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3  妖精国の王子とヤーフェンの船  ①

 追い風に吹かれながら、2匹の王室蝶は王宮に向かって飛んだ。

 王宮は白い石を積み重ねた城で、七つのとがった塔に囲まれた王冠の形をしている。

 中央にある庭に降り立ち、留衣は四方に目を走らせた。


 その場にいた妖精たちが、もの珍しそうに彼女を見ている。

 妖精はみな髪が長く容姿が美しく、男女を問わずくるぶしまである衣服を着て、金銀の鎖や宝石のベルトを締めている。

 青年が駆け寄って来て、ジークリートの前で止まった。


「お帰りなさいませ、ジークリート様」

「この子供を、ティリアン王子のもとへ連れて行ってくれ」


 ジークリートの口調は、冷たい美貌に似て冷ややかだ。


「かしこまりました」


 青年は、しっぽを振る魔獣に驚いたようすだったが、何も言わなかった。

 留衣と魔獣は青年に連れられ、王宮に入り広間を進んだ。

 広い石段をのぼって大きな木の扉を開くと王の間で、太陽の光が飾りガラスの窓からさんさんと降り注いでいる。


 鉢植えのツリガネ草が並び、何のために置かれているんだろうと思った瞬間、うつむいた花の部分が明るく光った。照明だ。

 植物で細やかに織られた緑の絨毯の先に宝石で飾られた玉座があるが、誰もすわっていない。


「ティリアン王子は、テラスにおられます。こちらへ」


 青年が言い、彼に従って王の間を通り抜けると、広いガーデン・テラスに出た。

 午後の光が宝石のようにこぼれ落ち、涼しい風が吹いている。


 四本の大木に囲まれた木かげにテーブルが置かれ、椅子に座っていた少年が立ち上がった。

 絹糸のような金色の髪に包まれた、優しい顔立ち。リッシアの雲に似た薄紫の瞳。


 額には、細い銀の額冠サークレットが輝いている。

 夢で会った少年――――夢と同じ青い長衣をまとったティリアン王子が、留衣を見つめた。


「よく来てくれましたね。僕はティリアン。リッシアの王子です」

「亜門留衣です」


 彼女が言うと、彼はほのかに微笑んで手を差し出した。

 ティリアンの手は、さらりとしてなめらかで人間のものとは違う。

 どぎまぎしながら握手し、留衣は赤くなった。


「かけてください。あなたが無事で良かった。その魔獣は?」


 彼女の足もとで寝そべる魔獣に、おやと目を向ける。


「なりゆきで……」


 留衣は、ここに来るまでの出来事をかいつまんで話した。

 オークの根から魔獣が出て来た話をすると、彼の表情がわずかに曇った。


「オークの門から数歩で王宮に着くはずですが。運命だったのでしょうか」


 そう言いながら立ち上がり、そっと魔獣に触れる。

 獣の耳がぴくりと動き、金色の眼が王子に注がれた。


「悪意は感じませんね。害をおよぼす獣では無さそうです」

「手もとに置いてもいいでしょうか」

「あなたが目を離さないと約束してくれるならば」

「約束します」


 ほっとして黒い魔獣を見やり、名前を考えなければと思った。

 料理が運ばれ、ティリアンの前にはお茶の入ったティーカップ、留衣の前に白いスープ皿が置かれる。

 皿には蜂蜜色の料理が入っていて、何だろうとのぞき込む彼女の頭上で、聞き覚えのある声がひびいた。


「妖精の主食、花蜜です」


 振り返ると澄まし顔のエルメリアが、大皿を持って立っている。


「ウェイトレスの仕事を始めたの?」

「ウェイトレスって何? わたくしは見習い神官ですから、修行のため何でもさせていただきます」


 まじめな口調で、エルメリアは答える。


「遠慮なくどうぞ」


 ティリアンが言い、留衣はスプーンを手に取った。

 花蜜をつつくとプリンのような感触で、すくって口に入れるとほのかに甘い。

 エルメリアが手にした大皿から色とりどりの花びらや木の実、芽吹いたばかりの葉、果実を取り分け、花蜜の上に並べた。

 

「これ、食べられるんですか?」


 見た目は花や葉で飾られた蜂蜜で美しいけれど、食べるとなると……。

 疑わしそうな留衣の声に、ティリアンはくすりと笑った。


「妖精は皆、食べていますよ」


 王子の優しい薄紫の瞳にうながされ、留衣は黄色い花びらと花蜜をスプーンですくって食べてみた。

 ぷるんとした食感が舌をころがり、花蜜のほのかな甘みと花びらのかすかな塩けが混じり合う。

 食パンにマーマレードをつけたような味かなと、留衣は初めての妖精料理を味わった。


 さっぱりとして、これまで食べたことのない舌ざわりだ。

 歯ごたえは柔らかなお粥のようだけれど、水っぽくない。


 人間の料理との圧倒的な違いは、風味だ。

 さわやかな花の香りが、のどから鼻に突き抜け、留衣は大きく深呼吸した。


「おいしい!」

 

 若葉は、ほうれん草の味がして苦手だった。

 木の実と果実は、いつも食べている物より味が濃厚だ。


「でも、何か足りない。ベーコンとかチーズとかハムとか」

「動物の肉のことでしょうか。妖精国に動物はいないし、肉は存在しません」


 ティリアンが、静かに答える。


「食べたいと思いませんか?」

「いいえ。人間と違って、そういう習慣がないのですよ」


 王子は微笑し、留衣の背後で召使いの妖精がささげ持つ大剣を見やった。



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