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5  翼の魔獣と光の呪文  ③

 実をつけるはずだったのに、つけられなかった幼い命たち。


「アシュタリエンの育児部屋みたいな場所だな」

「生まれることができなかった赤ちゃんの部屋よ」

「……だな。おまえ、いい力を持ってるよ」


 緑の目に尊敬の色が見えた気がして、留衣はどぎまぎした。


「氷を溶かさないと」


 どんぐりの前で膝をつき、両手を氷に乗せる。


(おじいちゃん、力を貸して……)


 オークについた白カビをけずる祖父を思いうかべ、指先に力を入れた。

 祖父はできるだけ刃物を使わず、指の爪でいつくしむようにカビを取り除いていた。

 すぐに良くなる、大丈夫痛くない、とまるで子供をなだめるように優しく語りかけながら。


「I LOVE YOU ……愛してる……オーク」


 押し寄せるオークの哀しみと悲嘆を受け止め、留衣は心の中で森を思い描いた。

 黒の森をはるかに越える、広大なオークの森を。

 木々の間を、さざめくように通り抜ける風。

 枝が揺れ、葉が音楽を奏でるだろう。

 もう一度、森を作ろう。

 どんぐりがあれば、できる。


(あなたが新しいオークの森の王になるのよ。黒の森の王のように、すべての木の先祖になるのよ)


 凍りついたアシュタリエンに、夢見るように伝えた。

すべてが今、始まる――――ここには希望がある。


「……もういいぞ」


 グリンのかすれた声に、彼女は目を開いた。

 氷が溶け、あたりは水びたしだ。

 グリンがしゃがみ、手のひらに乗せたどんぐりを指で探っている。


「……死んでるの?」


 留衣は短くまばたきし、のどの奥にこみ上げる熱いものを呑み下した。

 生まれることもできないまま、死んでしまったの?


「――生きている。しかし、生まれることができない」


 太く低い声が聞こえ、彼女は目を見開いた。

 ゼウスが、しゃべっている。

 森の王の時と同じだが、今度は不自由そうな声ではない。


「どうして生まれることができないの?」

「――力がない。生まれる力、生む力がない」

「どうしたらいい? どうしたら生まれることができる?」


 ゼウスが上を見上げ、留衣もつられて視線を上げた。

 根のはるか上方に小さな光が見え、あのあたりが地上なのかなと思う。


「――あそこまで行くことができれば、あるいは」

「よし。風で吹き飛ばしてやる」


 グリンが言い、留衣はあわてて止めた。


「やめて。どんぐりが落ちて割れたらどうするの。それよりゼウス、あなたは飛べるんだから、上まで運べるんじゃない?」


「――俺には命を生み出す力がない。子供たちを抱き、俺に乗れ。この子たちを光の向こうに連れ出してくれ。おまえに力があるなら、あるいは奇跡が起こるやもしれん」

「わかった」

「俺も手伝う」


 グリンが言い、留衣は彼の手からどんぐりを取り上げた。


「言っておくけど、どんぐりは渡さないから。森を作るの。オークと約束したのよ」

「これから先も種が生まれるなら、森はいつでも作れるだろう。辺境にはオークが必要だ。今すぐに」


「まずは、アシュタリエンを元気にしなきゃ。そのためには森が必要よ。オークの生む力が無くなったのは、森が無くなったからよ。種は一本の木が生み出すんじゃない。森全体で生み出すの。アシュタリエンは実の生る最後の一本として頑張ったけど、力つきてしまったのよ」


「人間のおまえに、何でそんな事がわかる?」


 グリンは目を細めて留衣を威嚇し、留衣も負けずににらみ返した。


「人間だからこそ、妖精には見えないものが見えるのよ。妖精は自分の生活に必死で、まわりが見えてないよ」

「生活に必死で何が悪い」


「――オークの種をどうするかは、オークが決める」


 ゼウスの金色の眼が、グリンを見すえた。

 グリンは眉根を寄せて立ち上がり、身がまえた。


「おまえ、魔物ではないな。何者だ」

「――俺の声は、オークの声。俺の言葉は、オークの言葉。俺は、オークの使者だ」

「えっ」


 留衣が目を見張り、ゼウスをまじまじと見つめる横で、グリンが真剣な口調で言いつのる。


「ならば頼む、オークの使者よ。辺境に種をくれ。辺境の妖精が、餓死する前に」

「――断る。おまえ達妖精が、オークに何をもたらした。孤独、絶望、死――――。もうたくさんだ」

「何とか頼む。辺境での暮らしは、限界に来てるんだ」

「オークだって、限界に来てるのよ。力を取り戻すには、まずは森を作らないと。妖精は、森に住めばいいじゃない」


 留衣の提案に、グリンは首を横に振った。


「花蜜のとれる花畑を作るには、日当たりのいい広大な土地が必要だ。森では狭すぎる。オークが一本あれば、リッシア並みの国が一つでき、ここにあるオークの種すべてを使えば、辺境が豊かな土地に変わる」

「そして、二度とオークの種は得られない。グリンは馬鹿よ」

「馬鹿だと?」


 グリンは気色ばみ、すぐに気を取り直してゼウスに声をかけた。


「病気はどうなんだ。治療法はあるのか? 森を作る以外に」

「――どうかな。俺は、妖精に言葉を伝えるために生まれた。俺には俺のつとめがある」


 ゼウスはそう言い、山積みになったどんぐりをペロリとなめた。

 留衣はどんぐりをつかみ、20粒ほどありそうだと数えながら、片手でグリンを押しやった。


「近づかないで。わたし、あなたを信用してないから」

「盗みはしない。今は」


 今は――――?

 必要なら盗む気だなと、グリンをにらむ。

 リッシアの妖精たちが、蛮族とは一緒に暮らせないと言った意味が、ほんの少し分かった気がした。 

 グリンは抜け目のなさそうな立ち居振る舞いといい、小悪党そうな顔つきといい、火つけ盗賊その他ありとあらゆる犯罪をやってのけますと全身で物語っている。


「――行くぞ、留衣」


 ゼウスにうながされ、留衣は黒い魔獣の背にまたがった。


「俺を置いて行く気か。そうはさせないぞ」

「来た道を戻ればいいでしょ。オークより妖精を優先させる奴に、ゼウスに乗る資格はないの」


 言い終わらないうちにゼウスが空中に飛び上がり、グリンの手が魔獣の長い尻尾をつかむ。


「置き去りにされてたまるかっ」

「しつこい! あんたはオークの敵……」


 留衣の言葉は、続かなかった。

 目もくらむ光輝が彼女を包み、魔獣は光の色に染まりながら上へ上へとのぼっていく。


 黄金の魔獣の背で光の雨を浴びながら、留衣は手のひらを広げた。

 20粒のどんぐりの周囲で光の粒子が揺れ、一気にはじけ飛ぶ。

 オークの種は光に溶け入り、留衣の手のひらから消え去った。




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