魔王様の誕生日会【後編】
「デル様、たくさん食べてくれてありがとうございます!」
花が咲いたように笑うセーナ。
これが彼女の望みなのであれば、全力で応える選択肢しかない。私は彼女が用意した精力増強メニューを何とかたいらげた。
(セーナが夜に不満を感じていたことに気付けなかった。「もうヘトヘトです、寝ましょう」なんて言っていたのは私への気遣いか、呆れていたのだったな。くっ、婚約者失格だ……)
察したように入室してきた給仕が空いた皿を下げていく。
机の上にはケーキと、淹れたての珈琲が残された。
乾いた喉を潤すために、すぐ手を伸ばす。
(苦い)
――はあ、こんな気持ちは何だか以前にも感じたような気がする。
「では、ケーキを頂きましょうか。これは私が作りました。味見しておりますので、まずくはないと思うのですが……」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめるセーナ。
まさかこのケーキも、だろうか。小刻みに震える両手を彼女に悟られないように、グッと握りしめる。
ケーキは薄い緑色のスポンジとクリームでできており、果実で飾り付けがしてある。中央には板のようなものが置いてあり「デル様315歳おめでとう」と書いてある。セーナ自身が頑張って作ってくれたことが分かり、少し頬が緩む。
彼女はまめまめしくケーキを切り分け、こちらに渡してくれた。
「ありがとう。緑色とはなかなか珍しいが、一体どんな味がするのだろうか……?」
「私自ら採取と加工をした植物を配合しています。が、詳しくは企業秘密です!」
得意げなセーナを微笑ましく思いつつ、スプーンを口へ運ぶ。
「うん、美味しいな。甘すぎないところがいい。果実のみずみずしさともよく合っている」
「ほんとですか!? 嬉しいです!」
私の言葉で安心したのか、セーナの顔がほころぶ。いそいそと彼女もケーキを食べ始めた。
(このケーキは大丈夫そうだな……)
そういうモノ特有の味がしない。まあ、私の知らない植物であればそうとも限らないけれど。さすがのセーナもデザートは勘弁してくれたのだろう。さっき彼女は味見したと言っていたし、これは心安らかに食べられそうだ。
2人で他愛もない話をしながらケーキをつつき、半分食べた。
残りは明日のデザートにすることにした。
夜も更けてきて、そろそろお開きだろうかと口を開いた時――――
「デル様、実はプレゼントを用意しています」
「プレゼント、だと?」
豪華な夕食ですっかり満足していたので、これ以上何かあるとは嬉しい誤算だ。
国王という立場上いろいろと贈り物を貰うが、そのあたりの管理は宰相が上手くやっている。実際私の手元に来るわけではなく、城の業務で使ったり、手を挙げた領地に寄付するなどして有効に活用しているのだ。
壁際にある戸棚から何か包みを取り出すセーナ。
ニコニコしながらこちらに戻ってくる。
「こちらも私が手作りしました。気に入ってもらえるといいのですが……」
差し出されたのは、セーナの顔ぐらいある包みだ。青い布で美しく包装されている。
「ありがとう。これもセーナの手作りだなんて、気に入らないわけがない。ずいぶん無理したんじゃないか?」
「いいえ、そんなことありません。デル様のお祝いをできることが嬉しかったですし、あの、やっぱり、好きな人に喜んでほしかったので……」
次第声がか細くなり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
(おいおいおい、なんだこの生き物? 可愛すぎるだろう!)
ゆるむ口元をかみしめつつ、包装を解いていく。
出てきたのは桃色の蝋燭だった。ふわりとホッとする香りが広がる。顔を近づけて息を吸い込めば、とても安らいだ心地になった。
「可愛らしい蝋燭だな。香りもいい」
「これはアロマキャンドルと言います。いい匂いのする素材を蝋に練り込んであるのですよ。夜寝る前とか、休憩中に使うのがおすすめです。リラックスできますよ!」
「ほう、興味深いな。さっそく今夜使うことにしよう。――もう1つ入っているな、これは?」
黄色い毛糸で編まれた、三角錐の形状をした布だ。ところどころにキノコを模した飾りがついており、何とも可愛らしいものだ。これを私に??
「こちらはデル様の角カバーです。あの、裁縫は苦手でして、ロシナアムに教えてもらいました。頑張ったんですけど、見栄えが悪くてすみません。元のお色に合わせて黄色で……何か物足りないので、霊芝という縁起のいいキノコも付けてみました」
「角カバー?」
「角カバーです。デル様のお角は……その、デリケートな部分ですので、人前に出ない時は何かで覆っておいた方がいいと思うんです。つけてみますか?」
(確かに、角は感覚が研ぎ澄まされた部分ではあるが――。この可愛らしいカバーをつけるのか……)
果たして似合うだろうか? 自分がいつも仏頂面をしている自覚はある。
しかし、期待に満ちたセーナの眼差しを受けて、否と答えることはできない。
「せ、せっかく作ってくれたのだから、つけてみよう」
「ありがとうございます!! ――よいしょっと……。うん、サイズぴったりですね! お似合いです!」
「あ、ありがとう――」
姿見の前へと手を引くセーナ。
そこに映るのは、ずいぶんとお可愛らしい魔王だった。角からキノコが生えているという、珍妙な姿が我ながらちょっと面白い。
彼女が一生懸命作る様子が頭に浮かぶ。似合っているかはさておき、心がポカポカ温かくなってきた。
「ふふっ、これはいいな。セーナの言う通り、角は私にとって大事な部分だ。仕事が終わってからはこれをつけることとしよう」
「わぁ、よかった!」
「っ……!」
まじりっけのない彼女の笑顔に、心臓が飛び上がる。
そろそろ抱きしめたいけれど、彼女のお祝いを中断するわけにはいかない。
再び彼女に手を引かれ、椅子に戻る。
「改めまして、デル様」
「なんだ?」
「お誕生日おめでとうございます! ふつつか者ですが、毎年一緒にお祝いできることを楽しみにしております」
「………」
可愛い。可愛すぎる。こんな幸せがあっていいのだろうか?
ついに我慢ができなくなり、ぎゅっとセーナを抱きしめる。
「……ありがとう、セーナ。間違いなく1番嬉しい誕生日だった。そなたが祝ってくれるのなら、毎日誕生日でいいぐらいだ……」
腕の中のセーナは小さくて温かい。ふわふわした巻き毛がたまらなく胸を締め付ける。
「ふふっ、何を言っているんでしょうか、デル様ってば。喜んでもらえて嬉しいです」
「うむ。セーナ、そなたの気持ちはよく伝わった。今まですまなかったな」
「えっ……??」
とぼけるセーナを抱きかかえ、続きの寝室に移動する。
そりゃあそうだ、女性からそういう事は恥ずかしくて言えないだろう。
(今日こそ、彼女の期待に応える夜にしてみせる)
素敵なケーキとプレゼントで一瞬忘れてしまっていたが、セーナが真に私に伝えたかったのは夜の不満だ。
しかし――色々頑張ってくれた彼女には悪いが、私に精力増強の食材は効かない。
よっぽど強い毒ぐらいでないと、私の体に何か影響を及ぼすことはできないのだ。食材程度でいちいち魔王がやられることはない。
(今まではセーナの体を慮って遠慮していたけれど、もう必要無さそうだな)
彼女をベッドに下ろしつつ、私は固く決意した。
☆余談☆
江戸時代なんかは、媚薬として漢方薬が使われていたそうです。
長命丸、女悦丸、思乱散、陰陽丹など。




