31話 王女殿下の素敵なご配慮
「あなたが村にいるあいだに、ようやく話がまとまったのよ。わたくしの縁者にあたる『辺境伯』が、あなたの武術を見てくれるわ」
スルーズ王女殿下は王族なので、作法にのっとって『面会、あるいは話がわかる人を遣わしてくれるようにお願いします』という手紙を送った。
そうしたら翌日に部屋に乗り込んでいらっしゃった。もちろん一人で。
「王宮内で手紙のやりとりをして面会の予定を立てるというのは、いかにも時間の無駄に思うのよね」
根本的に同意なのだが、そういう物言いをされるとついつい『いや、無意味でもないんですよ』という方向で話をしたくなるのが、子供に相対した大人の悪癖だと思う。
俺もこの世界で十年以上生きてすっかり大人になってしまったがために、王女殿下にはわかりきったことであろうアレコレをつい言ってしまう。
「いやほら、警備の都合とか、王族の方と気軽に会えると思われるとまずいというか、有職故実的な問題とかあると思いますが……だいたい、未婚の王族の方が、いくら王宮内とはいえ、お一人で男に与えられた部屋にいらっしゃるのは……」
「アイリーンにも言われたわ」
「ああ、侍従長の。どうやって説得なさったのですか?」
「わたくし、健脚なのよ」
どうやら物理的にぶっちぎったようだ。
「それであとから侍従長に怒られるのは、私になりそうなのですが」
「あなたに非はないのだから、怒られたらそう言いなさい。……まあというわけで辺境伯があなたの鍛錬をしてくれるっていうこと。王宮にも剣術指南ができる人材ぐらいはいるのだけれど、箔付けのためね」
辺境伯というのは、異世界に来る前までは『左遷された窓際貴族』だという認識だった。
ところが、それはまったく誤った認識なのだ。
辺境伯というのは辺境、すなわち『国境』におり、戦争になった場合は最前線で国土を守る役割を負っている。
すなわち武の名門であり、そこには精強な兵がたくさんいて、辺境伯自身もある程度の武威がなければ精鋭兵たちになめられるため、かなり強いらしいのだった。
現在、他国との戦争はなく、また、起こる気配もないが……
伝統的に辺境伯はもっとも強い貴族が配備されるというのは変わらず、『辺境伯』という称号には『当代最強』みたいな意味合いがこめられている。
たしかにこの世界で十年以上を過ごした今となっては俺も、『王室剣術指南役』より『辺境伯』のほうが、称号として無骨で強そうで、実戦的な印象を覚える。
『王室剣術を指南された勇者』は『なんか実戦がダメそう』みたいなイメージを持ってしまうが、『辺境伯の指南を受けた勇者』は頼れそうな感じが王室剣術勇者と比べて三段階ぐらい上だ。
……あくまでイメージであり、王室剣術指南役が弱いはずもなく、戦争のない現代に辺境伯が実戦を経験しているわけもない。
けれどこのイメージというのがまったく馬鹿にできない要素であることは、さすがに俺でもよくわかる。
「詳しい話はまとまったらまた連絡しに来るわ」
「王女殿下自らが?」
「楽しいからね。ところで、そろそろわたくしからの質問をいいかしら?」
「え? あ、はい。どうぞ」
「その子、誰?」
視線の先にいるのはエイミーなのだった。
王宮に与えられた俺の部屋で話しているので、そこには当然のようにエイミーもいる。
王女殿下は俺が椅子を勧めたあたりですでにもうエイミーに視線をロックしており、今か今かと話題を振る機会を狙っているのがありありとわかった。
王女殿下の緑色の瞳に射竦められたエイミーは、すっかりおびえて俺の背後に隠れてしまっている。
だが、相手に対する興味もあるようで、立ったまま王女殿下と相対する俺の背後から体を半分だけのぞかせて、黒目がちな瞳で王女殿下を観察していた。
俺はどうすべきかちょっと迷った。
が、別に生贄に差し出すわけでもないし、王女殿下とエイミーは歳の頃も近いし、というあたりを理由に紹介だけはしておくことにする。
「ご紹介が遅れて申し訳ございません。こいつはエイミー。私の娘です」
「ふぅん」
と述べた一瞬で、王女殿下は俺とエイミーとの顔を二回ぐらい見比べた。
まあ似てないからな。血縁もないし、人種も違うし。
「すごく静かだから、わたくしにしか見えていない幽霊かなにかかと思ったわ」
「事情がありまして、声や表情がないのです」
「まあそれはいいのよ。わたくしがさっきから気になってたまらないところがあるのだけれど」
「それはいったい……」
「服がダメ」
「は?」
「カイトにも前々から言いたかったのだけれど、あなたたちは『着飾る』という概念を知らないようね」
困惑するしかなかった。
王女殿下は隙を突くように立ち上がり、俺を指差して言う。
「あなたたちの身柄をあずかります。王宮内を歩くのにふさわしいファッションというものを教えてあげるわ」




