表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

6  妖精王と真夏の庭園  ④  ~最終話~

 

 アシュタリエンが発した光は空を流れ、雨となって大地をうるおした。

 若草が荒地をおおい、白呪におかされた人々は健康を取り戻し、妖精界は奇跡に包まれた。


 アシュタリエンの種をリッシアで育て、苗木のうち3本を奇岩平原・枯れ谷・アシ湿原の3部族に贈ることが正式に決まり、リッシアと辺境の兵士は肩を叩き合って握手した。


 残り17本はアシュタリエンを囲む森となり、やがて実をつけるだろう。種は全部族に公平に分配され、妖精界はよみがえるだろう。誰もがそう願うなか、奇岩平原族長だけは渋い顔である。


「人間の子供が、妖精を支配するとはな。断言してやる。戦争になるぞ」

「支配なんかしません。戦争にはなりません!」


 言い返したけれど、怒りまじりで去って行く族長の後ろ姿を見ながら、留衣は不安におそわれた。

 妖精の王は、やっぱり妖精から選ぶべきなんじゃないのかな――――。


「気にするなよ。あいつ、地位があやういからイラついてるんだ」


 グリンの声に、振り返った。


「地位があやうい?」

「ルトガーをっちまったからな。責任を問われるだろう。もともと剣の腕だけで成り上がった男だから、戦争が無くなれば用済みさ。外交の上手な奴が新しい族長になるぜ、きっと」


「そういうもの?」

「リーダーは、その時の状況に合わせて選ぶ。でないと、俺達のような貧しい部族は生き残れないんだよ」

「なるほど」


 状況に合せ、リーダーを選ぶ。妖精王もそうなんじゃないかと彼女は思った。


「あら、野蛮人のグリン。ちょっと留衣を借りるわよ」

「なんだと、タンポポ女」


 ムッとするグリンから留衣をかっさらい、エルメリアは彼女を長老のもとへと連れて行く。


「妖精女王陛下は、わたくしの素晴らしい働きをお認めになり、タンポポ族を貴族にし、領地を進呈したいとおおせです」

「……は?」


 すらすらと口上をのべるエルメリアの横顔を、留衣はあっけにとられて見つめた。

 素晴らしい働きって……。

 戦争に参加したのは勇ましいと思うけど、それはエルメリアだけじゃないし、タンポポを貴族にするとか領地を進呈するとか、一言も言ってないんですけど。


「本当なのか、ルイどの?」

「え? まあ、はあ……友達なので」

「タンポポを貴族にすると?」

「当然ですわ。タンポポは、妖精女王陛下の近侍をつとめる一族ですもの」


 とまどう長老たちから同意をもぎ取り、エルメリアは意気高く、紅薔薇公爵と白薔薇侯爵を相手に領地交渉を始めた。


 ラエンギルが妖精女王を選んだという知らせは、またたく間に妖精界に広がった。

 戴冠式までの間、辺境軍はいったん故郷に帰ることになり、リッシア王宮の外で宴が開かれた。


 リッシア中から集められた衣類と食料が兵士たちに贈られ、手配したのはジークリート伯爵である。


「ありがとう」


 留衣が言うと、伯爵は眉を上げる。


「礼を言わねばならんのは、私の方だ。言い遅れたが、よくやった。ありがとう」


 微笑する伯爵を、留衣は照れながら見上げた。

 よくやった、ありがとう――――。短い言葉が胸にしみる。


 テーブルに並んだ料理は、あっという間に千人の胃袋におさまり、明るい笑い声が広がった。

 ヴァイオリンに似た楽器が奏でる、陽気な音楽。歌声。高く組まれた木材が赤々と燃える周囲を、リッシアと辺境の兵士が入り混じって踊る。


 歓声が聞こえ、振り返るとティリアン王子が人々に囲まれていた。  

 医師が言うところの奇跡が起こり、彼は目を覚ましたのだが、面会できない日がつづいていたのである。


「ティリアン王子、元気そうで良かった」


 留衣が駆け寄ると、王子はほのかに微笑んだ。


「あなたのおかげですよ、ルイ女王」

「女王……その事で、お話が。あなたに話したいことがあるんです」

「散歩しませんか」


 ティリアンにいざなわれ、留衣は彼と並んで歩いた。

 王宮のまわりを果樹が囲み、甘く美味しそうな香りがただよっている。


「わたし、妖精王の代理になります」

「代理?」


 彼はけげんそうに首をかたむけ、彼女を見つめた。


「いつか妖精の中から、本当の妖精王が現れるでしょう。たとえば、あなたが元気になってリッシア王位を継がれた時に。お父上のサフォイラス王は、あなたにラエンギルをゆずったんでしょう? あなたならきっと立派な妖精王になれると、信じたからだと思います。わたしも信じてます」


