇に行くと急勾配な斜面になっておりフェンスで囲われてるのだが、そこからの景色がとても良いのだとか。あと、駅の近くでやる花火のベストスポットでもあるらしい。希帆と楓ちゃんにそう聞きましたよ。実は、うちの家のベランダからその花火がよく見えるって事は秘密にしておいた。
「さあ! 食べるぞー!」
「ちょ!」
そう言って、希帆が1人で人混みの中に突っ込もうとするので慌てて追いかける。
手を繋いで監視ってほどお子様じゃないけど、この人混みだからね。はぐれたら見つけられない可能性の方が高いと思う。
まあ、連絡をすれば問題ないのかもしれないけど、居ない! どこだ! 的な展開は避けたいじゃない?
なので、食い倒れモードの希帆を先頭に、見失わないよう列をなして歩く事にしましたよ。
「んー……。やっぱ最初は焼きそばがいいよね!」
そう言って、ずんずん進む希帆。私達の意見は聞かないのか。とか思ったけど、私は特に意見ないし、皆も口を挟まないので問題はないのだろう。
しかしあれだ。どこもかしこも良い香りを漂わせてきてるので、なんだかんだお腹にくるな。
焼きそばを探しながら歩いているので、現時点ではお店はスルーだが、たこ焼きを筆頭に、お好み焼き、焼き鳥、かき氷、チョコバナナ、変わり種で明石焼きなどが売ってた。まだ、奥にも店はあるので他にも種類はあるのだろう。
「よーし! 焼きそば発見!」
希帆の言葉に目を前にやれば、たしかに焼きそばの看板が見えた。
つか、嬉しそうに焼きそばの屋台を指差し確認してるけど、どんだけ焼きそば食べたいんだこの子は。
んー、私はどうしようかなー。なんか、焼きそばって気分じゃないんだよね。……って、隣にじゃがバタあるじゃないですかー! やったー!
「空は買わないの?」
嬉しそうな笑みを浮かべ、焼きそばを持った希帆がそう聞いてくるが、ふふふ、私はじゃがバタを買うのさ!
まあ、後で焼きそばも買うかもしれんけど、今はじゃがバタなのさ!
「うん、隣で別の買うよ」
私がそう答えれば、やっと焼きそば以外の店にも興味を持ったようで、隣の店を見る。で、おーじゃがバタと呟いてた。これは、この子後で買うかも分からんね。
「すみませーん。じゃがバタ1つください」
「おー! まいどあり! こりゃ偉い可愛い子じゃねえか。よっしゃ! でっかいジャガイモにしてやっから、俺の嫁にきな!」
とりあえず、さっさと買う事にしようと思い、屋台で注文すると、そう言われた。50後半か、60代の人にだ。
普段から、男嫌いで通ってる私だが、こういうノリは嫌いじゃない。これがいやらしい感じだったらそりゃ嫌だが、この人のノリはガハハと笑わんばかりの軽いノリだ。聞くまでも無く冗談と分かる。
「ごめんなさい」
ノってみてもよかったのだが、あえて断ってみた。
「振られたかー。母ちゃん! 振られちまった!」
「馬鹿言ってんじゃないよアンタ!」
ガハハと笑いながら、奥で準備かなにかをしていた奥さんに振られた報告をするおっちゃん。
……おっちゃん、冗談でも嫁さんの前で他の女を口説いたら駄目だよ。まあ、この人ならいつもこんなノリで奥さんも慣れてる可能性がとても高いのだけどさ。
その後、へいまいど! って言いながら出されたじゃがバタを受け取るが、でかい。他のに比べて明らかにでかいとか、そんな事はないが、普通にでかい。おっちゃんの方を見ると、とても良い笑顔でサムズアップされた。とりあえず、軽く会釈しておこう。
皆のいる所まで戻ったはいいが、これどうしようか。
他の皆はもう焼きそばを食べ始めているが、私はじゃがバタを見つめながら迷っている。
そう、多いのだ。祭りに来たからには色々食べたい。が、この大きさのジャガイモを食べたら、確実に胃は膨れ、他の物があまり食べられなくなるであろう。半分で十分なのだ。だが、食べ物を残すのは私の主義に反する。……さて、困った。
「どうしたんだ? 食わねえのか」
