ユニコーンの背中
「ドクターフラバスは、まだみたいですわね」
「だね。珍しいね、遅刻だなんて。……ふわぁ」
思わずあくびが出る。
昼ご飯を食べた直後だからだろうか。あるいは、午前研究午後出張という過密スケジュールに、存外疲れているのか。
ここは研究所裏手のドラゴン乗り場。待合室でドクターフラバスを待っていると、少し遅刻して彼は現れた。
「はあ、はあ。……ご、ごめん、研究所のほうに行っちゃってさ! 王妃サマを待たすなんて言語道断だよね!?」
急いで来た彼は、息が上がっている。ボサボサの赤毛に、疲れた白衣。右手でドアを掴み、左手で半分ずり落ちた眼鏡をくいっと上げて、「ごめんね」とゆるく笑う。
「ドラゴン乗り場でと、お伝えしましたわよ」
ピシャリとはねつけるロシナアム。仁王立ちする姿は、異様に迫力がある。
(そ、そんなに冷たく言わなくてもいいのに! ……あっ、このあとドラゴンに乗るから気が立っているのかしら)
彼女は高所恐怖症なので、ドラゴンでの移動を良く思っていない。
ドラゴン待機場から、ステッキーがちらちらこちらを見ている。今日も彼が配車されるんだろうか。
「大丈夫ですよ、ドクターフラバス。そんなに待ってませんし、少し早く飛んでもらえば十分間に合います」
「セーナ君ありがとう。……いや、ドラゴンに申し訳ないな。自分の責任は自分でとるよ、こんなところまで来てあれだけど」
「ん? どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。今日は僕に乗って行けばいいさ!」
そう言った途端、彼は笑顔で指をパチンと弾き鳴らした。
(……っ!?)
つむじ風が待合室を包み込む。
パタパタッとワンピースがはためき、しばらくして目を開けると――
疲れた医者の姿はなく、代わりに雪のように美しい馬がいた。
白にも銀にも見える毛並みは艶々として美しく、まるで白雪のよう。額からは真珠のような色合いの大きな角が生えていて、先端は刺さったら死にそうなぐらい鋭利である。
その馬はブルンと鼻を鳴らし、ハタパタときらめく尻尾を振った。
『知ってると思うけど、僕はユニコーンなんだよ! セーナ君とロシナアムぐらいだったら、十分乗せて行ける』
「あ、えっ、は、はい……?」
(この綺麗なお馬さんが、ドクターフラバス? ず、随分とイメージが違うわね……)
きらきらと輝く白馬に、疲れ切った中年医師の面影はない。
ただ、長い鬣から覗く瞳は、どことなく彼を彷彿とさせた。
『そら、乗った乗った』
「ふ、フラバス!? 強引ですわよ!!」
ドクターフラバスの鼻先で急かされ、私たちは彼の背中にまたがる。私が前で、高所恐怖症のロシナアムが後ろだ。
一応乗馬の心得はあるけれど、ユニコーンに乗るのなんてもちろん初めてだ。大丈夫だろうか……?
カッカッと2、3度蹄を打ち鳴らすドクターフラバス。
助走をつけるようにして、待合室を飛び出す。
「うわあ……!!!」
彼が大きく足を踏み出すごとに、ぐんぐん高度があがっていく。
ドラゴンとはまた違う爽快感に、頬は火照り胸は弾む。
遠ざかる地上では、ステッキーが切なそうな表情でこちらを見上げていた。
(ごめんねステッキー。今日は乗れないみたい!)
申し訳なさを感じながらも、私たちはトロピカリまで天を駆け抜けた。
◇
「お疲れ様~! どう、ドラゴンとは違う楽しさがあったでしょ?」
「ドラゴンはダメでしたけれど、フラバスは大丈夫でしたわ!!」
トロピカリの市場入口付近に降り立った私たち。
ドクターフラバスは人間の姿になり、軽くストレッチをしている。これをしないと翌日筋肉痛になるらしい。
「良かったねロシナアム。何が違うんだろ?」
酔わなかったことがよほど嬉しいのか、キャッキャとはしゃぐロシナアム。
「う~ん、難しいですけれど、フラバスは浮遊感が少なかったですわ。地に足着いた飛び方というか」
「あ、それは確かにそうだね」
宙を駆けているというのに、まるで地面を走っているかのような感覚だった。一体どういう仕組みなんだろう。あとで一本毛をもらって調べさせてもらえないだろうか。
「気に入ってもらえてよかったよ。はい、じゃあ早速行こうか。僕もねえ、詳しいことは知らないんだ。農業組合で説明があるとしか聞いていない」
「ドクターフラバスもですか。私も呼ばれるという事は、やはり医療面で何か良くないことがあったんでしょうか。心配です」
不穏な気持ちを抑えながら、私たちは農業組合へと向かった。




