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2  蝶使いの少女と少年戦士  ③

(リッシアは「庭園」という意味だと、おじいちゃんは言ってたっけ)


 そんな事を思い出しながら、地平線のかなたまで広がる花園を楽しんだ。

 薔薇はいつしか色とりどりのチューリップとアネモネに変わり、やがてデイジーが丘をおおった。

 遠くに城が見え、小さな家々が城を囲んでいる。


「ステキな眺めね。あのお城には、誰が住んでるの?」

「あれは、デイジー城よ。このあたりは、ジークリート伯爵の領地なの。ジークリート伯爵の一族は、デイジー族と呼ばれているのよ」


 デイジー族――――。

 小さくて可愛らしい一族なんだろうな。


 リッシアに住んでいるのは、おもに花の妖精だと祖父から聞いている。

 人間界のオークとリッシアのオークはつながっていて、人間界が荒れるとリッシアも荒れる。

 とくに、庭園の手入れは欠かせない。

 とりわけ花は大事だと、毎日庭仕事に精を出してたっけ……


「あなたは何族?」


 留衣がたずねると、エルメリアはツンとあごを上げた。


「タンポポよ」


 エルメリアがぱっちりとした目を細めてにらんだから、留衣は反応に困った。

 何でにらむの?


「えっと……可愛い花だよね。丈夫で、ふまれても枯れない、たくましい花と言うか」

「どうしてタンポポがふまれなきゃならないのよ。長生きしたかったら、言葉に気をつけてね。わたし、とっても気が短いから」


 エルメリアは怒った顔で、皮袋の中をかき回している。

 何が入ってるんだろう。

 と言うより、何を怒ってるの?

 よくわからないけど、タンポポの話題をふらない方がいいことだけはわかった。


「あの森は何?」


 話題を変えることにして、黒々とした森を指さした。

 森は帯のようにつながって、リッシアのまわりを囲んでいる。


「あれは、黒の森。辺境の蛮族からリッシアを守るためにあるの。森の外が、辺境と呼ばれる土地よ」


 森を境にして、風景が変わる。

 緑豊かなリッシアと、辺境の荒れた茶色い大地。

 上空から見た黒の森は木々がうっそうと茂り、所々で野イバラが白い花を咲かせている。


「木を切った跡があるね。煮炊きか何かに使うの?」

「いいえ。リッシアの住民は、神聖な森の木を切るなんてバチ当たりな事しないわ」


 エルメリアは森を見て、小さくため息をついた。


「あれは蛮族のしわざよ。野蛮な連中が、少しずつ木を切り倒してるの。黒の森に侵入路を作るために。蛮族は、リッシアに攻め入ろうとしてるから。リッシア軍が、蛮族たちを攻めた時期もあったんだけど……」

「それ、戦争?」

「ええ」


 留衣は、うなずくエルメリアと辺境の荒地を交互に見た。

 妖精国で戦争が起きている――――!


「蛮族って、どんな人たち? 怪物か何か?」

「いいえ、妖精よ。下品で乱暴な奴らだけど」


 妖精同士が戦っている――――。

 人間同士で戦うようなものだろうか。


「戦争の原因は、何?」

「食糧かしら。私たち妖精は花蜜を主食としてるけど、辺境はもともと花蜜が少ないの。リッシアの先代王サフォイラス様は、辺境の部族に援助をしておられたけど、国内の花蜜が少なくなって援助できなくなってしまったの。そしたら辺境の連中、長年の恩も忘れて、リッシアに住まわせろなんて言い出して。争いになってしまったのよ」


「一緒に住めないの?」

「あんな連中と住むくらいなら、妖精郷に移るわ」


 エルメリアは鼻の頭にシワを寄せ、思いっきり嫌そうな顔をした。

 どうやら蛮族は、がまんできないほど嫌な妖精らしい。


「サフォイラス王はどうなったの? ……先代って言った?」


 サフォイラスの名は、祖父から何度も聞かされている。

 何千年にもわたり、リッシアを治めた英明なる妖精王だ。


「……戦死されたわ。何年か前、蛮族との間に大きな戦争があったの」

「妖精は死なないって聞いてるけど。リッシアに長年住んだ後、自分の意思で妖精郷にわたるって」


「心と体に回復不能の傷を負うと、妖精は消えてしまうのよ。それを止めるには、妖精郷に移住するしかないの。不本意な移住を『死』と呼んでるの」


 エルメリアは、かなしそうに目を伏せた。


「妖精郷には先祖が住んでるし、どんな所なのか分かってるから不安はないけど、まだリッシアに住みたいと願いながら――――妻子がいるとか、やり残した仕事があるとか、そういう思いがあるのに、リッシアに残れないのは悲しいわ」

「そうでしょうね……」


 留衣は、うなだれるエルメリアの横顔をかなしく見やった。


「あら……?」


 突然エルメリアが顔を上げ、一点を見つめた。


「見かけない顔だわ」

「顔……?」


 エルメリアの視線の先には、黒の森から出て来たと思われる人影があるが、遠すぎて服装すらはっきりとは見えない。


「この距離で、顔まで見えるの?」

「妖精は人間より目がいいのよ。シェーラ、あの怪しい人物の上を飛んで。もしも蛮族の兵士なら王宮に知らせて――――ううん、ひっとらえて突き出せば、手柄になるかも」


 さっきも手柄がどうとか言ってたけど……。

 エルメリアの様子はガラリと変わり、悲しい表情はどこへやら。

 猛獣並みに目をぎらつかせ、獲物を追っている。


「留衣、その剣使える?」

「えっ、まあ……」

「まあ? 使えるの使えないの、どっち?」

「どういう意味? 追いつめられたら何とかできるって程度よ」

「振り上げることはできる?」

「かろうじて」


 最初は重くて持ち上がらなかったのに、いつの間にか振り上げられるようになった事を思い出し、留衣は首をかしげた。

 魔獣を助けようとした時からだ。

 慣れただけかもしれないけど。


「振り上げられる?!」

「だから、そう言ってるじゃない……何よ、その意味ありげな笑い」


 エルメリアがニタリと笑い、留衣はぎょっとした。


「振り上げられるのね? へー、ふーん。わたし、あなたの近侍になるわ」

「近侍って?」

「付き人のことよ。あなたのお世話をして、これから何をどうするか予定を組むの。この世界に慣れてないんだから、すべてわたしに任せてね」


 マネージャーみたいなものか。それにしても……。

 エルメリアのうれしそうな笑顔が不気味だ。

 

 きっと何かたくらんでる。

 手柄がどうとか何度も言ってるし……。

 

 肩にしがみついた魔獣が、羽を動かした。

 丸まっていた羽がきれいに広がり、体が大きくなった気さえする。


「見て。やっぱり蛮族よ。あのみすぼらしい服装でわかるわ。シェーラ、あいつの正面に降りて」

「ちょっと、まずくない? 武器を持ってるみたいよ」


 腰に剣、背中に斧、肩に弓。

 上空から、エルメリアが蛮族と呼んだ男が武装しているのがはっきりと分かった。


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