私がじゃがバタとにらめっこをしていると、館林に話しかけられた。
うん、食べないんだ。厳密には、全て食べるかで悩んでるんだ。
「いや、多くて。半分で充分なんだよね」
「あー、なるほどな。おい、じゃがバタ半分食うやついるか?」
素直に多い事を言うと、納得した顔をし、そう言う館林。で、4人の人物がほぼノータイムで手を挙げた。……まあ、誰が挙げたかは言わなくても分かると思う。
じゃがバタ半分争奪戦は、仁義なき戦いになり、勝者と敗者に別れる事となった。
因みに、平和的外交により、じゃがバタ半分を半分に分け合い2人で食べる事となったので、勝者は2人である。
それなら、4人で分ければいいのにと思って提案をしてみたが、取り分が少なすぎると却下された。うん、私が買ったじゃがバタなのに、私の提案が通らないっておかしくね? まあ、別にいいんだけどさ。コイツら楽しそうだし。
あ、勝者は希帆と今川君でした。
2人は美味しいねーなんて言いながら仲良く分け合っている。私は勝負の行方を眺めながら、じゃがバタをモグモグしてたので残りは全部2人のものですよ。
「……買ってくる」
「あ、俺も行くっす」
真田君と鍋島君は勝負に敗れ、2人が食べるのを眺めていたが、耐えられなくなったのか買いに行った。誰かが食べてるの見ると食べたくなるのは、よくあるよね。
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その後、真田君と鍋島君がじゃがバタを食べ終わるのを待ち、色々な屋台をひやかしながら眺めて歩く事にした。
なんか、面白いのないかなーって探すのだけどねえ。お面はいらないし、食べてばっかもアレだしねえ。
で、そんな感じで屋台を眺めながら歩いていたら、ヨーヨーすくいの屋台があったわけですよ。
ヨーヨーすくいって言えば祭りの定番の1つですよね。夏祭りと言えば金魚すくいかもしれないけど、ヨーヨーすくいもかなり有名かと。
まあ、ぶっちゃけヨーヨーいらないんですけどね。金魚よりは困らないかなってくらいで。
「空ー? 何見てんのって、ヨーヨーすくい?」
私が懐かしいなと思い、足を止めると希帆が気づいて聞いてきた。
「いや、懐かしいなーって思って」
因みに、金魚すくいなりヨーヨーすくいなり、まともにできた記憶がない。
陸の付き合いで両方ともやったりはしたが、金魚すくいは1匹目で破かれ、ヨーヨーすくいも頑張って1個取るのが限界だ。ぶっちゃけて言えば、こういう系は下手くそである。
そうだ。下手くそなら、ここらでリベンジってのもありなんじゃなかろうか。でも、ヨーヨーいらんしなあ。
「よし、皆でやろー!」
ヨーヨーすくい大会じゃー! と希帆が言い出すが、なぜそうなった。
「そんなの! 空がやりたそうな顔してるからに決まってんじゃん!」
なぜと聞けば、そう返ってくる。……別に、やりたそうな顔してなかったのだが。
「一番多く取った人はかき氷を最下位の人から奢りで! チャンスは1回のみ!」
「よーし! 負けねっすよ。こう見えても小さい頃は、ヨーヨー救世主の鍋ちゃんと言われたくらいっすからね!」
チャンス1回のみの勝負で、種目がヨーヨーすくいとかどう考えても私が最下位です。本当にありがとうございました。
鍋島君が地味にフラグを立てているが、こういうのは1個も取れないのではなく、無難な量に終わるフラグな気がするので、私が最下位であることは不動であろう。
おっちゃん全員に1回ね! 希帆がそう言ってから、全員がスタンバイする。
紙をねじっただけの釣り糸にフックという粗末な物が渡されるが、こんなものでヨーヨーを釣ろうというのがおかしいのだ。
普通に釣り糸を使わせろと言いたい。ゲームにならんとかどうでもいい。使わせろと言いたい。
「じゃ、スタート!」
希帆の号令とともに、取りやすそうなヨーヨーを探す。すると、右手の方に丁度よく孤立気味で水面に取っ手が浮いてるのがあった。あれなら私でも取れる!
