表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/177

モンスター患者?

「お急ぎください。……王妃様、わたくしは何も悪くないと言ってくださいますよね?」


 途端に慌てる人魚。

 必死に腰をくねらせて、主人の待つ部屋へ急ぐ。その間にも、物が割れる音だったり、何かがぶつかるような音が聞こえてくる。


「え? う、うん。時間には遅れてない……よね、ロシナアム?」


「もちろんですわ。今は14時20分。お約束は14時30分ですから、余裕を持って到着していますわ」


 腕時計を確認したロシナアムが、凛として答える。


(セイレーンさんは気が短いのかしら?)


 一筋縄ではいかなそうな患者だと、気を引き締める。

 王城ほどではないけれど、長々とした廊下を進み、とある扉の前で人魚が足を止めた。


「セイレーン様、人魚です! 王妃様がいらっしゃいました!」


「――――お通しして頂戴」


 人魚が急いで扉を開くと、どピンクの空間が広がっていた。

 可愛らしい桃色、ではなく、目が痛くなる蛍光ピンクである。


 壁紙、ピンク。じゅうたん、ピンク。

 可愛らしい家具も、もちろん全てピンクだった。投げつけたものが散らばっており、床はガラス片やら液体やらで、見るも無残な状況だ。


「こんにちは、王妃のセーナです。往診にきました」


 ガラスを踏まないように入室し、部屋の主、セイレーンさんに挨拶をする。

 本来は王妃から名乗るのはよくないみたいだけれど、今は薬師として来ている。イラついている患者には、こちらがへりくだる方がいいと判断した。


 私から挨拶したことに、セイレーンさんは少し目を見開いた。


「……まったく。あなたみたいな小娘に、あたくしの喉が治せまして? デルマティティディス様の趣味が知れないわ」


「……全力で治療します」


 セイレーンさんは、上半身が人間で、下半身は鳥の姿かたちをしていた。ビキニ風の衣装におっきな胸を詰め込んでいて、とてもセクシーなお姉さんだ。

 背中には折りたたまれた翼らしきものもチラリと見える。羽毛は毛羽だってザラザラした質感で、女子力の高い部屋の主にしては、少々意外に感じた。


 セイレーンさんの正体については事前に患者情報として把握していたので、驚きはなかった。けれど、こう高飛車な人だとは知らなかった。


 はあ、と深いため息をつくセイレーンさん。

 手にしていた花瓶を乱暴にベッドに放り投げ、毛足の長いソファに沈み込む。


「お座りになって」


 猫足のついたテーブルを挟み、彼女の対面に座る。

 ロシナアムと人魚は入り口近くに控えた。


「お辛いようですから、さっそく診察に入りますね。……ええと、事前の情報では喉が痛くて声がかすれる、と聞いています。お間違いないですか?」


「そうよ。だから早く治して。もうすぐ復帰コンサートがあるの」


 さっきから高圧的だし、ちょっとワガママだ。少々嫌な気持ちにはなるけど、相手は患者だから仕方ない。こっちがキレてしまっては何も始まらないのだ。仏の心で対応する。


「セイレーンさんは、歌手をされているんですね」


「ええ。たくさんのお客様がわたくしを待っているわ。ちょっと練習しただけで喉が変になってしまって困ってるのよ。だから、早く」


「えーと、主治医からのメモでは、セイヨウシロヤナギの皮を煎じて飲んでいたと。しかし、効果が思わしくない、ということですか」


 セイヨウシロヤナギは、解熱鎮痛薬として知られるアスピリンの大元になった植物だ。痛み止めとして有効だけれど、セイレーンさんにはあまり効かなかったらしい。


「そうよ! あんなマズイ薬を飲んだのに、ちっとも良くならないの! やぶ医者だったわ!!」


 腰元まである青い髪を、ぐしゃぐしゃとかき回すセイレーンさん。

 目元を見ると、クマが出来ている。相当ストレスがたまっているようだ。だけど、真面目に処置した医者をやぶ呼ばわりするのはよくない。


「焦るお気持ちは察しますけど、そのお医者さんは適切な処置をしています。そういう言い方は、セイレーンさんのような立派なお方にふさわしくありません」


 やんわり注意する。角が立たないようにヨイショも忘れない。大学時代、病院や薬局で実習していたときに得たスキルだ。


「ま、まあ、そうねぇ」


「セイヨウシロヤナギ以外の治法を考えます。診察しますね」


 持ってきたカロナール(解熱鎮痛薬)も効くかもしれないけれど、それでは根治にならない。

 慢性化した症状は漢方の得意とするところ。きっといい処方があるはずだ。


 喉は赤く、舌苔は黄で厚。

 つかえ感に、情緒不安定。雨の日はいっそう症状が重くなるとのこと。


 以上の情報から、八網は裏・熱・実。気血水は気滞、水滞、五臓は肺と考えられた。


「――漢方の考え方でいうと、セイレーンさんの喉には潤いが必要です。風熱を除して、巡りをよくしましょう」


「どういう意味よ!? 治るんでしょうね!? ……ゴホッ、ゴホ」


「大きな声を出すのは喉に負荷がかかるので、止めたほうがいいです。とにかく、体質に合った良い薬がありますよ。響声破笛丸(きょうせいはてきがん)というものです。これを飲んでなるべく声は出さず、夜はしっかり寝てください。そうすれば、3日もすればかなり良くなると思いますよ」


「~っっ、それができたら苦労しないわよ!! あんたなんかにあたくしの気持ちは分からないわ!! ほんと、デルマティティディス様は何でこんな子がいいのかしら? あのお方は、もっと妖艶な方がお好きに決まってるのに! お小さい頃はあたくしに大層懐いていて――」


 セイレーンさんが叫び終わる前に、突然甲高い泣き声が私たちの耳を突いた。


☆響声破笛丸とは

原典:万病回春

適応病態:失音、失語、しわがれ声、咽頭不快、咽頭痛

弁証:裏・熱・実/気帯・水帯/肺


歌手に人気の漢方薬です(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


html>
― 新着の感想 ―
[一言] 人魚ちゃんに名前は無いんですのΣ(・□・;) そしてセイレーンさん……林家夫妻さんですかのォ(ォィ なんにせよ高飛車すぎて薬剤師がヤクザ医師にならないか心配だよォ(ォィ それはそうと、決…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