再会
部屋に現れたセーナは、私を見てぴたっと動きを止めた。そして、愕然とした表情をした。
信じられないものを見たかのようなその表情に、何事かとたじろぐ。自分の顔に何かついているのだろうか、そう心配になり、思わず顔をなで回す。
彼女は口を閉じたり開いたりして、ようやく言葉を発した。
「で、でる様……?」
彼女がぎこちなく絞り出した声は、掠れきっていた。
よほど急いで走って来たのか、肩は大きく上下している。額には汗が浮かび、顔色は真っ白だ。
まるで全身の力が抜けてしまったかのようにふらふらとしていて、今にも倒れそうなほど頼りない。
慌てて駆け寄り、背中を支える。
「どうしたセーナ、具合が悪いのか? もうすぐフラバスが来るから、そなたも診てもらったほうがいい。ほら、そこに腰かけなさい」
彼女の手を取り、先ほどまで寝ていたガラスの台座へと誘導する。
しかし、彼女は立ち尽くしたまま動こうとしなかった。
「デル様……これは夢ではないですよね? 本当に、本物のデル様ですか……?」
顔を見れば、可愛らしい瞳いっぱいに、涙を浮かべていた。曼珠沙華の赤を反射したそれは、とても綺麗だった。
「セーナ――――?」
再度彼女の名を呼べば、彼女の瞳から、はらはらと真珠のような涙がこぼれ落ちた。
彼女は何も言わずに私を抱きしめ、苦しそうな嗚咽を漏らした。
しだいに、胸のところが熱くなってくる。
それが溢れだした彼女の涙だと気づくまで、時間はかからなかった。
(私が寝ている間に、何か辛いことでもあったのだろうか。こんなに辛そうなセーナは見たことがない……)
彼女が辛い時に、傍に居られなかった自分が情けない。
私はしっかりとセーナを抱きしめて、形のいい頭を、ありったけ優しく撫でた。
「大丈夫だ、セーナ。私が付いている。そなたのお蔭で、身体も魔力も、すっかり元通りになったんだ。もう大丈夫だから――どうか、可愛らしい笑顔を見せてほしい」
そう言うと、いっそう彼女の嗚咽が大きくなった。
その声を聞いていると、堪えきれない切なさが、胸の中に湧いてくる。
(一体どうしてしまったんだ? セーナが悲しいと、どんどん私も悲しくなってくるな。しかし、事情が分からないことには、なんと声をかけたらいいか分からない……)
弱り果てて、ふと周囲に目をやると、いつの間にか到着したらしいフラバスが隅に立っていた。彼もセーナ同様に肩を大きく上下させ、うっすらと汗を浮かべている。
目が合うと、彼は首を横に振った。
彼の目が赤い。心持ち、濡れたような瞳だ。
――フラバスは決して涙を流さない医者だ。冷静で、そして時に冷酷な筆頭医師として、バルトネラにいた時から数々の修羅場を共に乗り越えて来た仲間だ。
そして、セーナもそうだ。そう簡単なことで泣くほど、芯の弱い女性ではない。
――ようやく私は、自分に何かがあったのだと気づいた。
目線を腕の中に戻す。
セーナは私をがっしりと抱きしめ、肩を震わせている。
胸の中におさまる、大切な大切な存在。
確かなその温かみを感じながら、私も彼女をいつまでも抱きしめた。
◆
セーナとフラバスとともに城へ戻ると、中枢議会と騎士団の面々が出迎えてくれた。
見知った顔が、すいぶん歳を重ねていることに驚いた。
そして、自分が10年もの間眠りについていたことを知り、二度驚いた。
温室で見たセーナとフラバスの反応は、もっともだった。
そして、三度驚くことに、不在の間はセーナが国王代理をしていてくれたという。どうやら、我が国を他人には任せられないと思ってくれたらしい。我が妃はどこまで優しく有能なのであろうか。
目覚めのきっかけは、現時点ではっきりとしたことは分からないようだ。
ただ、セーナが私の角に口づけをしてくれた影響があるのかもしれないとのことだ。この角はセーナ由来の細胞から成り立っていることと、魔王としても非常に重要な器官なことが関係しているのかもしれないと、彼女とフラバスは言った。彼女の粘膜接触により、彼女の魔力が体内に流れ込んで刺激があったり、それによって細胞のリン酸化……とやらが進んだ可能性があるそうだ。
そう言われると確かに、私は角を通して相手の魔力を取り込んだり感じることができる。例えば、その昔セーナと専属薬師の契約をしたときも、角で彼女に触れることで彼女と私の繋がりを形成したのだ。
移植したまっさらな角は、いわば休眠状態にあり、本格稼働の信号が入るのを待っていたというところだろうか。セーナが口づけをしてくれなかったら、一体いつまで寝ていたのだろうとぞっとする。
――フラバスから説明を受ける間、セーナはずっと隣で心細そうにしていた。私がまた眠りについてしまうのではないかと、不安だという。それはそうだ、異世界から来た彼女をこの世界に1人にしてしまった。しかも王妃という立場でだ。
不安や心配の多い10年を送ってきただろうと思うと、申し訳なさと自分に対する腹立たしさでいっぱいになった。
目覚めてから、私はセーナの笑った顔を見ることができていないことに気づく。
もう二度と1人にはしない。すまなかった。これからたくさん思い出を作ろう。──そう何度も語りかければ、ようやく彼女は花のように笑ってくれた。