で、あまり水に浸からせないようにしながら取っ手にフックを通し、さあいざ引き上げという所でトラブルは起きた。
「あ!」
右隣の小さな子が、そう声をあげると同時に、私の真横にヨーヨーが落ちてきたのだ。そして、私の右手は水しぶきで濡れる事となった。そう、紙の釣り糸を持った右手がだ。……これは、もう駄目だね。びっしょびしょだもん。これで切れなかったらびっくりだわ。
一応、慎重に引っ張ってみるが、ヨーヨーは水面から離れる事すらなく糸は切れた。……かき氷の奢り決定である。
「ご、ごめんなさぃ……」
突然謝られたので横を見れば、若干涙目になって私を見上げる女の子がいた。小学何年生だろうか。4、5年生って所だろうかね。
「こ、これあげる……」
まだ若干涙目で、スッと私の目の前にヨーヨーを差し出す。そっか、落としたのは2個目だったわけだな。未だに女の子は涙目であり、私はそんなに恐怖を与える顔をしていたっけかとショックを覚えるが、そんな事はどうでもいい。それよりも、女の子が頑張ってとったヨーヨーを私に差し出そうとしているのがいただけないのだ。このままでは置いて逃げそうなので、なんとかして落ち着かせないといけない。可愛い女の子、可愛い子、小さい子に罪はないのだ。可愛いは絶対正義なのだから。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。隣のお兄さん達が、私の分も取ってくれるからね」
私は女の子に向かって、そう言って笑いかける。私の発言で、男子どもの動きが一瞬止まったように思ったが、気にしない。女の子が安心するためにも、お前らは犠牲となるのだ。
「ほ、ほんとう?」
少し落ち着いたのか、涙目だったのも少し引き、上目遣いでそう確認する女の子。幼女? 少女? どっちというべきかは分からないけど、美幼女少女の上目遣い。可愛いねえ。
「本当だよ。だから、大丈夫。ありがとうね」
君は優しいねと言いながら、頭を撫でてやる。これが、男だったら見た目次第では即座に通報という危険行為ではあるが、私は女である。傍目からみても微笑ましい光景でしかないのだ。ふはは、世のロリコンどもにこの言葉を贈らせてもらおう。ざまぁ!
と、そんな冗談はさておき女の子だ。私が頭を撫でてやると、少しくすぐったそうに目を細め笑った。うむ、可愛い。
やっぱり、自分の子どもは女の子がいいな。そして、可愛い格好をさせまくるのだ!
その後、女の子を呼ぶ声がしてそちらへと向かう為に、女の子は立ち上がる。
「……バイバイ」
「うん、バイバイ」
ご両親の元だろう。向かう時に、遠慮がちに手を振ってきたので、にっこり笑って振り返してやった。
嬉しそうな顔をして、片手にヨーヨーをぶら下げて両親の元へ走る姿はなんとも微笑ましいものである。
「おい、全員終わったから行くぞ」
手を振り、女の子を見送った後に館林にそう言われた。どうやら、女の子と話してる間に全員がヨーヨーを取り終わっていたらしい。
「ほれ、やるよ」
そう言われて館林から渡されたのは、ヨーヨー2個。自分の分も持ってるから、コイツは3個も手に入れたのか。凄いな。
「あ、僕のもあげるよー」
「……ん」
今川君と真田君にも1個ずつ渡された。これで、私がもらったヨーヨーは計4個となる。……こんなにいらないんだが。まあ、好意でくれると言ってるわけだし、無碍に断るのもアレなのでもらっておくが。
全員の成績を確認すると、1個取れたのが希帆、楓ちゃん、宝蔵院、鍋島君で、2個が今川君と真田君。3個も取ったのが、館林みたいだ。1個も取れなかったのは私だけだったよ。……うん、知ってたんだけどね。
とにかく、これで私が館林にかき氷を奢る事が確定したわけですね。
得意気な顔でヨーヨー救世主とか言ってた鍋島君は、1個も取れず奢る事になった私よりも凹んでいるのだが、見事にフラグ回収しましたね、としか言えない。
「よーし! じゃあ、いざかき氷!」
希帆が先頭に立ち、鳥居付近にあったかき氷の屋台へと向かう。台詞が、いざ鎌倉! 的なノリなのは気にしないでいいと思う。
「で、舘林君は何味にするの?」
「ん? なんでもいいぞ」
かき氷の屋台へと着き、順次注文をしているわけだが、館林に何味にするか聞くとこんな返事が返ってきた。
……なんでもいいは一番困る返事だというのが分からんのかね!
