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ヒミツの話。―月夜

望乃夏先輩がくるんと背中を向けて、さっきまで私の座っていたトコに腰を下ろす。まとめてた髪を解いてゴムを口に咥えると、

「………………どうしたの?」

と、あどけない顔で振り返る先輩に、心がドキドキする。

「な、なんでもないですっ!!今から、始めますんで………………」

慌てて答えを作って、シャワーヘッドを持って望乃夏先輩の髪を濡らしていく。

(………………た、体育館の時から思ってたけど………………先輩って髪ツヤツヤだし、濡れるともっときれい………………)

少しの間見とれていると、流石に望乃夏先輩ももぞもぞ動き始める。慌てて望乃夏先輩のシャンプーを手にとって広げて、後先考えずに望乃夏先輩の髪に押し付ける。

「ひゃっ!? つ、つめたっ………………もう、そんなにたくさん使わなくてもいいんだよ? ほんのちょっとでも、けっこう伸びるから。 」

「ああっ、す、すいませんっ、高そうなの、無駄遣いしちゃってっ 」

慌てて平謝り。………………ぼ、ボトルも高級そうだし、これいくらぐらいするんだろっ………………ほ、ほんとに泣きたくなるぐらい少ない私のお小遣い何ヶ月分だろ………………

「………………いやいや、別にそんな高くないよ? 」

「せ、先輩はそうかもしれませんけど………………こういうのに疎い私だって、高いってことが一目瞭然なボトルですよ? ………………わ、私の安いお小遣い何ヶ月ぶんか………………」

どんどんと悪い方に考えが進んでいく。そんな私を見て、望乃夏先輩が頭を軽くふる。

「………………月夜ちゃん。」

「は、はいっ!?」

私の背中を冷や汗が走り抜ける。………………お、お財布の中にどれぐらい残ってたかなっ、いやもうお財布ごとっ

「つくよちゃーん? ………………気にしなくていいんだよ? ………………ギリギリ3桁で買えるから。」

「ひいっ!? ひゃ、ひゃくまんえ………………………………え? きゅ、きゅうひゃくえ………………ん?」

思わずぽかーんと口を開ける。………………え? そんなに高くない………………?

「………………だから、気にすることなんて、ないよ。 ………………それに、………………うん、まぁ、これはまた後でいいや。 とにかく今は、早く頭洗ってほしい、かな………………。」

「わ、わかりましたっ!!」

髪の毛に押し付けっぱなしにしていたシャンプーを、髪の上で溶いて馴染ませていく。つややかだった望乃夏先輩の髪が、シャンプーの飴にコーティングされてまたつやつやと輝いていく。

「………………ほんとに、素敵ですねぇ。」

「えー、そんなことないよっ。むしろ月夜ちゃんの方が」

「そ、そんなことないですからっ!!」

思わず言葉を遮って、頭のオーバーヒートを止めようとする。けど、そんな簡単に止まるようないい頭じゃなくてっ。

「と、とりあえず洗い流しますからねっ」

返事を待たずにシャワーの滝を浴びせる。………………あーあ、この泡と一緒に、私の変な気持ちも流れちゃえばいいのにっ………………




私、灰谷 月夜は完璧なアスリートが夢だった。

どんな時も冷静に指揮をとって、自ら試合を動かす。テレビの向こうの選手を見て、そんな夢をずっと固めてきた。

『ブレるのは自分の心が弱いから』

そう言い聞かせて、私は15年を生きてきた。中学の時には自分の指揮能力を試してみたくて、自らキャプテンに立候補して、それなりにいい成績を収めた。だけど………………その指揮すらも灰燼に帰す『力』があるってことを引退前に脳に刻まさせられた。

星花女子学園バレー部。ずっと『強豪』だって教えられてきた。だからこそ、私は勝ちたかった。けれどもその結果は、相手のミス以外に得点を奪うことはできなくて、ストレートに打ちのめされた。

その中にいたのが、今の雪乃先輩。当時はまだ脇役って感じだったけど、あのスパイクをはじき返すことなんてできなくて。

この時、私は思い知らされた。『個々の力は、最良の指揮をも打ち砕く』という、私の人生そのものを否定してしまう、非合理で、残酷な現実を。

それと同時に、ふと降って湧いた興味に突き動かされるまま、私は星花への入学を決めて、初日からバレー部の門を叩いた。

結果から言うと、練習は予想以上にキツかった。練習量が1桁違う、そんなことを思い知らされながら、なんとか私は最後尾に食らいついて、ゴールして。その後の練習にもついて行って、オマケに甘味屋にも(………………これは私の貧乏性が『おごり』に反応したからなのが一番大きい)連れてってもらえ………………たのはいいけど、全部終わった途端気が抜けて、立てなくなって………………。青ざめる私を救ってくれたのが、ここにいる望乃夏先輩。

「………………どうしたの、月夜ちゃん。さっきから暗い顔して………………」

「ああいえっ、なんでも、ありません………………」

慌てて頭を洗い流し、ついでに背中にも石鹸タオルをかけて洗っていく。

「背中ありがと。」

「い、いえ………………………………その、昨日運んでもらった、お礼です………………」

あわあわしながら言って、素早く背中の泡も洗い落とす。………………ちょっとだけ、背中を触ってみる。………………あったかい。

「んもう、月夜ちゃんったら………………」

「す、すいませーん………………」

誘惑に打ち勝って、背中から手を離す。………………つ、次もおんぶして貰えることって、ないのかな………………いや、恥ずかしいけど………………

「………………そうだ月夜ちゃん。次の日曜日ってオフ? 」

突然の言葉に弾む鼓動(リズム。………………こ、これは、もしかして………………?

「いや、さ。雪乃に制汗剤買ってあげようかと思って。………………あと行き先がドラッグストアだし、月夜ちゃんにもシャンプー教えてあげたいから。」

「ほ、ほんとにいいんですかっ!?」

いつものペースはどこかに投げ捨てて、先輩の案に食らいつく。………………せ、先輩と、お出かけ………………? 一緒に、お買い物………………ぽふん。

「………………あれ、もしかしてもう予定入っちゃってる? 」

「い、いえいえいえいえっ!! 今のところ完全フリーですっ!!」

「そっか、それなら大丈夫だよね。じゃあ、詳しいことはまた後でね。」

そう言うと、スタスタと浴槽の方に歩いていく望乃夏先輩。

………………………………………………先輩と、おでかけ………………?

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