英気を養う
前半セーナ視点、後半デル様視点です。
デル様は何度も私にお礼を言ったのち、デスクワークに向かった。
疲れているだろうから少しは休んでくださいと言ったのだけど、「元気になった」らしい。そう言う彼の顔は確かに先ほどより明るくて、多少精気が戻っているように見えた。
デル様の退室と入れ替わりでロシナアムが入室し、ドアの前に控えた。
何かご用意しますかと聞かれたので、特にないと返答する。
(――さて、と)
ぽふんと布団に倒れ込みながら、考える。
お医者さんの指示により、今日から一週間私は強制休養となっている。
図書室や庭に行くぐらいは許可されてたけれど、研究所に行ったり、不要不急の面会はしてはいけないことになっている。
(時間はあるわ。とりあえず、ちょっと寝ようかな……)
起きてから、診察を受けたり、いろんな報告を聞いたり、デル様とお話したり。少し疲れた自分がいる。もう一眠りして、スッキリした頭で考えよう。デル様の角を再生させる方法を――――
そう決めて、布団を鼻の所まで引き上げた。
◇
(はぁ……。本当に、セーナには敵わないな。助けられてばかりだ)
彼女の部屋を辞した私は、ドアの前に座り込む。
駆け寄ろうとする護衛を手で制し、腕に顔をうずめる。
――――無様に角が折れ、満足に働けなくなった魔王など、愛想を尽かされて当然だと思っていた。セーナは根が真面目だから、私の代わりに公務をしてくれていたが。彼女が疲れた顔をしていても、何もできない自分が腹立たしかった。
フラバスから彼女が倒れたと念話が来たときは、息が止まるかと思った。気づいたら農業組合に転移していた。ライに抱えられるセーナを見て、手を伸ばし――――下ろした。彼女の隣には、私はふさわしくない。今のライの方が、よっぽど幸せにしてやれるんじゃないだろうか。そういう思いがよぎった。
恐らく、ライも同じことを考えていたように思う。あんな目つきのライは久方ぶりに見た。
過労だという事だったが、目が覚めるまでは安心できなかった。看病は全てやりたかった。彼女がそんな状態なのに眠れるとも思わなかったし、彼女が目覚めた時、誰より先に視界に入りたかった。
セーナは不老不死の身とはいえ、体力気力は普通の女性だ。改めて、私は彼女に任せてしまっていた仕事の重みに、己を悔やんだ。大丈夫だと言う彼女の言葉を鵜呑みにしていたし、また、彼女は仕事を楽しんでいるのだと信じ切っていた。
もっと積極的に仕事量を確認したり、援助するべきだった。自由を与えていたつもりが、まるで無責任だったと気づく。……国王として、夫として、本当に申し訳ないことをしてしまった。
目が覚めたら、さすがのセーナも私をなじるだろう。甲斐性の無い夫だと。なぜ自分ばかり大変な思いをしているのかと。
――もし彼女が望むのであれば、離縁して、他の誰かと幸せになってもらいたい。そう覚悟しようとしたのだが――――できなかった。彼女が他の男に触れられ、笑顔を向けている姿を想像すると、底知れぬ怒りが湧いてきた。
なんて私は勝手なんだと絶望する。彼女を幸せにできないくせに、手放すのも嫌だとは。こんな身勝手な男に捕まって可哀想なセーナ。そうだ、いっそ二人で不帰の客となれば、これ以上苦しむことはないな――
そう考えていた時に、彼女はようやく目を覚ましてくれた。
ぼんやりと視線をさ迷わせ、私を見つけてふにゃりと微笑んだ。
心の奥に、ぽかっと火が灯ったような感覚になった。私はなんてことを考えていたのだ。死ぬのは自分だけでいい、セーナには幸せになってもらいたい。
慌ただしく診察を受けたのち、彼女に謝罪し、離縁のことを話そうと思った。だが――なかなか言い出せず、ようやく出た言葉は謝罪だけだった。
どこまでも利己的な自分に心底嫌気が差したが――セーナはそんな薄汚い魔王をも照らす女神だった。
果たしてセーナの腕は幸福でできているのだろうか。温かく、聞いたことのない音楽が流れるような、身も心も安らぐ空間がそこにあった。彼女の前にあっては、私なんぞ取るに足らない魔王に思えてくる。「難しいことは考えなくていい」、その言葉はすとんと私の胸に落ちた。
彼女が生きろと言うのなら生きる。死ねと言うのなら定めに従って死ぬ。ただそれだけのように思えてきた。元より彼女に助けられた命なのだ、彼女の望むままに行動すればいいのではないか、そう思えた。
だから――私は生きる。彼女を隣に感じ、そして、共に在る。
そう決めれば、心は驚くほど晴れ上がっていた。
(セーナが元気になったら、また虹を出してみようか)
昔、一度出してみたら、すごく喜んでくれていた。あれぐらいの魔法であれば今の私でもできる。あの時みたいに、芝生に二人並んで日向ぼっこするのも悪くないな――。
くく、と一つ笑みがこぼれ、立ち上がる。
宰相が待ちわびる執務室へ向かう足は、驚くほど軽かった。