「あー……お前が美味そうだと思ったのでいい」
私が睨むと、困った顔をしてそう言う館林。……まあ、さっきの返事よりマシではあるが、好きな味言えばいいのにねえ。そしたら、私が困らなくて済むのに。
しかし、メニューを見るとやたら味の種類が多い。20種類くらいあるんじゃないか? 今ってこんなに多いのか。
んー……。私のは無難にイチゴにするとして、館林のを何にするかだなあ。
……お、これ美味しそう。これにするか。メニュー表とにらめっこをし、面白そうな味を見つけたので、それを頼む事にした。
「はい、これ」
「ん、サンキュ。で、何味だ?」
私が注文を終え、館林にかき氷を渡すと何味か尋ねられた。まあ、当然だろう。
「ピンクグレープフルーツだって」
「……ほー」
私が答えるが、反応はそれだけ。もしかして、柑橘系が苦手だったりするのだろうか。なら、私のと交換するのだが。
「柑橘系苦手だった? 私のと交換する?」
「いや、果物なんて滅多に食わねえしな。特に苦手もなにもねーよ。ありがたくこれもらっとくわ。ごちそうさん」
交換するか提案してみたが、笑いながらそう言われた。なら、別にいいのだが本当は苦手だったりしたら遠慮なく言ってほしいものだ。
私は柑橘系は嫌いじゃないし、ちゃんと交換するのだから。
その後、なぜか私に対し、全員からそれぞれのかき氷を食べさせられたと言うか、スプーンを口の中に突っ込まれ、貰ったお礼にって事で私のも食べるかと提案したら、全員があーんと口を開けたので、男子どものスネを蹴飛ばしてやった。
あ、もちろん希帆と楓ちゃんには食べさせてあげましたよ。当然ですよ。
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「あ、そろそろ花火が始まる時間だよ!」
「あら、もうそんな時間ですか。じゃあ、見る場所まで行かないとですね」
かき氷の後も食べ歩きをしていたら、どうやら花火の打ち上げ時間となったようだ。
あの後食べたのは、まあ色々だ。私は焼きそばと、たこ焼きで打ち止め。楓ちゃんも似たようなもんで、最後に水飴を買ってたくらいだ。
希帆と男子達は、全店制覇と言わんばかりの勢いで食べてたけどな!
焼きそばは、屋台のだから期待なんぞしてなかったのだが、なかなかに美味しかった。
ソースの味こそ私には濃く感じたが、屋台のわりには野菜が多めでバランスがよく、紅しょうがもあいまっていい感じだった。
たこ焼きは、明石焼きと迷ったのだが、オーソドックスな方にすることにした。これも、タコが大ぶりで中はトロトロ、外はサクサクの焼きたてを出してくれたので、とても美味しくいただけたよ。青海苔と鰹節はトッピング自由だったので、鰹節だけで青海苔は自重した。いや、青海苔があったほうが美味しいのは分かってるのだけど、人前で歯に青海苔がくっつく可能性は回避したかったのですよ。仕方ないね。
「じゃあ、行こうかっと……」
そう言って歩こうとしたら、思い切りバランスを崩して転びそうになりました。誰かが転びそうな所を抑えてくれたので、転びはしなかったのだけど、危なかった。
しかし、なんで転びそうになったのだろうって……あー。
「大丈夫か?」
頭のすぐ上から声がするので、見上げたら館林の顔が至近距離にあって驚く。いや、近いから! 仕方ない事だけど近いって!
