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恥ずかしくないです

引き続きデルマティティディス目線。

「包皮という限られた範囲なので、さほど時間はかからないと見込んでいます。順調にいけば、1時間もかからず終わると思いますよ」


「あ、ああ。……セーナ、もう一度確認したいのだが、麻酔が途中で切れることはないのだな?」


「ふふ、この間もデル様がそこをすごく気にしてらしたので、ちょっと大目に麻酔を投与することになっています。大丈夫ですよ。でも万が一感覚が戻っているなと感じたら、すぐ教えて下さい。すぐに麻酔を追加すれば、痛いということはないはずですので」


「うむ、そこは……くれぐれも頼むぞ」


 治療のために身体の一部を採取させてほしいと言われた時は、何を言い出すのだと驚いた。しかし、彼女から再生医療という最新の技術があると説明を受け、それならと首を縦に振った。

 むろん、これは相手がセーナだからだ。通常、魔王が自身の血肉を他人に与えるなど、言語道断の行為だ。しかし彼女は私の唯一で、一番信頼している人物と言っても過言ではない。彼女を信じているからこそ、その治療も確かなものなのだろうと思えた。


 しかし後日、ふと具体的にどこの部分を取るのか聞いたところ、満面の笑みで「包皮です!」と言われた時は、思わず「え?」と聞き返してしまった。聞こえているのに聞き返すという無駄な行為は初めてした気がする。あの時の私は、たいそう間抜けな顔をしていただろう。


 セーナが言うには、再生医療に必要な繊維芽細胞(せんいがさいぼう)とやらを入手するには、とても適した部位らしい。実際、彼女が元居た世界では、その方法での入手は標準的だという。


 部位を知った後、心に迷いがなかったかと問われれば、答えは否だ。しかし、自分がそんな我儘を言える立場ではないことも理解している。いまや私の命運は彼女の提案する再生医療にかかっているのだ。彼女の研究の腕は確かだ。彼女との未来が欲しいならば、何もかもを差し出すしかないと、自分に言い聞かせた。


「デル様? 遠い目をしてますけれど大丈夫ですか? ああ、初めての手術ですから不安ですよね。もちろん私も病院に付き添いますから、直前までお話相手になれますよ。誰かとしゃべるだけでも緊張はほぐれますから」


 セーナの声で、はっと現実に引き戻される。


「そ、そなたも来るのか。大丈夫だぞ、私は手術が怖いのではなくだな――」


「違うんですか? 私がいない方がよければ、研究所で待機してますけれど……」


「すまないが、今回はそうしてくれないか。そなたが嫌なわけではなく、私自身の問題でだな……」


 セーナは不思議そうな顔をしながらも、「そういうタイプの人もいますよね」とつぶやき、納得してくれた。私の真意が伝わったとは思えないが、ひとまず良しとする。彼女は医療者であり研究者だから、何ということも無いのだろう。気にしているこちらが恥ずかしい気持ちになってくる。


「念のため、明日いっぱいはドクターフラバスがデル様のお側にいるとのことです。問題なければ、明後日から往診という感じだそうです。細胞が新鮮なうちに作業を進めたいので、本当に申し訳ないんですけれど、私明日は帰りが遅くなると思います。……以上なんですけど、何か分からないことはありますか?」


「いいや、平気だ。何から何まですまないな」


 セーナの焦げ茶色の瞳を覗き込み、ふっくらとした頬に手を当てる。彼女の頬は白パンのように柔らかく、しっとりと私の指に吸い付いてくる。

 件の話は平気なのに、私と目が合うだけで、恥じらいに花を咲かせる彼女が可笑しい。そして、とても愛おしい。


 親指で彼女の唇をなぞり、そのまま熱を重ねた。


「――――セーナ、愛している」


「なっ、なっ、何ですか急に!?」


 セーナの顔が、一瞬で熟れた林檎のように色づいた。

 焦げ茶色の丸い瞳が大きく見開かれる。


「あまり、口に出したことがなかったなと思ってな。明日は頼んだぞ、我が妃よ」


「も、もちろんです! っっ、では失礼しますね!」


 両手を顔の前で忙しなく振り、ドアへと駆けて行くセーナ。

 微笑ましく見ていると、急に方向転換してこちらへ戻ってきた。何か忘れ物でもしたのだろうかと、辺りを見回す。


「あっあっあのっ。わ、私もデル様のこと愛してます! それじゃ!!」


 真っ赤な顔で、それだけ早口でまくし立てた。

 目にもとまらぬ速さで、セーナはドアの向こうへと駆け抜けて行った。


「――――私も愛してます、か」


 彼女の言葉を反芻すると、全身の血液が顔に集中してゆくような熱を感じた。

 自分が今どんな顔をしているのか想像すると、更に熱感が増した。

 しかし、今は部屋に1人。誰に見られるわけでもないので、その感情を思い切り噛みしめる。


「……嬉しいものだな。早く元の身体に戻りたいものだ……」


 ベッドに身を預け、顔を手で覆う。


 その熱い感情に流されるように、出会った頃から今までを思い出していると、冷え切った身体がじわりと暖かくなるような心地がした。


 思い出の中にある幸せに包まれて――私は意識を手放していた。



☆繊維芽細胞入手のための包皮採取について

実際の現場では、新生児や美容外科からの入手が多い。

(新生児の内にそういった処置をする国があるそうです)

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつでもそう言い合える恋人同士って素敵( ´∀` ) でもね、言うペースはね、考えなきゃね。言い過ぎるとマンネリになっちゃうから。 [気になる点] 麻酔かかったまま目を覚ます事もあるからそ…
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