第14話
ちょと急展開かも。でも必要な回かと。
賭けバスケをしてから数日がたった。
あれからずっと自分の在り方を考えている。性別は女だ。でも、前世が男だったと言う記憶がある。約20年に及ぶ男歴があるのに、いきなり女になれと言われても無理に決まってるじゃないか。いや、これも言い訳なんだって分かってる。
多分、自分はもう女なんだと思う。でも、それを心の底からは認める事ができてないんだ。
俺が悩んでいるからか、希帆も楓ちゃんも心配そうな顔をしていた。
大丈夫と返せば心配しつつも引いてくれたけどね。2人に心配させるのは申し訳ないな。
因みに今は学校も終わり家に帰っている所だ。
明日からGWが始まる。GW明けには球技大会。それが終われば中間考査が待っている。これから徐々に忙しくなりそうだ。GWからしっかり準備をせねばなるまい。
あ、でもGW中に希帆と楓ちゃんと一緒に水着を買いに行く約束をしたんだった。
多分、2人は少し元気の無い俺の心配をしてくれて言い出してくれた事なんだと思う。
それに、夏には海に行く約束をしてるからね。新しい水着は用意しないと駄目だろう。
しかしなあ。それにしてはモチベーションが上がらない。理由は目に見えてるんだけど、こんなに引きずる性格してたっけなあ。
「空ちゃん。今帰りかしら?」
うじうじと悩んでいると、後ろから声をかけられた。
振り向くと近所に住むお婆さんが立っていた。買い物袋を下げている事からおそらく買い物帰りだろう。
「はい。ただいま帰りました。荷物おうちまでお持ちしますよ」
「おかえりなさい。悪いわねえ。お願いしてもいいかしら」
お婆さんが重そうに荷物を持っていたら手伝うのは当然の事だ。自分の悩みなんて荷物に比べたら些細な事でしか無いのだ。
そうだ。お婆さんに恋愛の事を聞こうと思ってたんだった。恥ずかしいけど聞いても大丈夫かな。大丈夫だよね?
「そう言えばお婆さん。お婆さんは旦那さんの事をどうして好きになったんですか?」
「あら、突然どうしたの? 空ちゃんもそういうのに興味を持つお年頃になったって事かしらねえ」
突然話を振ってしまった為に、驚かしてしまったようだけど、手を口に当てて上品に笑いながらそう言われた。
「いえ、恋愛とか人を好きになるとか、よく分からないので聞いてみれば分かるかなって」
「そうねえ。私なんかの話で良ければ聞いてみる?」
お願いしますと言うと、お婆さんは思い出すように懐かしそうな笑みを浮かべながら話してくれた。
旦那さんとは所謂幼馴染だった事。
仲が良くて、小さい頃から一緒に遊んでいた事。
大きくなってもその関係はずっと続いて、それが一生続くと思っていた事。
程無くして戦争が始まった事。
旦那さんはエリートだった為、航空部隊に所属していた事。
東京が空襲で焼かれ、何も無い中で旦那さんから手紙が届き、神風特別攻撃隊に選ばれたのを知った事。
その手紙で、お前はいい旦那を見つけて幸せになれと書かれていて、初めて自分の気持ちに気付いた事。
結局、旦那さんの順番が来る前に終戦になり、帰って来た時は泣いてしまった事。
結婚して、子どもができて。辛い事もあったし、喧嘩もしたけれど毎日幸せだった事。
最後は、旦那さんが他界しても、ずっと見守ってくれているような。寂しいけれど寂しくない、不思議な気持ちなんだと話してくれた。
「今とは時代が違うし、若い子には分からないかもしれないわねえ」
そう言って笑うお婆さんには、厳しい時代から生き抜いてきた強さみたいなものが感じられた。
「女であって良かったって思った事ってなんですか?」
俺にはこれが分からない。女の子は可愛いと思うし、自分で自分を着飾るのも嫌いじゃない。だけど、お洒落は男でもできるし、料理もそうだ。
俺は女である事を認めたいのか、そうでないのか。それが分からない。
「そうねえ。私が男だったらお爺さんと結婚できなかったし、子ども達と出会う事もできなかったわね。そうそう。自分のお腹の中に好きな人の子が居るって分かった時は凄く幸せだったわよ」
