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わたしは王妃


 目が覚めて最初に目に入ったのは、見慣れた花柄の天井。次いで、心底安堵したようなデル様の顔だ。彼は「本当によかった」と言って、泣きそうな顔で私の手を握りしめた。

 ロシナアムも部屋にいたのだろうか。駆け寄ってきて、痛いぐらいに抱きついてきた。


 2人がこんなに心配するなんて、いったい私は何時間気を失っていたのだろう? そして、トロピカリでの説明会はどうなったのか。……色々聞きたいことがあったのだけど、デル様がまずは診察をということで、すぐに王城の医師がやってきた。

 


 ――やってきた女医さんの見立てによれば、過労とのことだった。そしてなんと私は、三日三晩もひたすら眠り続けていたらしい! しばらくは仕事を休み、しっかりと睡眠と食事を摂るようにと指導があった。

 徹夜した分だけ眠り続けていた計算だ。私は文字通り、頭を抱えた。


(みんなに心配かけちゃって、悪い事したわ……!!)


 不死身とはいえ、肉体の限界を越えれば、普通に疲れるし具合も悪くなる。

 それに今回は……肉体疲労だけじゃなくて、精神的に積み重なったものがあったと思う。セイレーンさんの件から、ちょっと心が疲れていた自覚はあった。それを誤魔化すように、研究に打ち込んでいたのが仇となった。

 全て分かっていたことなのに、自身を管理し切れなかったことが情けない。


 診察を終えて女医さんが退室すると、なぜかロシナアムも出て行った。

 私室には、私とデル様の二人だけになった。


「デル様に心配と迷惑をかけてしまって、本当にすみません。以後、健康管理にはもっと気を付けます……」


 ぎゅっと布団を握りしめて、頭を下げる。

 目覚めてからの彼はずっと口数が少なくて、うつむきがちな様子だった。寝ずの看病で、相当疲労が溜まっているのだろうと推察した。

 去り際にこっそりロシナアムが耳打ちしてくれたのだけど、デル様は公務以外の時間ずっと私のベッドサイドについて、全てのお世話をしてくれていたらしい。魔王自ら看病をするなんて前代未聞とのことだし、今の彼は体調不安もある。宰相が色々説得したらしいのだけど、デル様は全く譲らなかったそうだ。


(デル様が大変な時に、支えになるどころか迷惑をかけてしまって……。トロピカリの人たちの気持ちも、全然理解できてなかった。だめだわ、もっとしっかりしないと)


 私は薬師や研究業をやっているけれど、大前提として王妃なのだ。そこに対する自覚が足りていなかったと痛感する。


 薬師や研究者として活動するときは、身分や立場を排除して相手と向き合ってきた。それが正解だと思って、あえてそうしていた。

 だけど、それは間違いだったと思う。あくまで私はこの国の王妃だ。その次に、薬師や研究者としての自分がいるのだ。

「王妃」がなめられたり、倒れれば、それはこの国自体の危機になる。そうなると、医療や研究だって立ち行かなくなる。デル様が不調な今、私はそのことにもっと配慮するべきだったのだ。「王妃」も立派な職業なのだということに。


 ――デル様に続いて私まで倒れてしまった今、国民は不安を感じているだろう。早く治して元気な姿を見せないといけない。

 研究所の仕事はセーブして、仕事の配分を見直す必要がありそうだ。研究はサルシナさんや各部署の長中心でも動くことは動くし、今は王妃としての役割を優先するべきね、と考えを巡らせる。


「――――いいや、全て私の責任だ――。私がこんなざまだから、セーナに負担をかけて無理をさせてしまった……。本当にすまない。謝罪することしかできず、不甲斐ない夫だな……」


 ずっと俯いていたデル様が、ようやく顔を上げた。

 声はすごく弱々しくて、彼が憔悴しきっていることが、ひしひしと伝わってきた。


(デル様――――!!)


 彼は、こちらの胸が痛くなるぐらい、落ち込んでしまっていた。角が折れてからこけた頬はいっそう薄くなり、覇気も一切感じられなくなっている。椅子に座る大きな身体は小さく見え、目に力もない。


 元より彼は真面目で勤勉な魔王様だ。自分の代わりに私があれこれして、結局倒れてしまった状況が、申し訳なくてたまらないのだろう。


(その気持ちは分かるわ。もし逆の立場だったら、私もすごく落ち込むと思うもの……)


 しかし、今回の件は私の体調管理不足と自覚のなさが招いたことだ。デル様が直接的に悪いわけじゃない。

 どうにかして彼の心を明るくできないだろうか。しばらく思案して、そっと彼の手を取り、口を開く。


「大丈夫です、デル様。というか、デル様自意識過剰ですよ? 私、別にデル様のために頑張っているわけじゃありません。この国が好きだから、国のために頑張ってるんです。なんでデル様が謝るのか、理解できませんね!」


「せ、セーナ?」


 突然様子の変わった私に、戸惑うデル様。


「私は、デル様に庇護される存在じゃないんです。あなたと共に、国を支える王妃です。そのことに、今回の件で気づくことが出来ました。すみません、自覚するのが遅くて……」


「あ、いや、それは良いんだが――」


「そういえば、私が倒れた後、説明会はどうなったんでしょうか? ライとかドクターフラバスに、すごく迷惑かけちゃったと思うんですけど……」


 無理やり話題を変えて、気になっていたことを尋ねる。


「あ、ああ、それは――――」


 デル様によると、ざわめく農民たちはライとブルーノさんが収拾し、ドクターフラバスがカビ毒への今後の対策を指南したらしい。私に怒鳴った男の人は、王妃に対する不敬罪で投獄されたとのことだ。彼は法によって裁かれることになるそうだ。


「そうですか。……本当に、私の不勉強で、たくさんの人に迷惑をかけましたね。ごめんなさい」


 改めて、デル様に頭を下げる。

 しばらくして顔を上げると、彼は私を見て、ふるふると首を横に振った。


「いいや。先ほども言ったように、全ては私の体調が原因だからな。そもそもの約束では、研究がそなたの主要な公務だったはずで、外回りはしなくてよいはずだったのだ。そんな中、そなたはよくやってくれていると思う。私に不満を持ちこそすれ、そなたを不満に思うことなど、何一つない。むしろこの機会に、私に何か思うことがあったら、なんなりと言ってほしい」


 デル様は長い脚を組みかえ、膝の上に組み合わせた手を置いた。

 その表情は固く、何かひどく緊張しているかのように見えた。


(デル様……? まだ、自分のことを責めてらっしゃるのかしら。私は全然気にしていないのに……)


 目の前のデル様は、悪い顔色が更に悪くなっていて、まさにこの世の終わりのような顔をしている。目は伏せられて、長い漆黒の睫毛が彼の薄い頬に影を落としている。


 でも、「大丈夫ですから、何も気にしないでください」と繰り返しても、彼の心は晴れそうにないなと感じた。

 だから私は、一つだけ本当に不満に思っていたことを伝えることにした。



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