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【閑話】儂の生徒は天才だ

 (わし)の名前はグリセウス。代々魔王一族の教育を担当する、シレノスの一族じゃ。


 今代の魔王陛下は立派にお育ちになり、孫にかこまれて余生を謳歌していたある日。陛下の婚約者殿下の教育係を打診された。なんでも殿下は冥界出身で、この世界のあれこれを知らないから、一から教えて欲しいとのことじゃった。


「ほほう。このグリセウス、生涯最後の仕事と思って拝命いたしましょう」


 この歳になっても、声がかかったことが嬉しかった。

 必ずやブラストマイセス一の淑女にお育ていたしましょう、そう決意した。まずは刺繍に歌唱、絵画。国外出身であれば、乗馬や教養まではさすがに厳しかろう、そう思っていたのじゃが――――


「先生、課題が終わりました。次の項目を教えて下さい!」


「な、なんじゃと!? 本当に覚えておるのか、確認させていただきたいのじゃが……」


 課題はたっぷり10ページはあったはずじゃ。一週間はかかる量であり、一晩で終わるだなんてあり得ない事態だ。


「はい、もちろん良いですよ」


「……中枢議会の構成員は?」


「魔王陛下、宰相、内務大臣、外務大臣、騎士団長です。構成員の過半数の賛成が得られなければ、国としての決定を為すことはできません。また、魔王陛下以外の役職について、任命と罷免は議会の承認がないといけません。これにより、公平な審議ができるようになっています」


「す、素晴らしいですじゃ。では、我が国の学校制度は?」


「10歳から13歳までは義務教育です。平民は平学校、貴族は貴学校に通います。そのあと、希望者は2年制の専門学校に進学します。職業に応じて騎士学校や士官学校などがありますが、義務教育と違って学費がかかるため、多くの平民は進学せずに家業を継ぐのが一般的です。なお、魔族は独自の生態を持つため、学校教育は任意となっています」


「ふむ、完璧ですじゃ」



 やってきた陛下の婚約者殿下は、どうやらとんでもない秀才のようじゃった。しかし本人にその自覚はなく、ただ勉強が好きで仕方ないといった様子。まるで幼少期の魔王陛下そっくりじゃが、教師役としては非常に育てがいがある。

 少々このグリセウス、意地悪をしてみたくなる。いや、年を取ると人を試したくなる時もあるのじゃ。


「ではセーナ殿下。魔法、魔術具、魔片具の違いを教えてくれるかの」


(これはまだお教えしていない範囲。いくらなんでも、教えていないことは知らんじゃろう)


「はい。まず、魔法と魔術は魔王陛下固有の能力になります。魔法は実体験した現象を再現する模倣であり、魔術は生活の中に魔法を落とし込んだ芸術になります。魔術をモノに込めた場合を魔術具と呼び、基本的に王城のみで使われています。そして、魔片は魔物の身体の一部ですね。例えばドラゴンの鱗だとか、メドゥーサの蛇の抜け殻とかです。魔片にはその魔物の能力が残存していることがあり、近年は魔片を埋め込んだ便利用品が流通しているようです」


「……!!」


「あっ、回答が不足でしたでしょうか。魔片具の具体例としては、ラドゥーンの鱗を使用したものは懐炉(カイロ)として、雪女の髪の毛を埋め込んだものは冷蔵庫として人気のようです。ブラストマイセスにガスや電気は無いですから、それに代わるような魔片具が人気と聞いています」


「よ、よく勉強しておるの……」


「ふふ、先生意地悪しましたね? その項目はまだ習ってませんよ。でも、偶然にも昨日図書館で読んだ本に書いてあったんです。危なかったぁ~!」


 試された、という非礼に怒ることもなく、むしろ非常に機嫌のいい様子のセーナ殿下。

 長く教師役を務めているが、こんな生徒は初めてじゃ。何か熱いものが胸の奥で(たぎ)るのを感じた。


 殿下は座学だけでなく、乗馬まで非常に優秀じゃった。なんでも生前は馬を操る組織に所属していたのだとか。本当に、このお方は底が知れない。この分であれば、刺繍や歌唱も満点以上でこなすに違いないじゃろう――――