空ちゃんにはまだ早い話だけどね。とにこやかに笑うお婆さん。
さすがにその感覚は今の自分では理解できそうにないな。でも、子どもか。自分の子どもができたらきっと嬉しいだろうな。あ、でもそうなると自分で産むのか? んー現実感が無いな。
「空ちゃん。友達に何を言われたのか、聞いたのかは分からないけれど、そういうのは焦っちゃ駄目よ? 焦ったら後悔しか残らないからね。女の子は特にそう。じっくりと考えなさいね」
お婆さんがそう言うとほぼ同時にお婆さんの家に着いた。
お婆さんにお礼とお辞儀をして、家へと帰る。
お婆さんの話を聞いて、1つ分かった事がある。俺は多分、恋愛や好みの事で悩んでない。いや、悩んでいる事は悩んでいるのだろうけどね。お婆さんの言っていた恋愛話は客観的に理解する事はできるけれど、なんか少し違う感じがした。
多分、それ以前の問題として、自分の在り方に悩んでいるのだ。
恋愛に悩んでいる振りをしていたのは、根本的な問題に目を向けないようにするため。それを頭で理解できた事だけでも今日は相当な進歩があった日ではないかな。
母にも話を聞いてみようかなと思ったれど、何を聞けば良いのだろう。
恋愛? 転生の事でも話してみる? いや、それは怖いから止めよう。
何を話せば良いのか分からないな。けど、何かを聞けば自分は進めるんじゃないか。そんな気がした。
結局、家に着くまで何を聞いてみるかは決まらなかった。
----------
夕飯後。リビングでゆったり寛いでいる。
今日の夕飯は母と2人だった。弟はサッカーの練習があり、いつもより帰りが遅い。
「どうしたの空。何かあった?」
夕飯の最中もずっと何を聞くか考えていたが決まらず、とうとう母から聞かれてしまった。
この人は1回何かに疑問を持つと話題を逸らす事ができない人だ。誤魔化せない。
ええい。ならば感じたまま直感で聞くまでだ。
「お母さん。私が産まれた時ってどうだったの?」
……我ながらなんでこんな話題にしたし。
さすがに十数年前の事だから記憶は大分あやふやになってはいるが、覚えてるじゃんか自分。
「そうねえ。嬉しかったわね。後、空は寝てばっかりで手のかからない子だったわ。子育ては大変って聞いてたから拍子抜けしたわね」
まあ、陸が産まれてからは地獄を見たのだけどね。と笑う母。
そう言えば赤ん坊の頃は寝てばかりだったな。あれはきっと前世の記憶に赤ん坊の脳が耐えられないから保護する為の物でもあったのでは無いかな。よく分からないけどそんな気がする。
そんな事を思いながら笑みを返す俺。
何か、自分の事を聞いているのに自分じゃないような。酷い異物感を自分から感じたように思い、少し気持ち悪くなってくる。
「そうねえ。あなたが産まれる前の事も聞いてみる?」
そんな俺を見て、母は少し困ったような顔をして、そう提案してきた。
俺は母の思惑が分からず、ただ頷くだけだ。
「実はね。あなたにはお兄さんが居たはずだったのよ」
初耳だ。はずって事は死産か流産だったのだろう。
「私とお父さんは結婚してすぐに子どもが欲しかったんだけど、何年かできなくてね。このままずっとできないんじゃないかって思い始めた頃にやっとできた子だったの。それがある日突然流産してしまった。私は助かったけど、子どもは無理でね。神様から、あんな事をしてたお前に母親の資格なんてある訳無いだろう。そう言われたような気がしたわ」
そう言って寂しそうに笑いながら俺の頭を撫で始める母。
あんな事ってなんだろう。そう思ったが、聞ける感じでは無い。
「子どもができたって分かった時のお父さんの顔が忘れられなくてね。流産した後に神社参りを毎日したわ」
「神社参り?」
「そう。私の事はどうなっても構わないから、あの人に子どもの顔を見せてあげて下さいって。毎日ずっとお参りしたわ。そしたら空がお腹の中に居るって分かってね。今度は違う意味で神社にお参りする事になったわね。この子が無事に産まれますようにってね」