「私は大丈夫なんでけど、これがねえ……」
なんとか、館林から離れ片足立ちで下駄を見せる。
そう、鼻緒が切れました。歩きだそうとした瞬間にブチっといったらしく、それで私が転びそうになったわけだ。
鼻緒が切れた下駄を目の前でぶら下げると、全員があちゃーって顔をする。うん、私もそんな気分だ。どうやって帰ろう。
「あー、お前らは先に行って場所確保しといてくれ。俺はコイツの下駄直してから行くわ」
「え、直せるんすか?」
「まあな、やり方は一応知ってる」
館林と鍋島君がそんなやりとりをしているわけだが、凄いな館林。私もどこかで直し方を見たような覚えがあるのだが、内容までは覚えてないので修理できない。
これじゃあ帰る事も一苦労なので、ここは素直に甘えて直してもらおうかね。
「じゃあ、舘林君に直してもらったら行くから、場所とりお願いね」
「んー、分かった! また後でね!」
私がそう言うと、私と館林以外が花火の見やすい場所へと移動していった。
さて、修理をしてもらおうかね。とりあえず、ずっと片足立ちは辛いのですぐそばにあった大きい石に腰掛ける。
「じゃ、下駄貸せ」
「ん、よろしくお願いします」
私が下駄を渡すと、浴衣の懐から手ぬぐいを取り出し、細く引き裂いた。
そして、5円玉に糸を通し、鼻緒のあった穴へと通していくわけだが、よく手ぬぐいなんて持ってたな。
「よく、手ぬぐいなんて持ってたね」
「ん? ああ、お袋がな。一応持ってけって言ってな」
言う事聞いて素直に持ってきてよかったわ。とは館林。
館林母凄いな。万が一に備えて息子に手ぬぐい持たせるとはねえ。無駄な気遣いになるのが一番だったのだろうけど、おかげさまで私は大助かりだ。
しかし、こういう事をパッパとできる館林も凄いよなー。顔も良いわけだし、モテそうなのに浮いた話が一切無いのはなぜだろうか。
少し、聞いてみますかね。面白そうだし。
「舘林君って、こういう事も簡単にできて、モテそうだよね」
「あ? 別にモテたくて覚えたわけじゃねえぞ?」
「いや、そういう意味じゃなくて、彼女の1人や2人いてもおかしくなさそうだよね、と」
自分のスキルをモテるために覚えたと言われたととったのか、少し嫌そうな顔をされたので、弁明? する。
実際、彼女がいても不思議じゃないというか、彼女がなんでいないんだと言いたくなるような人間である。
1人や2人いたって何もおかしくは無い。いや、2人いたら問題なのだけども。
「……まあ、俺は一生恋愛する気はねえからな」
館林から意外な言葉が返ってきた。なぜ、恋愛をする気がないのだろうか。
「え、なんで?」
私が聞いてみれば、少し迷った顔をして話し始める館林。
「……俺のお袋から親父の話は聞いたろ?」
うん、たしか他に女を作って出て行ったとか言ってたな。
「実際、あれよりももっとクズでな。お袋の稼ぎでギャンブルに浸り、金が無くなればお袋を殴ってたんだ。お袋も抵抗はしたし、俺も目の前で殴られてるのを見るのが嫌でな。止めにかかるんだが、そうすると俺が殴られる。で、お袋も自分は耐えられても俺が殴られるのは耐えられなかったんだろ。泣きながら金を渡してた。それの繰り返しだ。で、そのうち借金だけ残して他の女と逃げやがったのさ。で、不愉快ながら俺にはアレの血が流れてる。……正直な話な。こえーんだ。自分が好きになった女にアレと同じ事をするんじゃねえかってな。多分、アレと同じ事をしてるって気付いたら、俺は耐えられない」
私には館林の言っている環境は経験がないので、黙って聞いている事しかできない。
「……今じゃ後悔しているが、俺も前までは所謂不良ってやつだった。今も大して変わらんかもしれんがな。で、喧嘩もしたりして補導されて、毎回のようにお袋を泣かしてたよ。顔だってそうだ。イケメンだどうのと言われるが、年々この顔はアレそっくりになっていく。俺はな、自分の事が大嫌いだ。この顔も、お袋を泣かしてた事も、アレと血が繋がってる事実も、全部な。……俺に誰かを好きになって幸せになる資格なんてねーのよ」
そう言って、自嘲気味に笑う館林はとても寂しそうだった。
「さて、詰まんねえ事話したな。できたぞ」
ん? ああ、鼻緒を結び終わったのか。私は差し出された下駄を履き、感触を確かめる。
