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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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29話 『聖女』というスキル

「とりあえず英雄的活躍をしてほしいのよね」


 とかいう無茶振りをされた。

 まあこれは冗談だ。でも、本気も少しばかりふくまれていたようで、「モンスター退治とかで活躍できないの? ファンタジーでしょう?」ということは言われた。


 その結果、俺はこの世界の『冒険者』という職業について、くわしい話をせねばならなくなった。


「モンスター退治は、普通、しないのね」


「まあたいていの人は死にたくないし、そもそも訓練も積んでない一般市民が、武器を持った程度で化け物に勝てるかというと……」


「魔法は?」


「あるけどないよ。貴族とか王族しか使えない。この世界は案外、力が支配する世界なんだよ。貴族が特権階級なのは、平民が束になってもかなわないからなんだ」


「でもあなた、転移者でしょう?」


「お前だってそうだろ?」


「私は魔法使えるから聞いたのだけれど」


「使えるの!?」


 俺がおどろいて声を大きくする、キリコはしばし、何かを考えるように沈黙した。

 そうして「ここが明かしどころね」とつぶやいたかと思うと、立ち上がり、まくっていた袖を戻し、そのへんに放り投げていた聖女服の帽子をかぶりなおし、手櫛で長い黒髪をすいてから、右腕をまっすぐ俺のほうへ伸ばす。


「私がこの世界に来た時にいつのまにか持っていた能力を開陳しましょう」


「いよいよか」


「というかあなた、そのあたり、全然聞いてこなかったわよね。そんなに私のパーソナルデータに興味がないの?」


「いや、言わないって決意したお前は、絶対に言わないじゃん……」


「なるほど。理解度の問題だったのね。正しいわ。なにせあなたから問われた時にどうやってはぐらかそうか、ざっと七十通りほど考えておいたもの」


 こいつのどうでもいいことへ向ける情熱には、ただただあっけにとられるばかりだ。

 高校の時分からそうで、『なぜそこで』というようなことにすさまじい事前準備やら検討やらを重ねる人間性の持ち主だった。


 今にして思えばそれは『クールで知的な美女』を演出するための準備ばかりで、すなわち外面を取り繕うことにかけて、キリコはとてつもない情熱を発揮していたのだということがわかってしまい、なんていうか、うん、まあ……

 かわいらしいよね。


 キリコはまっすぐに俺に手を伸ばしたまま、言う。


「握って」


「手を?」


「そう」


 だそうなので従えば、キリコはちょっと不機嫌そうな顔になった。


「私はいきなり『手を握れ』と言われてあたふたするあなたを見たかったの」


「ええ!? だって必要だから握れって言ったんじゃないのか!?」


「必要もないのに言えるわけないでしょう!?」


 キリコさんは『手を握る』という行為にかなり高いプライオリティを見出していらっしゃるようだった。

 俺もそこそこ高めに見ているし、いきなり言われればためらったりもするだろうが、それは『なんでもない時』に限る。

 必要な時に『いや、照れるんだよな』だなんてまごまごできるほど、清い心を持ってはいないのだった。


「まあいいわ」キリコは全然よくなさそうに言った。「はい、立ち上がって。思い切り握って。もっと思い切り」


「え、でも……」


 キリコの手は細く、華奢だ。

 ガラス細工のような、とはさすがに言わないけれど、俺の巌みたいな手で全力を出せば、うっかりアザぐらいは作ってしまいそうなぐらいには繊細に見えた。


「かまわないわ。というか、しっかり握ってもらわないと逆にケガするのよ」


「そうなのか? そもそもケガするようなことをしてほしくないんだけどな……」


「大丈夫、ケガするのはあなただから」


 大丈夫じゃないと思いました。

 しかしがっちりと結び合った手と手をほどく暇もなく、キリコがすっと手を動かしたかと思うと、俺の体は宙に浮いていた。


 状況がぜんぜんわからない。


 立ち上がって手をつなぐと、それは、身長差の都合もあって、俺は肘を四十度ぐらいに曲げた状態になる。

 両足は肩幅ぐらいに開いていただろうし、顎を少し引いて、視線は握った手と手を見ていたように思う。


 その『足を肩幅に開いて』『肘を四十度に曲げて』『顎を少し引いた』状態のまま、そういうかたちの発泡スチロール塊のように、俺の体がキリコの片手によって持ち上げられたのだ。


 しかもこの状態からいっさい動くことができない。


 開いた足も曲げた肘もそのままに、重力の方向だけが変わったかのように、俺の体は持ち上げられ、宙で維持されている。

 関節一つ一つが何かで固定されているような心地で、動かそうと思っても動かせないのは、気持ち悪くてたまらなかった。


「ちょっとキリコさん? 俺になにしてるの? サイコキネシスかなにか?」


「いいえ。これは……私のスキル、『武術EX』よ」


「おかしくないですか? 魔法使えるって話をしてたよね?」


「スキル『武術EX』と、魔法の『身体強化』を使っているわ」


「……」


「あと、あなたがケガしても、『回復魔法』を使うことができるの。……これらの要素を包括したスキルの名前が『聖女』なのと、古文書を紐解いた上での予測だけど、これは、初代聖女のスキルね」


「……」


「魔法を使えるという証明には回復魔法のほうがよかったんだけれど、あなたをケガさせるのも忍びないし、地味でわかりにくいけど身体強化の魔法にしたわ。たぶん、腕相撲でも負けないわよ」


 たぶんもなにも、俺の図体を片手で持ち上げて、雑談しながらその状態を維持し続けるようなヤツ相手に勝つ自信はない。


 というか経絡でも突かれているのか、身体中がじんわりとしびれてきて、意識がだんだん遠のいてきている。


「これが私の転移特典……の、うちの、一つね。『聖女』っていうスキル。内訳は『武術EX』『身体強化魔法』『回復魔法』……それから、まだちょっと隠しておきましょうか」


「……」


「ちなみにだけど、たぶん、本物の勇者がいれば、『勇者』っていうスキルを持ってる人がいるし、それを閲覧する権能も私にはあるわ」


 ちなみにあなたは『転移者』っていうスキルを持っているのよ、と言われた。


 まあそれはいいんだけどそろそろ下ろしていただけないだろうか……呼吸が苦しくなってきてしゃべるのもままならない……


「このスキルを得た私は一つの仮説を立てたわ」


「……」


「初代聖女はモンクだったのよ」


 その後もなにか言われた気がしたのだが、俺は酸欠に陥っていてそれどころじゃなかった。

 どうやらキリコが俺の関節を固定したまま持ち上げている技法は、呼吸まで止めるらしい。

 しかし『自分だけが持っている情報』を開陳するキリコは話が長く、俺が解放されたのはすっかり気を失ったあとで、けっきょく、回復魔法の出番も来たのだった。

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