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ファントムアークの走馬灯(前編)

ロシナアムのお話。

「ファントムアーク家に産まれたからには、子どもだろうが女だろうが関係ない。主の剣となり盾となり、自分の命に替えてでも職務を遂行するように」


 覚えている一番昔の記憶は、厳格な父様がわたくしたち双子に口癖のように言っていたこの台詞。

 口数の多い方ではなかった父様ですけれど、この言葉だけは数えきれないほど聞いて育ってきました。


 わたくしが生まれたファントムアーク侯爵家は、旧フィトフィトラ王国時代から王家の護衛兼隠密を務める由緒正しき家。ひいおじい様の代に、魔族の長デルマティティディス陛下がフィトフィトラを打ち倒してからも、その能力を買われ、引き続きその職務を許されております。

 旧体制の臣下を起用し続けるということは極めて異例だと、幼いわたくしたちに父様と母様は言いました。粛清されるのが普通だと言うのです。ましてや我が家は殺しを生業とする家柄。寝首を掻かれてもおかしくないのだから、信頼を寄せて下さる陛下の御心は海より深いのだと。


 デルマティティディス陛下は人間と魔族が共存する、平和な国を作りたいのだそうです。もとより先の戦争は、欲を出した旧政権が吹っかけたものだということがひいおじい様の手記に残されていおりました。腐敗した旧王国でしたが、ファントムアークからすれば(あるじ)です。しかし、もはやその主はおりません。そして、わたくしたちを必要として下さる新しい王が生まれた。――お仕えしない選択肢などないと、ひいおばあ様が決断したそうです。


 我が一族は、デルマティティディス陛下へ忠誠を立て直しました。陛下、あるいは主となる王族にたいして誠心誠意お力添えするようにと、教え込まれて育ってまいりました。

 ファントムアーク領は魔族の故郷バルトネラに面しているため、わたくしは小さい頃から多少は魔族とのかかわりがありました。そのため、魔族は穏やかで話の通じる種族だということを知っておりました。人間のなかには魔族を怖がる者がおり、魔族側もそれを知っているため、人間に化けて市中生活をしておりました。ありのままの姿で過ごせない彼らのことはいつも気の毒に思っておりました。はやく一人前になって、陛下の望む国作りのお役にたちたいと思うようになりました。


 ――わたくしは、未来の主を守り抜くために、ありとあらゆる訓練を受けました。


 5つのとき。離島に身一つで送り届けられ、1か月後迎えが来るまで生き抜くようにとの課題を達成しました。


 7つのとき。初めて人を殺しました。陛下の食事に毒を盛ったという、国家一級の犯罪者でした。


 10のとき。斬馬剣の訓練中に、大けがをしました。一撃で馬の首を落さねばいけないところを、わたくしは仕留め損ねました。痛みで暴れた馬に、腹を蹴られたのです。内臓が露出するほどの大けがで、出血も多く、もはやこれまでと覚悟をいたしました。遠く離れた王都の優秀な医者が到着するまではもたないだろうと、家族みな諦めておりました。

 しかしながら、隣接するバルトネラから魔族のお医者様が駆けつけてくださったのです。かのお医者様はユニコーンの魔物で、白く美しい身体で天をかけてわたくしのそばに舞い降りるさまは、まるで天国かと錯覚するほどの光景でした。ああ、とても懐かしくなってまいりました。わたくしの傷を処置する横顔はとても凛々しく、思わず痛みを忘れて見つめてしまいました。今振り返ってみると、これがわたくしの淡い初恋だったのだと思います。


 12のとき。怪我が完治するまでは、座学に時間をあてました。王族にお仕えしますので、政治や歴史の知識がなくてはいけません。また、女性王族にお仕えする場合ですと侍女の業務もできなくてはいけませんから、服飾や化粧の手技も学びました。


 15のとき。怪我の後遺症もなく、わたくしは妹と共に、全ての暗殺者(アサシン)教育を修了しました。武器の使い方、気配の消し方、威圧の出し方、これらすべてを使いこなし、主に危害を加えようとするものを、慈悲なく斬り捨てる精神も染みついておりました。


