87話 何周目かのあなた/一回目のあなた
「でもさ、神様にはなりたくないよな」
都合のいいことをやろうとしている。
そのうえで、都合のいいことを述べてみた。
死ぬはずだった女の子を助けたい。
世界を救いたい。
それは時空間を自在に行き来する能力によって成すはずのことだった。
それどころか、一つだけでも『チート』と呼ばれるような能力を、数多束ねてなしうる奇跡のことだった。
そんな存在は神と呼ばれるしかない。
けれど俺は、そんなポジションには収まりたくなかった。
「いいんじゃないの。どこまでもわがままにやってみたら」
キリコは俺の言葉へ、肯定のような、放任のようなものを返した。
それは答えを知っている者が、挑戦なしでは決して納得しない者にとりあえずやらせてみるといった寛容さを感じさせるものだった。
キリコはいつでも、俺がいたる前に、俺の求める答えにたどり着いているような感じがある。
でも、
「いえ、そういうんじゃなくってね。というか、あなたの話を全部本当だと信じるとして」信じないという選択肢がキリコの中にはまだあるようだった。「そんなの、人智が及ぶはずがないじゃない。だから、やってみるしかないでしょ」
それはたしかに、そうだった。
というか、俺はその答えにいたっていてもおかしくないぐらいの人生経験があるはずなのだった。
でも、俺は俺なりにしか考えられない。
人格というのは経験が形成するものらしく、何度も何度も繰り返された『俺たち』の人生は、たしかに主観視点の記憶として頭にあっても、どこか映画のような、他人事感がある。
そして経験以上に人格を形成するものは環境なのだった。
『俺たち』はそれぞれ違った環境、人間関係の中に身を置いていた。
その中で形成されたものが、びっくりするほど多種多様なのだった。
たぶん、キリコと関係のなかった俺は、キリコの存在や意見をこんなに重んじない。同様に、今の俺は、『キリコと関係がなかった俺』ほど、キリコを軽んじることができない。
つくづく俺には『芯』がなく、俺はただ、周囲の人間や状況に反応して生きているだけのようだった。
だからこそ、まわりにいる人によって、こんなにも変わっていく。
だからこそ。
まわりにいる人を助けたいというのが、いつのまにか、俺の芯と呼べるほど強固な目的意識に成っている。
数多の『俺』がいる中で。
キリコとパートナーになれた『俺』は、俺だけだ。
なおかつ、エイミーと世界の命運抜きで親子をやれていたのも、俺だけだ。
だから、俺は、選択できた。
それはとても、誇らしいことに思えた。
……ああ、なんだか懐かしい、星の降りそうな夜だ。
とおい未来、獣人たちの集落が近くにできる小高い丘の上で、二人で過ごしている。
そんなシチュエーションだというのに俺たちの会話は相変わらずで、問題に対する対策会議であり、目的に対する問題提起だった。
「『魔女』たちはどうするの? 前の世界、周回の記憶を持ったまま生まれてくる人たちは、あなたにとっても予定外の存在なんでしょう? あの人たちはエイミーちゃんになんらかの力があると思って、狙ってくるわよ。たとえ力がなくなっても、あの人たちは思い込んだまま襲ってくるわよ」
「それはもう、しょうがないと思ってる。解決できないことはあるし、幸いにも連中は少数だ。出会わない周回もあったし、たぶん、これ以上周回数を重ねなければ増えることもない」
「しょうがない、で済ませていいの?」
「……ちょっと前の俺ならさ、ここで『そうだな、対策しなきゃ、どうしよう』って長考モードに入ったんだよな」
「そうね」
「『今、情報が足りなくて対応できないことを、未来に回す』っていうのがどうしてもできなかったんだ。……『将来の自分ならどうにかできる』っていう自信がなかったんだろうな?」
「今はあるの?」
「ないよ」
「晴れやかな顔で言うわね」
「でも、仲間がいるから」
力があったから……
いや、そうじゃない。
人を信じることのできない人生を送ってきた。
どうしても、他人になにかを委ねるという選択が浮かばなかった。
自分がどうにかしなきゃいけないと思い込むあまり、ぐだぐだ考え込んで、考えていないと不安で、頭のどこかで無為だとわかりながらも、『対策を練る』という行為のもたらす安心感に甘えて、依存するのをやめられなかった。
