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2  蝶使いの少女と少年戦士  ⑤

 ラエンギルは、ずしりと重い。

 でも心の中を空っぽにすれば、剣も竹刀も同じだ。

 相手の武器をたたき落とす、それだけよ。


 自分に言い聞かせた瞬間、グリンが立て続けに激しく打ち込んで来て、かろうじて防いだ。

 小学生の剣道とは、まったくの別もの。

 グリンは上から下から切りつけ、足げりまでくり出してくる。

 この気はく、スピード――――これが実戦、命のやり取りだ。

 剣の重さに腕が引きつり、振り上げられなくなって、留衣は青ざめた。


(わたし、死ぬかも――――)


 そう思ったとたん、剣が勝手に動き出し、グリンに切りつけた。


「きゃあっ」


 大剣に引きずられ、留衣の腕が上下左右に激しく動く。

 強烈な一撃がグリンの剣をはね飛ばし、彼ののど元に剣先を突きつけた。

 留衣の手首目がけグリンの足が振り上げられた瞬間、黒一色の魔獣が飛びついた。


「うわあっ」


 魔獣が小さな牙で、グリンのズボンにかみついている。

 払いのけられ、地面に叩きつけられて、黒い獣は「みいぃ―っ」と声をあげた。

 猫のように伸びをし全身をぶるぶるっと震わせ、いつの間にか本物の猫ほどの大きさに成長している。


「留衣、危ない!」


 魔獣に気をとられていた留衣が振り返ると、グリンの短剣が彼女の右腕をねらって突き出されている。

 すんでのところでかわし、留衣は横に飛びのいた。


「ちっ。これまでか」


 グリンは素早く地面の武器を拾い上げ、黒の森に向かって走り出した。


「逃げる気?! そうはさせないわっ」


 エルメリアが皮袋から取り出した草笛を吹くと、シェーラが大きな羽を広げ降りて来た。

 水色の空に蝶の群れが現れ、急降下してグリンを追う。

 

 グリンは足を止め、右の人差し指を天に向けた。

 つむじ風が起こり、草を巻き上げる。

 風は竜巻となり、蝶部隊におそいかかった。

 蝶が風にあおられ、散り散りになっているすきにグリンは再び走り出し、シェーラがエルメリアだけを乗せて飛び上がる。


「置いて行かれちゃったよ……」


 留衣は、グリンが姿を消した黒の森を見やり、小型犬ほどの大きさに変化している魔獣に目を見はった。


「見るたびに大きくなるね。魔獣って、そういうもの?」


 留衣の足に体をこすりつけ、「みいぃ~」と甘えた声を出す獣。

 再び空を見上げると、王室蝶の群れは黒の森に逃げ込んだグリンを追い、黒アゲハとシェーラだけが降りて来た。


 黒アゲハから降り立ったのは、長い銀色の髪をなびかせた美青年である。

 くるぶしまである象牙色の貫頭衣の上に青い薄絹をまとい、前髪を象牙のくしで留め上げている。

 年の頃は、17,8歳だろうか。


(きれいな人――――)


 と思うものの、彼の目つきが鋭くて、にらみつけられている気分だ。


「彼女が、アーモンの留衣です。ティリアン王子に召喚されたものと思われます。留衣、この方はジークリート伯爵よ」


 エルメリアが紹介し、青年の目がますます冷たくなった。


「ティリアンは、人間界から戦士を召喚したと言っていたが。こんな子供とは」

「こんな……?」


 むっとする留衣と冷ややかな公爵の間に、エルメリアが笑顔で突入する。


「留衣は、腕のいい剣士です。わたくしが近侍として、目の前ではっきりと見ました」

「近侍? 誰が決めたのだ」

「ふたりで。ね、留衣」


 ね、と言われても……。

 エルメリアが何をたくらんでるのか、あとで説明してもらおう。

 留衣はしぶしぶ、うなずいた。


「……ええ、まあ」

「勝手に決めるな。ついて来い。王宮へ向かう」


 命令することに慣れた口調だ。

 ジークリート伯爵には、軍人のような雰囲気がただよっている。

 でも彼は、デイジー族の長だ。

 デイジー、かわいい花なのに。


(似合ってないぞ……)


 小さな可愛らしい妖精でなくて、留衣はがっかりした。



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