悪行のコンフェッション
王殺しのマリアッテ。
アルトの頭の中でマリーの穏やかな笑顔がぐるぐるとまわっていく。
そんな、まさか、とは思うがこの記事に載っている女はどこからどう見てもマリーでしかない。
「嘘だろ……」
マリーが王殺し?
でもそう考えればすべての辻褄が合う気がした。
野宿をして、森の外には出たがらない。
そしてマリー自身も自分が悪いことをしたと言っていた。
マリーは王を殺し、今逃げている。
祭りの日に出ていくと言っていたのは、祭りの日なら警備が薄くなるから……?
冷たい汗が頬を伝う。
自分は一体どうすればいい?
「アルト?」
近くを通りかかったソーラが不自然に固まるアルトの姿を見て不思議そうに声をかけてくる。
「あ……ばあ、ちゃん」
喉がカラカラで上手く声が出なかった。
なんでもないと笑いたかったのに、上手く顔が作れない。
「どうかしたのかい? そんなところで……便所に行くんじゃなかったのかい」
「いや、その……寒いからか引っ込んでさ」
咄嗟の言い訳をしながら持っていた新聞を後ろ手に隠した。
そのままぐしゃりと握りつぶす。
「俺、ちょっと自分の部屋行ってくる!!」
「アルト!? すぐ夕飯だよ!」
「すぐ戻るよ!」
激しく動悸する胸を押さえつけながら走り、冷静になれと言い聞かせるが頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
自分の部屋に入ると力が抜けたのか扉伝いにズルズルと座り込む。
「どうすれば……」
アルトは小さく呟いた。
本当は何が正しいのかなんて分かっている。
今すぐに騎士団に行って、王殺しの女はここにいるというのが正しい選択だ。
王を殺した女。
きっと捕まったら、ソーラの言ったように公開処刑となるに違いない。
公開処刑……。
マリーの笑顔がぐちゃぐちゃになっていく。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
正しい選択なんて分かっている。
分かっているけど、その選択を選ぶなんてアルトには出来なかった。
マリーが殺されるところなんて見たくない。
でも……ソーラの泣きはらした瞳も頭から消えてくれない。
「どうしたらいいんだよ、くそっ」
マリーとソーラ。
アルトにとってはどちらも大切な存在だ。比べるなんて出来ない。
アルトはそのままぼんやりと考え込んだ後、ふらふらと立ち上がった。
そのまま危なげな足取りで部屋を出る。
アルトの向かった先はソーラの元だった。
台所に立つソーラの姿をぼんやりとアルトが眺めているとそのことにソーラが気が付いて声をける。
「アルト? ちょうどよかった今ご飯が出来たって呼びに行こうと……なんだいアルト、顔色が悪いね?具合でも悪いのかい?」
「…………ごめんばあちゃん、ちょっと出かけてくる」
「は?……何言ってるんだいもう暗いし」
「さっき言った秘密基地に大事なものを置いてきちゃったんだ。騎士に壊されたりしたらヤダからとってくるよ」
「なら夕飯の後に一緒に」
「すぐ戻ってくるから、行ってくるね」
「ちょ! アルト待ちな!!」
アルトはそのまま家を飛び出した。後ろからソーラの叫ぶ声がするが気にしない。
向かう先にはもちろんあの場所だ。
もう日は落ちている。
夜の森は暗くてよく見えないがその記憶を頼りにアルトは進んでいった。
考えてみればそれほど長くはない時間だ。
それでもとても長く思えるような時間だった。
ここに向かう時はいつも心が躍るようで楽しかった。
初めて感じるこの胸のときめきをなんていうのだろう。
「マリー」
暗がりの森にある小さな洞窟。そこで小さな火をともしながら彼女は寒さをしのぐかのように小さくなりながら座っていた。
アルトの姿に一瞬驚いたように目を見開くも、すぐにあの穏やかな笑みを浮かべる。
「どうしたアルトくん忘れ物? 暗いのに危ないよ」
優し声色。
アルトの好きな声だ。
「アルトくん……?」
なにも言わないアルトを不思議に思ってかマリーは首を傾げた。
そしてしばらく見つめた後立ち上げりアルトに近寄る。
「アルトくんどうかしたの?」
「…………あの、さ」
「ん?」
喉が張り付いたかのように上手く声が出ない。
どうやら緊張しているようだ。
当然か、まさかこんなことを誰かに聞く日が来るなんて思わなかった。
「その、さ……あの」
「なに? おばあさんと喧嘩でもしたの? 大丈夫だよ素直に謝れば」
「そうじゃなくて!!!」
「あ……うん」
さすがのマリーも異変に気付いたのか神妙な顔をする。
冷たい風が頬を撫でる。
「マリーは、王様を殺したの?」
一際強い風が吹いた。
アルトは激しく動悸する胸を押さえつけてマリーを見る。
しかし風に揺れるマリーの髪でその表情が良く見えない。
ほんの一秒がとても長く感じた。
風がやみマリーの表情が露わになる。
その表情にアルトは息を呑んだ。
「そっか……ばれちゃったんだね」
マリーはいつものように穏やかに笑っていた。
「そうだよ。私が、王殺しのマリアッテ」




