罪深きエンカウンター
王法第一条。
王族の繁栄に害を成す行為は如何なる場合であっても極刑と科す。
「こういうのなんて言うんだっけか。噂をすればってやつ?」
配られた号外を眺めながら、アルトは呟いた。
先日小学校で習ったばかりの王法。
その第一条を説明するとき先生はなんと言ったか。こんなこと定義しなくても皆分かっているから必要ないんだけどね、とかなんとか笑顔で言っていた気がする。
それなのにこれだ。
王殺害と大きく書かれた文字を眺めて、今頃先生は何を思っているのだろう。きっと先日の自分を悔いているに違いない。
「にしても、王様も意外と間抜けだよな」
歴代稀にみるほど優秀な王として国中の期待を浴びながら行われた戴冠式は今からたったひと月前のこと。
戴冠式後の面倒な手続きも片付き本当にこれからという時だったのに、こうもあっさり死んでしまうとは……。
「なさけねーの」
思わずそう言ってしまった瞬間、アルトの後頭部が何か固いもので思いっきり殴られた。
「いってー! 何するんだよ!!」
「何をするじゃないだろ! この無礼者が!!」
「うげ、ばあちゃん」
振り向いたアルトの視界には、手にお盆を持った祖母ソーラの姿が映った。
アルトにとっては年齢にそぐわず元気で小うるさい祖母である。しかし今日のソーラはいつもと少し様子が違っていた。口調はいつも通りだが、その目は真っ赤に腫れている。
ばあちゃんは王様の熱烈な信仰者だったからなぁ、とアルトは思った。
「悪かったって。でも戴冠式後数か月が一番命を狙われやすい時期だってどっかで聞いたことあるぜ? それなのに警戒を怠った王様のことを考えるとさー」
「お前の眼は節穴化か! よく読んでごらん!!」
そう言ってソーラはアルトが手に持っていた号外を引っ手繰るとある箇所を指さしてアルトの目の前に突き出した。
そこには20歳ほどの女の写真が掲載されている。
長い栗色の髪に飴色の瞳。このあたりではよく見る容姿をした女。
彼女は写真の中で穏やかに微笑んでいた。
「殺したのは王様が一番信頼していた侍女とあるだろ! この女が裏切り騙し殺したんだ!」
「あーうん。分かったから。近くで大声出さないでくれ」
ソーラの金切り声にアルトは耳を塞ぎながら言った。
マリアッテ・リアロール。それがこの女の名前であり、王殺しの犯人である。
役職は王宮侍女。その中でも最高位とされる王専属侍女であったらしい。
現在は逃亡中であり、全国指名手配を受けていた。
正直、写真の中の女はとても大人しそうで殺人なんてするようには見えない。
まぁ、人は見かけによらないっていうけどね。
アルトはそう思いながら、写真から視線外した。
「ふん、どうせすぐ捕まるさ。そしたら斬首、火あぶり、いやもっと酷い刑になるだろうよ! あー、楽しみだね。公開処刑だったら絶対に見に行ってやる。ついでに生卵でも投げてやるよっ!!!」
「ばあちゃん、恥ずかしいから止めてくれ」
買い物かごいっぱいに生卵を入れて、勢いよく卵を投げつけるソーラの姿を想像してアルトは顔を顰めた。
「アルト! お前はこの女が憎くないのかい!? 王を殺した女だよ!!」
「いや……だってさー、王様なんて年に数度遠くから見るだけの人だし、いきなり死んだって言われてもなんか実感湧かないし、正直興味ないっていうかー」
「まぁ、お前はそれでも私の孫かい!? 王様はねー」
アルトの言葉に火が付いたのか、ソーラは王族の素晴らしさについて語りだした。
あーだこーだ言っているが、その全てはアルトの耳を右から左へと通り抜けていく。
昔から何度も何度も聞かされているが、なぜそんなに熱烈な信者になれるのか未だによくわからない。
「あー、ばあちゃん俺用事思い出したからちょっと出かけてくるわー」
「なっ! アルト、まだ話は終わってないよっ」
「後でまた聞くから、んじゃ行ってきまーす」
「こら、アルト!!」
ソーラの声が後ろから聞こえたがアルトはそれを軽く無視して扉を閉めた。
「あの話始めるとばあちゃんなげーんだもんなー」
外に出た開放感と、祖母から逃げ出せた達成感を感じながらアルトはうーんと伸びをする。
そして、チラリとソーラの姿を思い出した。
元気をよそっているようだがやはり、かなり疲れていた。いつも一緒にいる家族だから分かる。
自分は王族をそこまで信仰出来ないが、ソーラがどれほど王族を……特にあの王様を信仰していたか知っている。
きっと、アルトが思っている以上にソーラは悲しみにくれているのだろう。
昨晩もまったく眠れていない様子だった。
ソーラの泣きはらした目を思い浮かべながらアルトは小さくため息をついた。
「しゃーない。鎮静採用のある薬草でもとってきてやるかな」
そう言って、進行方向を家の裏手にある山に変更する。
元々資産家であったアルトの家は、山の一部を私有地としていた。そこには多くの薬草が生えている。
舗装はされておらずほとんど近寄る人はいないが、小さい頃から入り浸っているアルトには関係ない。
記憶を頼りに、道なき道を進んでいく。
「確かこの辺に生えてたと思うんだけどなー」
お目当ての薬草を探しながら見回す。
雑草が多くて探すのが中々大変だ。
道なき道を通りながら目を凝らして探すこと数十分。
「お、あった!」
少し離れたところに目当ての薬草は生えていた。
やはり、自分の記憶は正しかったのだと思いながらアルトはその薬草に駆け寄ろうとする。
だが一歩足を踏み出した瞬間、アルトの体がグラリと揺れた。
昨日振った雨の影響で少しぬかるんでいた土に足を取られたのだ。十分気を付けていたはずなのに、薬草を見つけた喜びで一瞬気が抜けてしまった。
倒れる!
アルトの視界に一際大きな石が映りこんだ。このまま倒れればあの石にぶつかるだろう。
思わず目を閉じてその衝撃に備えたその時。
「危ないっ!!」
アルトの手が誰かによって捕まれた。
「うわっ! む、無理!」
しかし、その手の持ち主はアルトの体重を支えきれなかったらしくそのまま二人して地面に倒れこむ。
だが、あの石にアルトの頭が直撃することはなかった。
進行方向が少しずれたようだ。
「いってー」
ぬかるんでいる分、痛みは軽減されたのかもしれないが痛いものは痛い。
アルトは強く打った頭を撫でながら起きあがった。
そして、自分を助けてくれた存在に目を向ける。
「わぁ、ドロドロ……」
そこにいたのは肩ほどで無造作に切られた栗色の髪を持つ女。
「あの……」
アルトが声をかけると女は視線をこちらに向けた。
飴色の瞳と視線が合わさる。
「あっ……えっと、大丈夫だった?」
女はそう言って穏やかに笑った。




