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角再生計画

 二度寝して起きると、外はすっかり暗くなっていた。

 時計を見ると23時。半日以上、寝てしまったようだ。


(たっぷり寝たから、かなりスッキリしたわね!)


 うーんと伸びをして、首をコリコリと回す。

 枕元のベルを鳴らしてロシナアムを呼び、ご飯と湯あみの用意をお願いする。


 身体をさっぱりとして、お腹がいっぱいになったところで、机に座る。


(さあ、デル様の角再生計画を練りましょうか)


 引き出しから紙とペンを取り出す。

 こんな時間に起きてしまったので、すぐには寝れそうにもない。善は急げと言うから、時間を有意義に使う事にする。


(――薬で生やすか、()()()()を使うか。この二択になるかしら)


 実は受傷直後、折れた角を接着するというのを試したのだけれど、ダメだった。デル様は体調がよくなるどころか痛い痛いとすごく悶え苦しんでいた。最強戦士のデル様が痛いと叫ぶぐらいだから、よっぽどの激痛だったのだと思う。慌てて接着を剥離させた。

 つまり、一度折れた角は、彼の身体に再度適合しないらしい。だから、「生やす」か「丸ごと入れ替える」というのがポイントだと思われた。


 薬で生やす場合――そんな薬があったらとっくに使っている。したがって、開発するところからだ。サルシナさんと構築した抗生剤のスクリーニング系に、角再生の系を作れば、あがってくる土壌サンプルから探索することは可能だ。ただ、薬が見つかるかはハッキリ言って運である。菌の培養やスクリーニングにも手間ひまがかかるため、ハイリスクローリターンな方法と言える。


 再生医療を使う場合――デル様の細胞を採取して、培養臓器の要領で角を作るか、皮膚シートの要領で角シートを作るか……といったところだろうか。魔王のキメラを作るのは難易度が高すぎるからだ。すごく大変な挑戦だけど、運任せの角生え薬開発よりは、こちらのほうが確実性が高い。つまり、ハイリスクハイリターンな方法だ。今後角以外の臓器を作ったり、人間向けに応用することも可能になるし、一回きりでは終わらない便利な技術だ。やる価値はある。


(どうせやるなら、新しい技術がほしいわね。よし、再生医療を使いましょう! でも、この世界にあるものでやるのはすごく大変……。色々工夫する必要がありそうね……)


 再生医療を行うと決めた私は、思いつく手順や必要な器材、試薬をどんどん書き出していく。

 いかんせん、この世界に商品として存在しないものが多い。一から揃えるものが多くて、実験環境を整えるのに時間がかかりそうだ。

 幸い、抗がん剤や狭心症薬の売り上げが順調なため、物品を揃えるお金はある。一週間の休みが終わったら、さっそく宰相やサルシナさんと打ち合わせをしようと決めた。



 ――作業がひと段落ついたところで、ベルを鳴らしてロシナアムを呼ぶ。頭がすっきりするペパーミントのお茶をお願いする。

 暖炉の熱が室内にこもっていたので、換気をしようと窓に向かう。


 防犯錠を外して取っ手を横に引くと、さあっと冷たい空気が流れ込んできた。


 日付はかわり、夜が一番深い時間。冬も終わり窓の外は蒼が深く、空気が澄みきっているためか、星が随分と近く見えた。砂金をちりばめたような夜空は、デル様の瞳によく似ている。


 彼の色に護られる王都の街並み、そしてその向こうに見えるバルトネラ山脈の影。

 夜のブラストマイセスをゆっくり眺めるのは、あの時以来かもしれない。


(デル様……)


 指先が冷たくなってきたところで、窓を閉める。

 そのまま机に歩み寄り、解剖セットなど大切なものを入れている引き出しから、布張りの箱を一つ取り出す。

 

 鍵を開けて蓋を開き、丁寧に包みを開く。


 場違いに美しい、琥珀。

 手のひら大ほどのそれは、照明の光を反射して、万華鏡のように複雑に煌めいた。

 

 じっと見つめていると、酔いそうなぐらいに、頭が熱くなってくる。魔王様の角――デル様の、精気の源。

 そっと手に取り、一直線に斬られた断面を、指でなぞる。

 冷たい感触が、指先から心臓へと伝わる。この角が、彼の頭上に戻りさえすれば――――


(……待っていてくださいね。私は必ずやり遂げますから)


 唇を噛みしめて、私は再び固く決意をした。



 ◇



 翌々日、サルシナさんが面会にやってきた。


「いや~、療養中に悪いね。いいニュースを教えたらすぐ帰るからさ!」


 お見舞いだという果実をジョゼリーヌに渡しつつ、満面の笑みを浮かべるサルシナさん。


「大丈夫ですよ。すっかり元通りになったので、退屈していたところなんです」


 不死身のおかげで、元の身体よりは多少回復力が増している私だ。

 もうすっかり疲れも抜けて、私室で角再生計画を練っていたところである。


「で、いいニュースって何ですか?」


 サルシナさんに椅子を勧めつつ、先を促す。彼女が満面の笑みを浮かべている状況というのは、結構珍しい。日ごろ私の実験助手をするときは、眉に皺を寄せているか、疲れた表情が多いからだ。

 ありがとう、と言いながら座ったサルシナさんに、ジョゼリーヌがお茶を提供する。


「できたんだよ! 抗生剤がさ!!」


☆再生医療とは

“病気や事故などの理由によって失われたからだの組織を再生すること”を目指して開発された医療技術。既存の医薬品では治療が難しいものや、治療法が確立されていない疾患に対して新たな治療法となる可能性がある。

生きた細胞を使ったり、人工材料を使ったり、遺伝子を入れた細胞を使うなど、さまざまな基礎研究が行われている。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここへきてやっとストーリーがまとまりそうでホッとしてます! [気になる点] そもそもの問題を収める為の角再生/治療が後回しって『この子(主人公)ばかなの?』と思ってしまいました…ごめんなさ…
[一言] ツノ生える薬ですと!?Σ(・□・;) 再生医療はともかくその存在は知りませんでした。
[一言] #RT……のタグから来ました、石川治郎です。 途中からタグのことも忘れ、夢中で読んでました……今日これから仕事なのに、二十七時ごろまでずっと。 いやホントにめちゃくちゃ面白い! 自分は薬学…
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