角移植手術
DiPS細胞ができてから、さらに半年が経った。再生医療の研究に取り組み始めてからだと、丸1年だ。季節は一周して、外は緑がまぶしい季節だった。
――デル様の角組織は、ようやく完成していた。移植に耐えうる大きさまで組織が成長し、in vitroでは問題なく角として機能することが確認できていた。
結論だけ言うと、DiPS細胞に骨髄細胞を共培養したもの、折れた角の粉末を振りかけたもの、そしてデル様のお父様の毛髪成分を抽出・添加した培地を用いたところ、DiPS細胞は角組織へと成長したのだ。
毛髪は、冥界事変で持ち帰ってきたマントから得た。お父様の髪成分で角が完成しましたとデル様に話しかけたところ、返事は無かったけれど、一筋の涙がかさついた頬を伝って流れた。
デル様の容体は、かなり深刻な状態にまで悪化していた。魔力の暴走と体のバランスがとれなくなった彼は、自身に魔術をかけて深い眠りについていることが多かった。起きているときでも、言葉は発せず、冷えた汗を浮かべながらじっと横になっていた。自身の肉体を盾にして魔力を封じ込めているのだと、サルシナさんが教えてくれた。
ことは一刻を争った。
デル様の眠りが深くなり過ぎると、こちらに戻ってこられなくなるとドクターフラバスは言った。
それは亡くなるということですかと尋ねたところ、厳密には違うらしい。デル様にデル様として会えなくなるという、簡単に言うとそういうことだとサルシナさんが補足してくれた。閉じ込められた世界で永遠に魔力を封印し続けるか、魔力に肉体を明け渡して、強大な魔物に還ってしまうかという可能性が高いらしい。
――迷いはなかった。迷っている時間はなかった。
角が完成してすぐ、私たちはデル様に移植することを決意した。
ごく秘密裏かつ緊急に行われた手術。ドクターフラバスが執刀して、私も助手として立ち会った。
銀のトレイの中、生理食塩水に浮かぶ琥珀の角は、デル様の頭へと丁寧に移動された。
無影灯の角度を変えながら、目視できる神経をつなぎ合わせ、緩やかに巻いている螺旋の傾斜も、寸分の誤差なく合わせた。
ドクターフラバスの額に浮かぶ汗をガーゼでおさえながら、私は祈るように手術の成功を願った。
12時間にもおよび大手術だった。
問題なく角は移植された。麻酔時間も適切で、完璧な手術だった。
――――はずだったのに。
手術の後、デル様が目覚めることは無かった。
◇
『為せば成る 為さねば成らぬ何事も』
わたしの一番好きな言葉だ。
江戸時代の大名であった上杉鷹山の言であり、『できそうもないどんなことであっても、強い意志を持ってやり通せば必ず実現できる』という意味である。
研究員だった時代、そしてこの異世界に来てからも、この言葉を胸に日夜実験に励んできた。
やればできる。できないのは、トライが足りないからだ。ただ、それだけなのだ。つまづいても、諦めそうになっても、この言葉を胸に私は立ちあがってきた。
――だけれど、トライする気力も意味もなくなってしまった時は、どうしたらいいのだろう?
私はその答えを、いまだ独りで自問自答している。




