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時間差勇者  作者: 稲荷竜
3章 異世界生活一回目
88/94

88話 キリコと未来へ

 この物語は『魔王を倒した勇者は、お姫様としあわせに過ごしました。おしまい』というエンディングを予定している。


 少なくともそれが正史だ。

 こうして王家には『勇者』という、俺の力でもはがしきれなかった特級のチート能力が宿って、それに追従した力ある連中が貴族になる。


 ひどい格差社会だ。才能で全部が決まってしまううえに、覆しようがない。


 こうしてここより未来の世界で俺が抱いた感想通りの世界になるのだった。

 英雄はいる。それに従った人もいる。彼らは大活躍で世界を救い、子々孫々までその功績が称えられる。


 政治は完璧とは言えないまでもおおむね人気で、国王の座に収まった者は民衆にはわからないプレッシャーで常に胃が痛そうで、でも子供たちはまっすぐでかわいらしく、世はおおむね平和だ。


 王都には色とりどりのレンガでできた高級な街と、それを囲むように灰色の石造りの街ができあがるだろう。

 暗い路地裏をしばらく歩けばそこにはスラムもあって、みょうなにおいのするゴミだめの中には今日を生きるだけで精一杯の、才能がなく金もない子供たちが生まれる。

 その中の一人が偶然に力を手に入れたら世界の滅亡ぐらい願うのかもしれないけれど、そんな奇跡がそうそう転がっているはずもなく、不満は一定数うずまいて、貧困は世界を下支えして、冒険者がくだらない雑用で日銭稼ぎ、たまに英雄を目指して無茶をやって死んだりするだろう。


 きっとこれはいい世界なのだろう。


 決して完璧な世界ではないけれど。


「私たちはこのまま、世界の片隅で死ぬのかしら?」


 それはちょっともったいないわね、とキリコは述べた。


 たぶん俺と同じような気持ちなのだろう。

 俺たちはなんとなく『未来世界を元どおりにすること』を目的に動いていた。


 街の作成、王家の再生。そういったものをして、きっとあとはみんなの力でどうにかなっていくのだろうと、そう予感している。


 でも俺たちは『予感』じゃ満足できなかった。


 結末を見たいのだ。


 俺たちが成したことが本当に世界を元どおりにしたのか?


 それが一発でわかる光景をスクリーンに収めないことには、ひっそりと人里離れた場所で死ぬにも、死にきれない。


「今の年齢のまま生き続けるのと、今の年齢のまま未来に手早くワープするのと、どっちがいいかな」


「なんでもありね。……じゃあワープしましょう」


 もうキリコとの付き合いも長いから、俺にはあいつの沈黙に込められた言葉を読み取ることができてしまった。


 そこには『本当の元どおり』への願望がかくれていた。

 それはきっと、こんな望みだろう。


 俺は三十代、できれば転位当時の十代の少年に戻って。

 キリコもこの世界に来たばかりで。

 俺たちは自分の宿命も知らないまま、異世界で偶然の再会を果たす。


 勇者も聖女もない。異世界転移をした俺たちは持ちうる力と知識でこじんまりとした活躍をしていく。

 世界の命運を背負うなんてまっぴらだ。そこそこの自尊心を満たせて、そこそこの平穏があって、仲間に恵まれて、ただ異世界で生きていく。


 十代当時の俺は落ち着きがあるわけでも枯れているわけでもないから、キリコの一挙手一投足に振り回されて、あたふたして、あいつはそれを見て楽しげに口角を上げるのだろう。


 なんだかんだで歳を経て、俺たちは結ばれて、そうして子供を抱いている時にふと『異世界も不便だけど悪くはなかったな』なんて物思いにふける――


 そんな、ありえたかもしれない、暮らし。


 思い描かないわけがない。

 最初から始められたらいいなという願望は、年齢とともに心のどこかで育つやどりぎ(・・・・)みたいなものだ。

 誰の心にもあるけれど、そいつは『幸せ』とか『忙しさ』とかで隠れた深い深い場所にあって平時は見つからないし、うまくいけばそのまま枯れてしまう。

 だけれどふと不安を抱えた夜に寝苦しさに目を覚ませば目の前にあって、過去に対する憧れとか、やり直しに対する希望を強く強く意識させてくる。


 今より幸せになれたかもしれない。

 今、自分をさいなむ大きな面倒ごとは、存在しなかったかもしれない。


 時間差でおとずれる後悔。

『なにか一つ、ボタンのかけどころが違っていれば』という、妄想。


 それを魅力的だと思わないわけがなかった。


 そして、俺には、人生をやり直す権能がある。

 やり直された人生は『俺』のものではなく、キリコのものでもないだろう。でも、次の俺やキリコは、今回より普通に、そして今回よりうまくやるかもしれない。


 なんなら、次の自分たちをうまくやれるようにお膳立てすることも、俺には不可能ではないのだ。


 でも、キリコはそんなことを口にしなかった。

 俺が思い至るようなことに、あいつが気付いていないはずがない。


 だから、俺も望まなかった。


 俺は体験によって、キリコは発想力によって、知っているのだ。


 人を形成するのは環境で、今の俺と違う環境で過ごした俺は、よく似た別人にしかすぎず――

 俺とキリコの人生は、俺たち二人のもので、誰も代われないし、代わらせるつもりもない。


 だから、重ねた年齢ごと未来に持っていこう。


 ずいぶん立ち止まってしまった。後悔もたくさんある。振り返って『もっとうまくやれたのに』と悶えてしまうような事態が盛り沢山だ。

 失敗だらけの人生。

 俺たちだけの、人生。


「やり残しはないよな。一度未来に戻ったら、もう後戻りはしないぞ」


「そっちこそ項目が多くって大変なんじゃないの? 『今までのあなた』がしたことを一個一個つぶしていったんでしょ? あまりにも膨大で、チェック漏れが多そうじゃない」


「そうならないために頑張ったけどさ。……なんだろうな、この、『カウントしていくと、何かしらが抜けてる気がする』強迫観念は」


 キリコは笑った。

 俺も笑った。


 ともに笑うべきもう一人は、すでに、ここにはいない。


 ……ふと思いついて、キリコに手を差し出した。

 必要性からしたことではなかった。

 そういえば俺たちは高校生のころに『手をつなぐ』だなんていう、奥手な俺たちにとっては一大イベントになるはずだったことをせずにここまで来てしまったなと思い出したんだ。


「いまさら?」


 耳を心地よくくすぐる彼女の声音は、この世界で再会した当初と比べても、だいぶ落ち着きが出ていた。


 彼女は笑いながら俺の手を取った。

 もう照れるような若さもないと思っていたけれど、案外、照れ臭い。

 けれどそんな内心を隠せるぐらいには面の皮も厚くなった。


「じゃあ、未来へ戻ろうか。……ああ、いや、この場合は『戻る』でいいのかな? 俺たちが過去にいた未来とはちょっと軸が違う新しい未来なわけだから……」


 ぐっと手を引かれた。


 最後まで引っ張られて、俺たちは未来へ続く穴へと飛び込んだ。


 そして――

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