 1日も早く主にお仕えしたいと心を躍らせておりましたが、あいにく当時王族はデルマティティディス陛下お1人のみ。陛下は圧倒的にお強いので決まった護衛を必要とせず、対外的にどうしてもという時は騎士団長をお連れになります。()の仕事は父様が請け負っておりますので、わたくしは主としてお仕えできる方がおりませんでした。


 いつの日か陛下がお妃様を娶られた際には、わたくしを使って頂けるように。魔王である陛下は長寿ですので、わたくしが生きている間にその日が来るかどうかは分かりませんが、その日に備えて強さに磨きをかけることにいたしました。

 騎士団に混じり、特務部隊として暗殺者(アサシン)業に邁進いたしました。女性隊員は少ないので、いわゆるハニートラップもやりましたし、娼館への潜入作戦もこなしました。陛下の望む治世を阻むもの、陛下ご自身の命を狙うもの、違法な商売をして平和な国民生活を乱すものは、容赦なく制裁を加えました。


 そんな生活をしているうちに、わたくしの身体はどんどん進化していきました。身長がぐんぐん伸びて、全身に無駄なく筋肉がつき、引き締まった身体つきになりました。男性騎士に負けず劣らず腹筋は割れている一方、胸部の肉付きはなかったため、青年の男装もできるようになりました。「女らしいのはピンク色の髪だけだな!」と仲間によくからかわれました。腹は立ちましたけれど、いいのです。筋肉質で生傷の絶えない女など、嫁ぎ先などないでしょうから。事実、職業柄ファントムアーク一族の女性は独身が多く、結婚せずとも肩身が狭いということはないのです。


 双子の妹ジョゼリーヌも彼女も同じ特務部隊に所属し、似たような毎日を送っておりました。2点だけわたくしと違ったのは、彼女は女性らしい体つきに成長していたことと、結婚を諦めていなかったことでしょうか。


 ジョゼリーヌは真面目な子ですが、夢見る乙女のような一面を持ち合わせておりました。それでのちに陛下の愛妾の座を狙うという愚かなことをしでかしたのですけれど……。それは、主に対する裏切りとして、死罪になってもおかしくないことです。むしろ死罪では生ぬるく、ファントムアーク全体の裏切りととらえられれば、一族粛清の可能性だってありました。

 しかし、彼女に与えられたのは意外な罰でした。生涯にわたって、国内外の危険地域に生えている薬草を取りに行くというものだったのです。これにはわたくしも、当主である父様も、もちろんジョゼリーヌ本人も驚きました。

 危険地域から薬草を取って回り、王妃殿下に献上する。その過程で命を落としても、国は関与しない。なお、逃亡を防ぐために、位置が探知できる魔術をその身にかける。というものでした。一思いに死罪になった方が、いっそ楽だったかもわかりません。ですが、彼女はそれだけの罪を犯したのです。陛下に忠誠を誓うファントムアーク家としては、彼女に対して何の哀れみも感じませんでした。


 話がすいぶん逸れてしまいました。

 そのようなわけで、わたくしは騎士団の特務部隊として経験を積みました。そして忘れもしない18のとき、晴れて陛下の婚約者様――セーナ様にお仕えできることになったのです。

 採用の連絡はとても急で、しかも明日からすぐに来てほしいということでした。慌ただしく特務部隊の引き継ぎを済ませ、護衛兼侍女として勤務に入れるよう、必要なものを揃えました。

 ファントムアークの一族にとって、主にお仕えできるというのはこの上ない名誉です。わたくしも例に漏れず、この日のために訓練を積んでまいりましたから、胸の高鳴りが収まりませんでした。


 主となるセーナ様は、一体どのような御方なのでしょう。賢王で名高い陛下がお選びになるぐらいですから、さぞお美しく、高貴なオーラのある方なのでしょうと想像を膨らませました。庇護欲を掻き立てられるような、儚げなお姫様。わたくしが、必ず生涯をかけてお守りいたします! そんな決意を胸に、いよいよセーナ様と対面する日がやってまいりました。


後編は明日更新いたします。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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