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6  妖精王と真夏の庭園  ②

 族長たちは、つらく悲しい思いをして来たのだろう。

 オークの苗木一本で悲しみがいえ、戦争が終わるなら――――。

 オークはきっと、わかってくれる。


「アシュタリエンの種は、20個あります。みんなで種を育て、苗木を各部族に一本ずつ渡すことを……」

「やめておけ」


 留衣の言葉をさえぎったのは、ジークリートである。


「苗木が欲しいのは、ここにいる者どもだけではない。アシュタリエンが種をつけたと知れれば、あらゆる国・部族がやって来るだろう。20では足らん。公平であろうとするならば、一本たりともわたすべきではない」

「それは……そうなんだろうけど」


 留衣は、足元で寝そべるゼウスに目をやった。

 黄金の使者は、耳をぴくぴく動かし会話を聞いているが、口を開こうとはしない。

 妖精王を選び、王にすべてをゆだねるのがいいんだろうか。

 ここにいる自分の部族の事しか考えていない人たちに、ラエンギルを渡したくないけれど……。


「ラエンギル――――」


 つぶやきながら左手を青銀のさやに置き、右手でゆっくりと剣を抜いた。

 幅広の刃に朝日が落ち、白銀色の光を発している。

 十字の柄に埋められたダイヤモンドが氷のようにきらめき、まぶしい光を放つ。


 目をおおう輝きに全身を包まれて、アシュタリエンの根の中の光に似ているなと彼女が思った瞬間、場にどよめきが走った。


「印だ……!」


 ジークリートが椅子を倒して立ち上がり、留衣はラエンギルを見下ろした。

 ダイヤモンドの色が、氷に似た透明からアメ色に変わっている。


「これ……コハク?」

「そうだ」


 ゼウスが立ち上がり、うなった。

 留衣の背後でアシュタリエンの枝が揺れ、葉がざわめく。

 神殿地下にあるコハク鏡を思い出し、留衣はたずねた。


「ラエンギルは、コハク鏡とつながりがあるの?」

「ラエンギルのコハクは、オークのコハク。ラエンギルの意思は、オークの意思。ラエンギルは、俺と同じくオークの使者だ。オークと妖精を結ぶ者として妖精王を選び、王を守るのが務めだ」


「オークが妖精王を選ぶということ? そうなの? みんなはこの事を知っていたんですか?」

「戦争の勝者が王となる時代を終わらせるため、ラエンギルを利用しただけのこと」


 言い放つ奇岩平原の族長を、留衣はキッとにらんだ。


「知っていて、自分たちだけで妖精王を選ぼうとしたの? オークは共に生きようと言ったのに。これまで何人もの妖精王を選んでもらっておきながら、利用するだけ利用してオークを見捨てる気なの?」


 ラエンギルを握りしめ、立ち上がる。


「最初に言った通り、オークの森を復活させます。それがオークの意志であり、希望だから」

「だまれ!」


 怒声をひびかせたのは、奇岩平原族長である。


「ここは妖精界だ。オークの世界ではない。我々がオークを管理する。うまく種を育てれば、次の種も収穫できるだろう」

「本音が出たな」


 ジークリートが、うすく笑った。


「オークへの敬意も感謝も失ったか。貴様らにとってラエンギルはもはや、ただの金属なのだろうな」

「人間の小娘ふぜいに王の印を与えるような剣に、誰が従うと言うのだ。ラエンギルは、狂ったのだ」

「しかし――――本当だったのだな。王が現れた時、ダイヤがコハクに変わるというのは。うーむ」


 ラエンギルに見入る枯れ谷族長を、奇岩平原族長が叱り飛ばした。


「感心している場合か。ラエンギルは狂い、剣が妖精王を選ぶ時代は終わった。我々で話し合い、新しい妖精王を選ぶべきだ」

「オークから受けた恩義も、長年の伝統も無視か。さすが辺境の文化は違うな」


 ジークリートの顔に浮かぶ笑みは、ますます冷ややかになり、アシ湿原の族長が言葉をはさむ。


「俺は、ラエンギルに従いたい。しかし、人間の小娘には従えん」

「人間だと思わなければいいんじゃないですか?」


 ここまで黙って聞いていたグリンが、軽い口調で言った。


「留衣は、魔術師だ。呪文ひとつでアシュタリエンの氷を溶かし、病をいやした。凍っていた種を生き返らせ、実らせたのも彼女だ。すぐれた魔術師に従うと考えれば、問題ないでしょう」


 グリンが味方してくれた――――。

 留衣の目が丸くなる。

 しかも、魔術師――――わたしが?

 ううん、魔術師はわたしではなく、おじいちゃんだ。

 おじいちゃんから教わった呪文――I Love You――が、オークを救ったのだ。 


「若造が口を出すな」


 一喝する奇岩平原族長を、グリンは横目で鋭く見やった。


「奇岩平原には、若造が数多くいますよ。俺たち若造は、年寄りの密談より、ラエンギルの宣託のようなスッキリした方法を好みます。どんな方法で妖精王を選ぶにせよ、俺たちが納得できるよう説明してもらえるんでしょうね?」

「口をつつしめ!」


 グリンは肩をすくめ、ルトガーが重い口を開く。


「私は、グリンに賛成だ。ラエンギルの宣託ならば、妖精界すべての国・部族が納得するだろう」

「子供が妖精王だなどと、誰が納得するというのだ。同じ人間でも、ルトガーなら納得のさせようもあるが」

「留衣は子供ではなく、魔術師だとさっき言ったでしょう」

「おまえ、いつから裏切り者になった」


 吐き捨てる奇岩平原族長。グリンは天をあおぎ、オークは味方を求めているんだろうと留衣は思った。


 ここにいる族長たちは、オークを助けようとはしていない。

 だからオークは――――ラエンギルは、わたしを選んだのだ。

 その信頼と期待にこたえたい。


「ラエンギルに選ばれたんだから、わたし、妖精王になります!」


 留衣は、大声で宣言した。



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