そう言って頭を撫で続ける母の目は少し赤かった。
「あなたが産まれた時、本当に嬉しかった。私はどうなっても構わなかったけど、無事に空の顔を見れた時は生きてて良かったって心から思ったわ。今こうして夫婦仲良く暮らしてるのも、陸が元気にサッカーしてるのも、うちに雪花が来てくれたのも、全部空が居てくれたからよ。だから、産まれてきてくれてありがとうね」
そう言って抱きしめてくれた母は満面の笑みで、俺は多分泣いている。
「空が何を悩んでいるのか私には分からないわ。でもね、あなたはお父さんとお母さんが、心から待ち望んでいた子なの。可愛くて目に入れても痛くない大切な子なの。それが変わる事なんてあり得ないわ。だから、あなたはいっぱい悩んで好きなように生きなさい」
空なら絶対悪い事にはならないからね。そう言って更に強く抱きしめる母。
転生した事黙ってて御免なさい。いっぱい黙ってる事あって御免なさい。
でも、嘘は吐いた事無いです。だから、父も母も弟も雪花も皆大好きだってこの気持ちも嘘じゃないです。大好きだから本当の家族になりたい。だから――。
「ただいまー。あれ? 姉ちゃんどうしたの!?」
……弟に覚悟表明? みたいのを邪魔されました。
「なんでもないわよ。お帰り」
「あ、ただいま! でも、姉ちゃんが泣いてるよ!? 大丈夫なの? 姉ちゃんが泣いてるの初めて見たよ!? 姉ちゃん大丈夫? なんか嫌な事あったの? 男相手なら俺が文句言ってくるよ?」
弟が泣いている自分を見て、オロオロしてるのが可愛らしくて。もう駄目だね自分は。
「大丈夫だよ。ありがとうね。陸の事、大好きだよ」
母の所を離れて弟をそう言って抱きしめていた。
「姉ちゃんに大好きって言われた! やばい。泣きそう!」
そういえば、言った事無かったっけ。でも、ずっと昔から大好きだったからね。
そんな事を思っていると、足にコツンコツンと頭をぶつける雪花が居た。
「雪花の事も大好きだよ」
そう言って抱き上げると満足そうに、にゃーと鳴く雪花。
この家族に囲まれて、この家族に産まれて本当に良かった。
----------
その日の夜。夢を見た。
もう顔もはっきりと思い出せない前世の自分が出てきた。
前世の自分は、俺の事を忘れないでくれてありがとう、と。でも、もう前世の俺である必要は無いだろう、と。そう言っていた。
前世の俺はもう死んでいる。今のお前は俺であり、俺じゃない。無理をして俺になるな。お前の名前は片桐空だろう。俺とは違うだろう。そう言っていた。
お前の願望はなんだ? あの人達と本当の家族になる事だろう?
あの人達は俺の家族じゃない。俺の家族は2人しか居ない。お前の家族は違うだろう。
俺とお前は記憶は一緒だけど別の人物なんだよ。
俺は公魚のマリネは嫌いだしな。
そう言って笑う前世の自分。独白なのか会話なのか分からないけれど、不思議と嫌いでは無く、少し寂しい夢だった。
----------
目が覚めると枕が濡れていた。どうやら寝ながら泣いていたみたいだ。
こんなに泣き虫だっけなと思うと同時に、今日は希帆と楓ちゃんと一緒に買い物に行く約束をしてた事を思い出す。
やばいよー。絶対目が腫れてるよー。まあ、過ぎた事は仕方ない。ホットタオルとアイスタオルを用意しよう。何もしないよりマシだよね。
しかし、昨夜は変な夢を見たな。あんな決意をしたから最後の挨拶に来たとか?
でも、彼は自分だしな。居なくなる訳では無いし。変なの。
まあ、いいか。彼は俺で、俺が私だ。それで良いんだ。別だけど別じゃない、不思議な関係。
本当の家族になりたいと願ったら、心の奥底で支えてくれる半身も手に入れた。
私の名前は片桐空。前世の名前はもう必要ないんだ。名前は1つだけでいい。
恋愛面で自分が変わるより、家族で変わる方がこの主人公なら自然かなと。




