カラム
「さあ、今日も頑張るわよ~!!」
沢山寝て、もりもり朝食を食べた私は、元気100倍である。
デル様に薬を持って行ったあと、うきうきと私室に戻り、出勤の準備をする。
「気合が入っていますわね。昨日、散々泣いていたのが嘘のようですわ」
腕を組んで、目を細めるロシナアム。
「その節は、ご迷惑おかけしました。もう大丈夫ですので……」
ぺこぺこ頭を下げながら、手帳やらハンカチやらをかき集めて、通勤用のカバンに突っ込む。
「切り替えが早い所は、セーナ様の良い所だと思いますわ」
「ど、どうも」
あれっ、私がロシナアムの侍女なんだっけ?
どちらが主人か分からないような会話をしつつ、研究所につながる魔法陣へ乗る。
(――ええと、昨日は菌体抽出したところで終わっているはずね。順調であれば、今日はカラムで分画っていう感じね)
ぐにゃりと魔法陣で転移しつつ、今日の段取りを考える。
気持ち悪くてひたすら身を固くしていたころに比べたら、だいぶこの転移にも慣れてきた。
降り立った研究所のロビーは、出勤してきた職員たちでにぎわっている。活気があってよろしい。挨拶を受けながら、所長室へ向かう。
部屋に入ったら、荷物を置いて、手洗いうがい。髪をしばり、白衣をはおる。
いつものルーチンだ。
さっさと支度を整えて、続きの実験室へ入る。
サルシナさんは、すでに待機していた。座面が回る実験椅子に座って、くるくる回っている。かなり持て余しているようだ。
「おはようございます、サルシナさん。ふふふ、暇でしたか?」
普段あんまり見ない姿に、思わず笑みがこぼれる。サルシナさんは犬の魔物らしいから、尻尾を追いかけるがごとく、くるくる回る動きが好きなのだろうか。
急に私が声を掛けたものだから、サルシナさんはビクッとしてピタリと止まった。
「あっああ、おはよう、セーナ。いや、暇ってことはないんだけどさ。ついね。……昨日の実験だけど、予定通りの所まで終わってるよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめて、ゴホンと咳払いをして報告してくれた。
「ありがとうございます! 菌体抽出は無事終了したという事ですね?」
「ああ。すごく大変だったよ、タマ菌は変な匂いがするし、酒精は臭いが鼻に突くしでさ!」
「ふふ、お疲れ様でした。手伝えなくて申し訳なかったです。……そしたら、今日は予定通りカラム分画ですね」
「そうだね。……あー、ええと、カラム分画ってどういうことだったっけ? いや、やり方はセーナが帳面に書いてくれてるから分かるんだけどね、いまいちどういう意味合いがあるのか分からなくてさ」
「あっ、すみません。もう一度説明しますね」
意味も分からず手を動かすことほど、苦痛な実験はない。
一応事前に説明はしているのだけれど、時がたてば忘れてしまうのは当たり前だ。サルシナさんは私と違って実験が好きなわけではないし、予備知識があるわけでもない。
実験台の棚から器具を取り出し、手に取りながら説明する。
「このガラスの筒をカラムといいます。下にコックがついていて、ひねると筒の中身が流れ出る構造になってます。……で、コックの手前に綿栓をして、シリカゲルを充填します。シリカゲルの粒子の大きさとか、量に決まりはあるんですけど、そのへんの細かいことは今回私が計算しますので、今は覚える必要はありません」
「あっ、思い出してきたよ! シリカゲルを充填したあと、菌体抽出液をのせて、溶媒で流し出すんだったね。抽出液に含まれている成分の溶媒への溶けやすさとか、シリカゲルへの吸着度合いによって、出てくる成分が分けられるんだったね?」
ポン、と手を打つサルシナさん。
ふくよかなサルシナさんの手は、おまんじゅうみたいで可愛い。
「その通りです! そのあたりも色々細かく設定があるんですけど、この国にあるものでとなると限られています。今回は溶媒に酒精を使って、グラジエントをかけていきます」
「……グラジエント?」
「はい。濃度勾配をかけることをグラジエントって言います。まず0%の酒精、つまり水を流します。次に20%の酒精、40%、と徐々に濃度を上げていきます。これによって、菌体抽出液に含まれる成分を、細かく分画できるわけです」
「なるほどね。酒精への溶けやすさを利用して、含まれる成分を分けるってことさね」
「そういうことです! じゃあ、さっそくカラムの準備をしましょうか。これ、意外と時間がかかるんですよ」
カラムを準備するにも時間がかかるし、溶媒を流すのにも時間がかかる。作業としては難しくないのだけど、とにかく時間がかかるのがカラム分画なのだ。研究員時代は、区切りがつかなくて徹夜で実験した記憶がある。
ちなみに、シリカゲルなんていうものはこの世界に無かったので、石英を原料として作ってもらった。バルトネラがある山脈地帯は、鉱石が豊富に採れる。触媒や原料となるものには困らないので、とてもありがたい。
今日は午後の外回りが無い日だ。というか、この日を狙ってカラム実験を組んだというのもある。
私とサルシナさんは休憩を挟みつつ、退勤時間までひたすらカラムを流し続けた。