「僕が妖精王になるだろうと言いたいのですか?」

「はい。早く元気になって、剣と王位を継いでください。でなければ、他の妖精に盗られてしまいますよ。また奇岩平原族長のような奴が現れて、リッシアをねらうかもしれない」

「僕を気づかってくれているのですね」


 王子は、淡い紫の瞳をまたたかせた。


「早く元気になることを誓います。妖精女王を支え、助けるために。ラエンギルが選んだのは、あなただ。リッシアもオークも僕も、あなたを必要としています」

「必要とされる限り、がんばります」


 留衣は笑顔を返し、ティリアンの明るい笑みに、ほっと胸をなでおろした。



 一時帰宅することにした留衣は、妖精たちに見送られ、アシュタリエンの下に立った。

 ラエンギルをティリアン王子にあずけ、来た時のTシャツとジーンズを身につけている。


「これまでの例では、あなたに戻る意志がある限り、3つ数える間にこちらへ戻れるはずです。僕たちは、ここで待っています。戻る時は、オークの幹にふれてください。木は、いつでもあなたを受け入れるでしょう」


 王子が言い、3つ数える間とはどういう意味だろうと留衣はとまどった。

 理解できないままに、エルメリアが耳もとでささやく。


「早く帰って来てね。わたし達、もっと頑張らなきゃ。公爵めざして」


 タンポポ族は、男爵の称号を得たはずだけど。エルメリアは満足してないんだなと、思わず笑った。


「戻りしだい戴冠式を行う。無事に戻れ」

 

 ジークリートが言い、グリンが彼女の前に立つ。


「カゼひくなよ。厚着しろよ。冷たい風にあたるなよ」

「子供じゃないんだから」

「子供だろーが」

「ひどい」


 グリンのさわやかな笑い声が、心地良くひびいた。


「行くぞ、留衣」


 ゼウスが黄金の尻尾をなびかせ、うす紫の樹木に飛び込んだ。


「行ってきます」


 留衣は笑顔で手を振り、オークの幹を正面に見て、緊張の面持ちで一歩前に出た。

 紫一色の世界に包まれ、振り向くと妖精たちの姿は消えている。

 足もとで、ゼウスが彼女を見上げた。


「2歩進めば、人間の世界だ。忘れるな、俺たちのことを」

「忘れない。みんなと約束したんだから。必ず戻るよ」

「待っている」


 ゼウスの頭をそっと撫で、今度は足を踏みはずさないよう、真っすぐ前を見て進んだ。

 ふいに光がおとずれ、目がくらむ。

 細くまぶたを開くと、目の前に広がるのは亜門邸の庭園である。


 地面に『不思議の国のアリス』の本が置かれ、午後の風が吹き抜けていく。

 見上げると、オークは緑濃い葉をぎっしりと抱え、葉かげでドングリが寄り添うように並んでいた。

 おじいちゃんが待ちこがれた、ドングリ――――!


 真夏の庭園は薔薇と様々な花におおわれ、祖父の思い出と愛情に満ちあふれている。

 盛り土を包むようにデイジーが咲き広がり、いけ垣はきれいに刈り込まれた黒っぽいヒノキだ。

 桜の木に囲まれた池で、ピンク色に咲くスイレン。


 リッシアに似てる。おじいちゃんが言った通りだ。ただの庭じゃない。妖精国と重なってる。

 

(おじいちゃん……)


 助けてくれて、ありがとう。おじいちゃんが愛した庭は、きっと守るからね。じんわりとにじむ涙をぬぐい、歩き出した。


 紅薔薇と白薔薇の間で、一輪のタンポポが風に揺れている。やったね、エルメリア!

 

「留衣~、おやつよ~」


 祖母の声が聞こえ、勝手口まで一気に駆けた。


「おばあちゃん、わたし、妖精国に行って来た! おじいちゃんが、魔術師になってたよ!」

「あらあら。ずいぶん遠くまで行ったのね。お腹がすいたでしょう」

「うん」


 ホットケーキを食べながら一部始終を話すと、祖母は目をうるませ、笑顔でうなずいた。


「おじいちゃんが、元気そうで良かった。亡くなってるのに元気そうだなんて、変だけど。いい夢を見たね」

「夢じゃないよ。そろそろ行かなきゃ。ホットケーキ、持って行っていい? おみやげに」


 大急ぎで食べ終わり、ホットケーキの入ったタッパーを手にオークに飛び込むと、声が聞こえて来る。


「1,2!」


 うす紫のかすみの向こうで待つ、金の魔獣。ティリアン王子、ジークリート伯爵、エルメリア、グリン。


 大切な仲間たちが「3!」と声をあげる輪の中に、留衣は勢いよく飛び込んだ。



                  完

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

『12歳の妖精国冒険記』は、これにて完結です。

読者のみなさまに感謝!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