ゴンザレスさん
1時間後、私とライは騎士団の寮を訪れていた。
ライの手によって私は面会にふさわしい髪型になり、王妃の身分を象徴するという装飾品を身に着けている。
昼間ということもあり、ほとんどの騎士は仕事や訓練で出払っている様子だ。前回は賑やかだった寮も、静かでひっそりしていた。
前回と同じく多目的室に入ると、1人の男性騎士が待っていた。彼は私の姿を認めるやいなや、バネのように立ち上がって敬礼をした。
「おっ、王妃様! わわわわたくし、騎士団第一部隊で隊長を仰せつかっておりますゴンザレスと申します! このたび、王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」
「ゴンザレスさんですね。楽にしてください。皆様ご存じのように、私は王妃ですけれど、堅苦しいのが苦手なんです。どうぞお掛けになって下さい」
彼に椅子を勧めて、着席する。
(第一部隊の隊長ってことは、王都の警備をする部署の隊長さんてことね。ライの言った通り、筋骨隆々のおじさんだけれど……なんだか不健康そうな顔色だわ)
ライが肉ダルマと表現した通り、おっさん騎士ことゴンザレスさんはプロレスラーのように大きな身体をしていた。栗色の髪は短いけれど、モミアゲと髭が繋がっていて、顔周りが非常に毛深い。しかし、いかつい見た目に反してその瞳は小動物のようで、なんとも可愛らしく光っていた。
今日は非番だと聞いていたけれど、騎士の正装を着用している。多分、というか絶対、私と面会することになったからだと思う。気を遣わせてしまって申し訳ない。
「えーと、ゴンザレスさん、座っていいんですよ」
さっき椅子を勧めたのに、もじもじして立っているから、再度声をかける。
「ああっ、はい!! し、失礼します!!」
大きな身体をどたどたと動かして、ようやく着席した。
随分気の小さい人のようだ。
「――さて。お休みの日なのに押しかけちゃってすみません。ライからあなたの体調が悪いと聞きましてね、気になることがあったのでお時間とってもらったんです」
「は、わたくしのような者に、王妃様の貴重なお時間を割いて頂きまして――! このご恩は、日々の任務にてお返することしかできませんが――」
丸太のような太ももの上に手を置き、がばっと頭を下げるゴンザレスさん。
これまで、どちらかというと王妃らしい扱いを受けてこなかった診察が多いので、丁寧な話し方をされると逆にくすぐったい気持ちになってくる。
ライが持ってきてくれたお茶を一口飲み、ゴンザレスさんの御礼口上に滑り込んだ。
「ゴンザレスさん、お気持ちは十分に伝わっていますから、大丈夫ですよ。それで、早速ですがお願いしていた物は持ってきていただけましたか?」
「ははっ! わたくしめが飲んでいる薬をご覧になりたいとのことで……こちらでございます」
彼は足元に置いた麻袋から、次々と薬を取り出して並べていく。
「わたくしは、恥ずかしながら持病がありまして……。王妃様のご功績により、国内で漢方薬が流行っているのはご存じのとおりです。体質に応じて種類が色々あるというので、わたくしも興味がありましてね、今まで飲んでいた薬草を漢方薬に切り替えて飲んでいるんです。これが、ええと、甘麦大棗湯で、不眠症に飲んでいるものです。ああ、申し訳ございません、王妃様は当然ご存じですよね!」
「いえ、詳しくお話してもらった方が助かります。続けてください」
「そ、そうですか? で、では、次がこれです。人参湯と黄連湯、だったかな、胃の痛みに飲んでいるものです。で、最後がこちら。最近筋肉がつるので、芍薬甘草湯というのが増えました。……これだけ飲んでいるんですが、どうも最近調子が悪くって、仲間の騎士たちにも心配される始末でして。こうして王妃様までお騒がせしてしまって、本当に申し訳ございません……」
「それだけの薬の名前を、よく覚えてらっしゃいますね?」
「わたくしめは、自分がどんな薬を飲んでいるのか気になってしまうたちでして。紙に書きとめて、忘れないようにしているんですよ」
苦い顔をしながら、机に漢方の煎じ袋を並べていくゴンザレスさん。
その大きな手は明らかにむくんでいて、私は予想が当たったことを確信した。
「――ゴンザレスさん、すみません。これは私の不手際です。まずは謝罪させてください。あなたの体調不良は私の責任です。申し訳ありません」
「……は、はいっ?」
呆気にとられるゴンザレスさんとライの目の前で、私は頭を下げた。