努力は麻薬だ。
どれほど無駄でも、『がんばった』という自己満足が、すべての結果に『でも、がんばったもんな』という満足感を与えてくれる。
この恐るべき薬物の誘惑を断ち切ることができなかった。
でも、そろそろ、脱却しないといけない。
「俺は子離れしないといけないんだ。……だいぶ時間がかかってしまったけれど、信じて任せないといけなかったんだよ。自分が愛した人たちを、信じて、まかせないといけなかった」
「……」
「そして、愛する人に、命運の半分ぐらいをあずけないといけなかった。不安を解消するために頭を突き合わせてああでもないこうでもないって言うのも、そりゃあ、大切なんだろう。でも、それと同じぐらい、不安を抱いたままでも一緒に進めるぐらい、相手を信じないといけなかった」
俺の原風景は、いつからか、夕暮れの教室で窓の外を見ているキリコだった。
俺はその美しい後ろ姿を見ているだけで満足だった。風になびく黒い髪をながめているだけで、それが最高に幸福な状態だと思っていたんだ。
偶然がなければ始まらなかった、俺たちの関係。
神様が出会わせた俺とあいつ。
でも、それじゃあ、ダメだったんだよな。
俺はいつでも、席を立ってキリコに話しかけることができた。
それをしない人生はもうやめた。……まあ、恐ろしいさ。すげなくあしらわれるかもしれない。冷たくにらまれるかもしれない。
でも、そろそろ、立ち止まってもいられない。
「だからさ、キリコ、改めて。……情報がぜんぜん不足してて、どうなるかわからなくって、『相談』っていう安心感を得るための儀式も、これからはどんどん省いていくことになるかもしれないんだけどさ――」
一緒に来てほしい。
この世界がかたちになって、都合よく全部が救われて、俺たちがこんな、神様みたいなことをしたっていうのを、ただの思い出話として語れる、未来まで。
不安はいっぱいある。
うまくいかないかもしれない。
なにも保証はできない。
でも、お前が一緒なら、俺は進める。
だから、一緒に、来てほしい。
……一息に言い切って、返事を待った。
キリコは長くため息をついて、星空を見上げた。
「前にここで、告白めいたことをした時、あなたはリスクだとか、思い直せだとか、そんなことばっかり言ったわよね」
「……まあ、その、そうだな」
「私、キレたわよね」
「まあ、そうだな」
「そうしたら今度はなに? なんにも保証できないけど、自分ががんばれるから一緒に来いですって? あなたは他人のことばっかり言うモードか、自分のことばっかり言うモードか、二つしかないの?」
「……ええと、その、非常にすまない」
「どう?」
「え? なにが?」
「一世一代の告白をしたのに、ぐちぐち横道に逸らされる気持ちは、どう?」
「……えーその、非常に強いプレッシャーを感じます」
「これでようやく、痛み分けね」
キリコは笑った。
星もかすむほどの笑顔で、笑った。
「……いや、すげーSなことしておいて、そのいい笑顔はどうかと思うんだけど」
「じゃあ意趣返しの続きだけど」
「まだあるの?」
「ちょっとやり直させて」
キリコは俺に近寄ると、胸ぐらをつかんで、顔を近づけさせた。
そして、
「私の人生をかけて、あなたを連れ回してあげるわ。だから、必死についてきなさい。もう、異世界なんかに逃亡しないでよね」
「あ、はい。精一杯ついて行かせていただきます」
「よろしい」
相変わらずの豪腕で、強引に引き寄せられた。
俺たちのシルエットが、星あかりの下で一つの細長いものになる。
「それにしても、今まであなたがおどおどしてるから、あんまりやりすぎるのも悪いかなと思ってたけれど――ようやく、わがままになってくれたわね。これで本気を出せるわ」
バトル漫画みたいなことを言い出したやつに、バトル漫画みたいに引き寄せられた。
そこから溜め込んでいたらしいキリコの本気が発揮されて、俺はといえば、いっさいの抵抗もできずに、なされるがまま、お姫様みたいにすべてを委ねることしかできなかった。
次回更新は22日(月曜)予定
そろそろエピローグ




