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再生医療ミーティング

 先日考えた角再生計画をサルシナさんに説明する。

 デル様の生命に直結する研究とあってか、彼女はかなり熱心にメモをとっていた。


「――――再生医療ってのが、どういうものかは何となく分かった。で、実際にはどういう手順で進めるんだい?」


「一応、このように考えています。やり方が確立されていない分野なので、トライ&エラーにはなると思いますが」


 2枚目の紙を取り出す。


「まずしなければならないのは、iPS細胞の作製です。あ、iPS細胞ってのは、人工多能性細胞の略で、要はいろんな臓器になれる能力を持った細胞のことなんですけど。これを作るためには、人間であれば体細胞を採取して、細胞を初期化するために特定の遺伝子を導入すればいいんですが――デル様の場合それは厳しいです」


 ヒトの場合だと、導入する遺伝子は Oct4、Sox2、c-Myc、Klf4 の4つだと分かっている。しかし、ヒトと魔王では当然遺伝子が異なるだろうから、同じようにはできない。また、魔王の遺伝子を解析する高度な技術や、解析機材はこの世界に無い。私はメカ系の知識がないので、装置を作ることも残念ながら無理だ。


「なので、化合物を使ってiPS細胞を作ろうと思います。化合物ライブラリーのなかから、デル様の体細胞をiPS化させるようなものをスクリーニングします。多分、ここが一番運がからんでくるところですね」


 化合物ライブラリーとは、私たちが抗生剤研究の過程で得た化合物群のことだ。抗生剤にはならなかった成分でも、今後別の効能が見つかるかもしれないため保管してあるのだ。


「それと並行して、私なりに別の化合物も試してみます。デル様の細胞の性質を見てから、今までの私の経験と照らし合わせて、当たりそうなものを試してみます」


「……それでも、見つからなかったら、どうするんだい?」


 眉根を寄せて、真剣な表情のサルシナさん。


「それは、そうなった時に考えます。実際実験を始めてみないうちに、あれこれ詰めすぎてもよくないんです。やってみて初めて分かることがあるし、臨機応変が研究の基本です」


 半分本当、半分強がり。

 サルシナさんへの答えだけれど、自分に言い聞かせるように言葉を選んだ。

 研究とは、努力でどうにもならない領域が確実に存在する。英知の女神に微笑まれるのは、ごく一部の研究者だけだ。


「大丈夫です、サルシナさん。何があっても私は諦めませんから。挑戦し続ける限り、失敗はあり得ません」


 グッと拳を握りしめて見せる。


「ははっ、相変わらずセーナは頼もしいね。じゃあそれで、iPS細胞ができたあとはどうするんだい?」


「iPS細胞を角幹細胞に分化させます。角幹細胞ができたら、それを培養して角細胞とし、ある程度の大きさになったところでデル様に移植します。うまく定着すれば角が再生していくはずです。ざっくり言うと、こんな感じですね」


「……なるほど、ね。角のモトを陛下に移植するってことかい」


「そうです。デル様自身の細胞から創り出すので、拒絶反応の可能性は低いです。それと、角幹細胞への分化誘導は、おそらくiPS細胞を作るよりかは楽にいくと思いますよ」


 あくまで予想だけれど、角は骨に近い成分でできているような印象だ。そこに、神経や感覚器官などが集まっているような臓器と考えられる。ということは、そういうものに分化させるような因子を添加してやれば、かなり良い線を行くのではないかと予想している。


 メモを終えたサルシナさんが私に向き直る。


「流れは分かった。そんで、細胞は菌と同じやり方で培養すればいいのかい?」


「手技は似てますけど、菌の100倍気を使って培養しなきゃいけないですね。細胞は絶対に異物混入してはいけないし、泡が弾けた程度で死んだりしますから、丁寧に慎重に作業しなきゃいけません。あと、培地も違うし、使う設備も違いますね。そのあたりは今日の午後、職人さん達と相談することになっています」


 そう、細胞は弱い。

 少しの衝撃で死ぬし、異物や菌が混入すると、もうその細胞は使えない。幹細胞のたぐいは乱雑に扱うと、その刺激が引き金となって意図しないものに分化することもある。ヒステリックでわがままな彼女を相手にするかのように、機嫌を伺いながら慎重に慎重に扱う必要がある。


「ははぁ~、それは大変だ。あー、細胞が死んだら冥界から連れ戻そうか? いやしかし、でも生命体じゃないなら無理かね。まあ、今までの手技が無駄にはならないようで良かったよ」


「研究において無駄なことなんて何もないんですよ。全てが一つのデータですからね! まあ、そんな感じなので、道具とか設備が整うまで実験は始められません。調べ物の日々が続くと思いますが、頑張りましょう」


「はいよ!」


 そんな感じでミーティングはつつがなく終了した。

 丁度昼時になったので、財布を持ってお昼ご飯に向かう。


(午後の外回りが無くなったから、今後は一日研究に充てられるわ。デル様、待っててくださいね!)


 視察先で不敬な扱いを受けたという事で、私の外回り公務は当面自粛となっている。薬師業ができなくなったのは少し残念だけど、再生医療に専念できるのはかなりありがたい。


 食堂でステーキにかぶりつきながら、私は来る挑戦への英気を養うのであった。


Oct4、Sox2、c-Myc、Klf4の4つを山中因子といい、ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生が発見したものです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ本格的に再生しようとしてて凄い……! さぁ、どうなるのかな〜
[良い点] 物語の中とはいえ、完全に未知の領域に足を踏み入れていく感じ、ワクワクしますね! 表現が正しいかはともかく、iPS細胞は細胞を程よく癌化したものみたいなイメージがあるので、安全に、立派にデ…
[気になる点] 今さらで悪いと思うけど、冥界関連の世界構造の事をセーナちゃんが知った経緯、おそらくデル様から詳しく教えられたんだと思うけど(前世の記憶でもない限り知るはずがない)、もしも漫画になった場…
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