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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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41話 夜の散歩

 俺たちが散歩をするなら深夜以外の時間帯は考えられなかった。


 王族のお膝元の街とはいえ、深夜帯はなかなか危ない。

 通り魔に殺されるとか追い剥ぎに遭うとかそういうわかりやすい危なさではなくって、酔っ払いにからまれるとか、悪質な客引きに捕まるとか、そういうタイプの危なさだった。


 それでもキリコは深夜の散歩を断行した。

 散歩をすることはあいつの中で確定事項で、普通に出歩いても目立つあいつが、誰にも聖女だと気付かれずに出歩けそうな時間帯が深夜しかなかったのだ。


「そういえば、私、街をゆっくり見るの初めてかもしれないわ」


 エイミーは寝てしまったので、期せずして二人きりの散歩になる。


 俺たちは人通りを避けるようにしていたから、あたりはシンと静まり返っていた。

 石造りの建物の立ち並ぶ住宅街は、昼間の騒がしさを知っているせいかやたらとしずかに感じられる。

 まるでゴーストタウンにでも迷い込んでしまったかのようだ。


 俺たちが人通りのある方向……ようするに歓楽街を避けるように歩いているのには、『人目を避ける』とか『うるさいのが嫌い』とか『男女一組で歓楽街はちょっと』とかの理由があったけれど、そんなの無視してしまいたくなるほど、静まり返った街は不気味に感じられる。


 けれど、キリコは楽しそうだった。


「そこらへんの壁に『聖女参上』とか書いたら怒られると思う? それともありがたがられると思う?」


「都市伝説になるんじゃないかな……」


「一回壁に落書きとかしてみたかったのよね。まあ、今度にしましょう。今は塗料もないし」


 冗談だと思ったので止めなかった。

 本気だとしたら、俺が止めたって止まらないだろう。


 俺たちは静まり返った街を歩き回る。

 こうしてランプ片手に練り歩くと、やはり王都は広い。


 俺の故郷となった村に比べて建物が多いからそのように感じられるのもあるだろう。

 直線距離で言えば俺の故郷の村だってそう狭くはないのだけれど、複雑に建造物が並ぶ王都は直線で横切ることができないぶん、移動距離が長くなる。


 俺たちはくだらない会話をしながらそうしてしばらく夜を過ごした。


 建物の隙間から上を向けば、四角く切り取られた空の中に月が浮かんでいる。

 ここで見る空も、故郷で見る空も、その高さは変わらない。ただし、王都の空はどこから見上げても狭く感じられた。


 ひとしきり、王都の西区画あたりをめぐってから、キリコは言う。


「やっぱり、愛着はないわね」


 路地裏の、たぶん昼間は煮炊きに使われているスペースだ。

 この世界には科学の代わりに魔法がある。とはいえそれはほとんど貴族の持ち物だから、一般市民の生活を便利にしているとは言い難い。


 特に火起こしなんかは起こすのも、起こした火を維持するのもけっこうな苦労が伴う。

 だからこうして、いくらかのアパートメントの真ん中あたりに『火を共同で使うためのスペース』があって、日に二回、ここであたりの人が集まり、料理をするのが生活の一部となっているのだった。


 そこには座って休憩するためのベンチなんかもあって、俺たちはそこに並んで腰掛けていた。


「仮に、命懸けで魔王を倒さなければこの世界が滅ぶとして、この世界に命を懸けるほどの価値は感じないわ」


「バッサリいくね、お前は」


「ごめんなさいね。あなたには家族がいるし、家族の未来のために戦う動機もあるんだろうけれど、私にはやっぱり、モチベーションの確保が難しいのよ。エイミーちゃんやあなたを守りたいなら、連れて逃げるっていうのが、私の答えになりそう」


「まあ、気持ちはわかるよ」


「あなたは、覚悟ができてるの? もしも本当に魔王を倒す羽目になったとして」


「……そうだなあ」


 覚悟うんぬんにかんして、キリコが来るよりずっと前に、つかんでいたものがある。

 それを表現するための言葉を探すのに、ちょっとかかった。


「『水溶きコーンスターチ』あるだろ? わかるかな、水槽いっぱいにためて、その上を人が歩くパフォーマンスとか見たことない?」


「……強く踏むと固まる性質があるやつ? 白い……」


「そう、それ。覚悟ってそういう感じなんだよ。ぜんぜん固まってないよ。こわいし、不安だ。逃げたいし、後悔まみれだ。でも、強い力が加わると、瞬間的に固まる。そういうの」


「つまり?」


「覚悟はできてない。でも、いざという時には戦うと思う」


「戦うのね。逃げるんじゃなくって」


「俺はエイミーの成長に、やっぱり『社会』が不可欠だと思ってるから」


「そのついでに世界を救う?」


「……あのさ、俺、あんまりカッコいいこと言いたくないんだよ。恥ずかしいのもあるし、それに、カッコいいこと言っちゃうと、いざという時、自分で自分の逃げ道をふさいじゃうから」


「でも、いざという時には覚悟が固まるんでしょう?」


「そうだと思うけどさ……いや、まいるね、どうも。もっと無邪気に『大活躍!』とか『無双!』とか『超余裕!』とか言えたらいいんだけど、残念なことに、今、格好つけるよりも、将来失敗した時のダメージを減らすほうを優先してしまうんだ。たぶん、歳のせいだと思う」


「なるほど。それは許してあげてもいいわ」


「お前の判定基準がわからないよ」


 キリコは意味深に微笑んだ。

 ランプの明かりだけが照らすその笑顔は、なんとも表現する言葉の見つからないものだった。

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