「♪ボエ~~~~!!!」


「!?」


 伴奏をするピアニストの指が、思わず止まる。


「せ、セーナ殿下? お戯れは不要じゃから、本気でお歌いになって良いのですぞ」


「え? えっと……、はい、分かりました。もう一度お願いします」


 歌唱の科目。ピアニストの演奏に合わせて、歴代魔王陛下の戦績を称える伝統歌を歌っているのだが――


「♪ボエ~~~~!!!」


「っ……!!」


 ピシッ、と不穏な音が聞こえた。


 慌てて周囲を見渡せば、窓ガラスにヒビが入っていた。

 ピアニストは苦悶の表情を浮かべているが、プロ根性でどうにかピアノにかじりついている。

 ――なんだか耳がぐわんぐわんして、足元がふらついてくる。……これは歳のせいなのか、それとも――


「♪ボエ~~~~!!!」


「せ、セーナ殿下、もう大丈夫じゃ! 今日の所は、これでお終いとする!」


「……分かりました。ありがとうございました」


 決まりの悪い顔をして、とぼとぼと部屋を出ていくセーナ殿下。

 ふぅ、と深くため息をつき、その背中を見送る。


 さすがにこれは、落第だ。


 さらに、刺繍や絵画の科目も壊滅的な、いや、ある意味天才的な実力を見せつけたセーナ殿下。どうしたものかと思い、陛下に報告をあげた。




「ほう、あのセーナにも苦手なことがあったとはな」


 くく、と面白そうに笑う陛下。

 執務室の椅子に寄りかかり、足を尊大な様子で組んでいらっしゃる。


(陛下の笑顔を見るのは、久方ぶりじゃ)


 先代の魔王ご夫妻が崩御して以降、見かけることのなかった笑顔。それをいとも簡単に引き出してしまうセーナ殿下は、何にも代えがたい存在であることを実感した。


「面目ないですじゃ、儂の力量不足で……」


「よい。顔を上げよ、グリセウス。セーナの落第科目は揉み消せ。別に、歌や刺繍が下手だろうと私は気にしないし、彼女にそれらは不要であろう。だが、それでは歴代王妃に示しがつかないのも事実だ。代わりに、座学と乗馬の難易度を引き上げよ。それで帳消しだ」


「……! 御意のままに」


「それにしても……くくっ、これは面白いな。いや、笑っては可哀想なのだが……ふふっ」


 録音の魔術具から流れるセーナ殿下の歌声に、腹を抱えて笑う陛下。


 今夜お部屋に戻られたら、殿下はからかわれるのじゃろうなと思いつつ、執務室を辞する。まあ、お二人仲がよろしいことは大歓迎じゃ。日々多忙で真面目すぎる陛下を老婆心ながら心配していたが、殿下が来てからは生き生きしてらっしゃるからの。



 座学と乗馬の難易度を上げたものの、それすらセーナ殿下は数週間でこなしてしまった。いやはや、恐れ入った。1年かけて行うところ、大幅に繰り上げ修了したかたちじゃ。

 これで儂もお役御免、正真正銘の引退じゃ。孫たちとの日常に戻るか、そう思っていた矢先――――


「先生、お久しぶりです! 急にお邪魔してすみません。お元気でしたか? あの、毒ガスと爆弾を作りたいので、いくつか教えて頂きたいことがあるんです!」


「んぐっ!?」


 儂の平和な老後の生活は、少し遠のいたようじゃ。


お読みくださりありがとうございます。

次回更新は月曜か火曜の予定で、本編の続きです。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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― 新着の感想 ―
[一言] ボエ~~♪ 初期の少女漫画界の中学生アイドル月島き〇りか(ォィ いやジャイ〇ン以外にも音痴キャラおるし使わない手はないかと(ォィ そして先生ぇぇぇ……ご愁傷様ですじゃ( ̄▽ ̄;)
[良い点] 「ボエ~~~~♪」ジャ○アンですか。 [一言] セーナさんにも苦手なものはあったんですね! ただならぬ超人だと思っていたので、欠点があってホッとしました。 最後の「んぐ!?」には笑わせて頂…
[良い点] まさかのセーニャイアンwww 欠点もあって可愛い! ていうか、セーナボイスが一番の兵器になるのでは……www
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