うん、若干の違和感はあるものの、歩く分には何も問題は無さそうだ。
「よし、じゃあ行くか」
「舘林君」
問題の無い事を確認して、皆の所へと行こうとする館林を止める。
不思議そうな顔をして振り返るが、気にしない。
私はそういう経験は一切ないし、彼の言ってる事は想像上でしか判断できないが、やっぱり納得がいかないのだ。彼にだって、幸せになる権利はあるはずなのだ。
「私は舘林君の生きてきた環境は分からないけど、君にだって幸せになる権利はあると思うよ。たしかに、その酷い人の血が舘林君には流れてるかもしれない。けどね、お母さんの血だって流れてるんでしょう? あんな優しくて良い人の血が流れてるんだよ。舘林君の事を心配して、泣いてくれる人の血が流れてるんだよ。それに、舘林君はああなりたくないって思ってる。今までやってきた事の後悔だってしてるし、もうしないって思ってるんでしょう? なら、平気だよ。舘林君は大丈夫だよ。最初は怖い人だと思ったけど、そうじゃなかったしね」
館林は突然そんな事を喋りだした私に驚いているのか、固まっている。
「それに、お母さんに心配をたくさんかけたなら、幸せになって安心させてあげないとね。だから、舘林君は幸せになる権利が無いのじゃなくて、幸せになる義務があるんだよ。今まで苦しくて辛い思いをいっぱいしてきた分、いっぱい幸せになる義務があるんだ」
……なんか、語ってしまった。しかも、私の事は全部棚に上げて。いや、まあいいじゃんね。
彼がどんな人と恋愛をするかは知らないが、友達として最大限にそれを祝福してやりたいじゃないか。友達が、幸せになる権利が無いなんて言ってるのは寂しすぎるじゃないか。
「……幸せになる義務、か」
「うん」
「そんな事を言われたのは初めてだな」
そう言って、くしゃっと顔を歪ませて笑う館林。
……うん、なんか小っ恥ずかしくなってきた。よし、行こう! 希帆達の待ってる所まで行こう!
私が、皆の待ってる所へ向かおうとすると、館林に乱暴に頭を撫でられた。なにをするかねコヤツは。セットが崩れるので止めてもらえませんかね。
「なに?」
「いや、なんでもねえよ」
私がジト目で館林を睨めば、笑いながらそう言って先に行ってしまう。……変なやつ。
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その後は、滞りなく花火を見て帰宅をした。
花火は家よりも川が近かったせいか、いつもよりもとても大きく見え、迫力があったよ。希帆が、あがるたびにたまやー! って叫んでたので、皆でかぎやー! って言ったりして、1人でまったり見る花火も良いが、皆でわいわいしながら見る花火も良いものだと思った。
館林も、皆の所に着いた頃にはいつもの調子に戻っており、鍋島君、宝蔵院、今川君、真田君とじゃんけんをして誰が全員分の飲み物を買ってくるかの勝負などをしていた。まあ、結局は勝負は鍋島君の負けで、涙目で全員分を買いに行ってたのだが。私達が荷物持ちを手伝うと言ったら、男子全員がそれだけは許さんと言って、更に鍋島君が涙目になっていた。コイツら鬼である。
で、帰宅をした所で弟の陸に泣きつかれた。
なんでも、今年の夏休みはサッカーでとても忙しかったらしく、あと数日しか夏休みがないのに、課題が半分以上残ってるとか。
しかも、明日からまた練習があるらしく、今日か最終日しかチャンスがないそうだ。
私が祭りに行ってる間もやってたのだが、それでも終わらなかったらしい。で、私に手伝ってほしいというか、分からない所を教えてほしいそうだ。
うん、私の課題は全部終わってるのになあ。これで、自分のが残ってたなら教えながら全てやるって事ができるのだが……仕方ないか。
夏休みの残りもあと数日。私は弟の課題のために徹夜とは言わずとも、夜更しする羽目になりそうだ。
まあ、陸に泣きつかれたら断れないんですけどね。可愛い弟のためにも一肌脱ぎますかね。
……あ、真田君に港へ入るよう洗脳するの忘れた!
次回は主要な登場人物の紹介を投稿したいと思います。
本編も、頑張って今年中にあと1回は更新したい所ですが、どうなるかなあ。




