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魔法で合成できるかな?

「こ、国王様に協力を要請するだって?」


 優秀なドクターフラバスは、すぐに表情を取り戻した。


「はい。国王様は大変優れた魔力をお持ちなので、きっと薬を合成できると思うのです」


 私は、以前デル様が虹を出したときのことを思い出していた。

 彼は魔法陣を通じて、原子や陽子、そういったものを分解し、再構成させていた。その現象を目の当たりにして、魔法とはすなわち、すごく広い意味での錬金術のようなものだと私は解釈していた。つまり、森羅万象から目的物を創り出す力を彼は持っているのだ。

 暴論だという自覚はある。でも、風だの雷だのだって自由に出せるのだから、薬ひとつ作るのは簡単なんじゃないかと思う。


 幸い私は薬剤師であり研究者でもあったので、フィラメンタスの新薬であるXXX-969や、既存の抗生剤の化学構造式は全て頭に入っている。――――つまり、私が完成図を提示し、彼に魔法で合成してもらう。それが私の考えた案だ。


 デル様は心優しい国王なので、疫病で国民が苦しんでいると分かればきっと協力してくれる。というか、聡い彼なら疫病のことは当然把握していて、心を痛めているのではないだろうか。正直、『化学構造式』を理解してもらう段階が一番難しいと踏んでいる。


「せ、セーナ君は無茶苦茶だな……。色々と突っ込みたいことはあるんだけど……まずね、君はまるで国王陛下と面識があるかのような言い方をしているね? 一応聞くけれど、そうなのかい?」


 ドクターフラバスは、頭を抱えてひどく疲れ切った表情をしていた。心なしかこの数分で目の下のクマが圧倒的に濃くなった気がする。

 彼の疑問はもっともだ。こんな小娘が国王様本人の協力を前提とした案を出すなんて、どうかしていると思うのが普通だ。

 しかし、どうかしていると言われ続けているのが私だから、問題ない。元居た世界で、マッドサイエンティストとしてだけれど……


 少々複雑な気持ちになりながら、私は彼の質問に答えた。

 

「ええ、ありますよ。ドクターフラバスは信頼できそうな方ですし、口止めされているわけでもないのでお話します。実は私、国王様の専属薬師なんです」


「えっ! ああ……なるほど君が。そういうことか……あの話がセーナ君のことだったんだな。なら、まぁ、いいか……」


 ドクターフラバスは、くわっと目を見開いて驚いた。

 かと思ったら、次の瞬間にはぐたっと脱力し、力なく椅子にもたれながら何かをブツブツ呟いている。大丈夫だろうか?


「……ねぇセーナ君。ごめん、さっき黙っていたことがある。この疫病についてもう一つ分かっていることがある」


「えっ、何ですか?」


 やや力を取り戻したドクターフラバスが、改まった表情で私を見つめた。

 その仕切り直しように、思わずドキッと心臓が強く打った。


「感染しているのは皆人間なんだよ。魔族の者……普段は人間に化けてるから見た目上は同じだけども……彼等は誰も感染していない。だから今この病院スタッフは皆魔族だ、もちろん僕もね」


「そ、そうなんですか!? ま、魔族――?」


「陛下の専属薬師ということであれば、魔族の存在は別に驚くことでもないだろう? それでだね、医療スタッフは魔族なんだけど、さっき倒れた受付嬢は人間だ。事務スタッフも魔族にしておくべきだったんだ。これは僕のミスだな――」


 話を続けるドクターフラバスだけど、申し訳ないがあまり頭に入ってこなかった。

 魔族は人間に化けて暮らしていたのか。そのことで、私の頭はいっぱいだった。

 実はこれまで、心の中に引っかかっていたのだ。デル様が魔族と人間の共存と言う割には、魔族っぽい生き物が全然見当たらないなあと。

 長年の疑問が解決されて、かなりすっきりした気持ちになった。と同時に、ドクターフラバスの話が再び耳に入ってきた。


「――それで、さっき聞いたところだと、細菌は小さな生き物みたいなものなんだよね? なら説明が付く。僕たち魔族が持つ魔力は、身体の内外を常に循環していて、他の生物を排除する性質がある。だから、命を持たない毒とかは魔族にも効くんだけど、細菌みたいな()()()は魔力が堤防になってくれて感染しないんだと思う。あ、もちろん魔王様は別格だから大抵の毒も効かないけどね」


「なるほど、理解しました。……すごいですね、魔力って。そういう働きがあるのだと、初めて知りました。ぜひいつか、詳しく研究させてほしいです!」


「研究……? ていうか君は魔王様の専属薬師だから教えたけど、今の話は秘密ね。魔族の弱点にもなる話だから。……って!! だったら人間のセーナ君は感染しちゃうんじゃないのっ!?」


 ドクターフラバスは大きくのけぞって、分かりやすく慌てた。椅子が、ガタガタッと悲鳴を上げた。

 先ほどから、ドクターフラバスの感情を揺さぶりすぎている気がする。気苦労を増やしてしまっていたたまれない気持ちになる。そりゃあ、目の下のクマも濃くなるわけだ……


「あー、理論上はそうなりますね。ただ、私は仕事上様々な菌に接しているので、かなり耐性があります。……万が一感染したとしても、抗生剤が完成すれば問題ないでしょう」


 真実半分、嘘半分。

 感染済みのフィラメンタスや類縁菌、一般的な細菌であれば、体内に免疫ができているから問題ない。まずいのは、細菌ではない未知の病気だった場合だ。そうなった場合はさすがに策がないので、生死は運に任せるしかない。

 だけど、それも今更である。医療従事者たるもの、日々そういう脅威にさらされながら働いているのだ。


「――時間がありません。さっそく抗生剤の実験をしたいので、今から言う物を準備していただけますか?」


 ドクターフラバスは真剣な面持ちで頷いた。


 研究者として病原体と戦っていた毎日を思い出し、心の奥に熱い火が灯ったのを感じた。


お読みくださりありがとうございます…!

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