魔王様の誕生日会【前編】
デルマティティディス目線です。
セーナがブラストマイセスに戻ってきてから、毎日が楽しくて仕方がない。
夜眠りに落ちるその瞬間も隣にいるし、朝起きれば隣で可愛い寝息を立てている。少しでも彼女の顔を見ていたくて、私はずいぶんと早起きになった。
執務中もふと彼女のことを思い出してしまい、手が止まっているとラファニーに怒られる始末だ。
こんなにも自分が彼女のことでいっぱいになってしまうなんて、予想以上だった。部下たちに言わせれば「孤高の魔王」なんて呼び名が懐かしくなるほど、今の私は別人らしい。
この10年でブラストマイセスは大きく変わった。その最たるものは、何といっても魔族と人間の隔たりがなくなったことだろう。疫病に対して一致団結したこともあるし、それを機に魔族に親しみを感じていた人間たちが、一斉に声を挙げたというのも大きかった。
このラファニーもそうだ。元の名はカイといい、旧王族の末裔で第2王子である。その身分を放棄してラファニーと名乗っている奔放な男。彼は少々軽いところがあるが、人当たりがよく交渉術に長けているので、外務大臣に任命している。
国の団結力は高まり、セーナも帰ってきた。人生こんなこともあるのだなと思わずにはいられない。淡々と役目をこなして死ぬと思っていたのに、毎日幸せでたまらないのだから。
――そんなことを考えながらチラリと時計を見ると、18時をさしていた。
「――今日はここまでにする。ラファニー、その件は頼んだぞ」
「お任せあれ! さーて帰るかぁ、今日はデートなんでね! 止めても無駄ですからね!」
「よかったな。早く帰れ」
机上の書類をかき集め、小躍りしながら会議室を出ていくラファニー。
光沢のあった頭はやめて、髪を伸ばしているらしい。意中の女性の好みらしく、振り向いてもらおうと一生懸命な様子が何とも微笑ましい。
――さあ、私も早く部屋に戻ってセーナの顔が見たい。
最近セーナは私より早く帰ってきている。急にそうなった理由は気になるが、教えてもらえなかった。とても嬉しいけれど、無理をさせてるんじゃないだろうか……
考えてながら歩いているうちに私室の前に着く。
「ただいま」
――――パンッ!!
小さな破裂音と共に、細かい紙切れのようなものが舞い落ちる。
(!? 襲撃か!?)
思わず身構えて素早く周囲に目を走らせるが、どうもそうではないようだ。
それどころか、壁には紙でできた花が付けられており、赤白の垂れ幕なんかもついている。襲撃というより、何かの飾りつけに見えるがこれは――?
そして、目の前には満面の笑みのセーナ。
手には筒を持っており、細かい紙切れはそこから出たようだ。
「デル様、お誕生日おめでとうございま~す!!」
(……ああ、そういうことか。そういえば今日だったか)
彼女はトコトコと走り寄ってきてぎゅっと抱きついた。柔らかい。
ふわりとした笑顔で私を見上げる。焦げ茶色の瞳がキラキラと光っていて吸い込まれそうだ。――可愛すぎる。
「……すっかり忘れていた。今回からはセーナが居るのだな。祝ってくれてありがとう」
自分の誕生日なんて特に価値を感じていないし、正直なところ自分が正確に何歳なのかも把握していないくらいだ。
「デル様は、派手にお祝いされるのはお好きではないと聞きました。なので、2人でささやかにお祝いというのはいかがでしょうか?」
「セーナがしてくれるのか? それは嬉しいな」
彼女の巻き毛に付いた紙切れをつまみながら答える。
この髪の色も好きなのだ。私と同じ色だから。
「デル様は高貴な生まれですから、一通りのもてなしは受けていると思いまして。私にしかできないようなお祝いを考えました! 気に入ってもらえるといいのですが」
相変わらずニコニコしているセーナ。
彼女に手を引かれ、部屋の中央へ進む。
いつも2人で食事をとっている机に、見慣れないメニューの食事とケーキが並べてある。
香ばしい匂いが食欲を刺激する。とても美味しそうだ。
「ずいぶんと頑張ってくれたようだな? どれも美味しそうだ」
「はい! デル様の疲れをとり、リラックスしてもらうのが今日のテーマです。さあさあ、冷めないうちに食べましょう」
私の帰る時間に合わせて用意してくれたのか、と思うと頬がゆるむ。
彼女に促されるままに着席する。いそいそと皿に料理を取り分ける姿が愛おしい。
(料理よりもセーナの方が魅力的に見えるな)
「デル様? ぼうっとしちゃって、やはりお疲れなんですね。たらふく食べて力を付けてくださいね! この料理はお城のシェフと一緒に作りました。で、ケーキは私の自作です。――――はい、一通り盛りました。遠慮なくおかわりしてくださいね」
「ありがとう。セーナが作ってくれたと思うと、目移りしてしまうな」
皿に盛られたなかで、目を引いた大きな肉の塊にフォークを刺す。
ひとくち口に入れる。
(――――!?)
これは、どういうことだ?
冷や汗がぶわりと背中に浮かぶ。
この肉は、ブラストマイセスでは有名なものだ。――とある用途にしか使わないものとして。
はっきり言えば、男が夜の力を付ける時に食する肉だ。そういう料理を提供する店は男性専用だし、路地裏でひっそり営業しているものだ。和やかな誕生日の夕食に並ぶようなものでは断じてない。
……というか、セーナもそれは知っているはずではないのか? 城の池でそれを発見した彼女は「すっぽんが居ました!」と興奮して報告してくれた覚えがある。彼女は賢いから、名前を知っているのなら用途も知っているはずだ。
(セーナは私に不満を抱えているという事か!? ああ、私としたことが。彼女は優しいからはっきりと言えないのだ。だからこうして暗に伝えようとしているのだな……?)
そういえば、肉の隣に盛られている貝。確かこれもそういう系にいいという食材だった気がする。あっ、このサラダの野菜も持久力にいいとかいうやつだ――
「デル様どうかしましたか? 食が進んでいないようですが、美味しくなかったですか……?」
悲痛な面持ちでこちらを見つめるセーナ。
「い、いや、そうではないんだ。ちょっと、感極まったというか……」
「ふふ、ありがとうございます。デル様には元気でいてほしいので、もりもりたくさん食べてくださいね」
安心したようににっこりと笑うセーナ。
その笑顔が、今だけは何とも恐ろしく感じる。
ごくり、と喉が鳴る。
誕生日会、という体ではあるが、その真の意味に気づき震えが止まらなかった。
魔王に(意図せず)精力剤を盛るマッドマイエンティスト。




