2 青い空、白い大地①
それぞれの書いたものを手に、碧生とナンフウは銀雪先生の添削を受けた。
ナンフウの方へたくさん朱が入ったが、だからといって碧生の書いたものの方がいいとも言えない。
「さすがは碧生くん、形はほぼほぼ出来てるやん」
元々、碧生は楷書が得意だ。行書や草書の柔らかな線、見るのは嫌いではないが書くとなると戸惑う。
「せやけど……現状それだけ、やねんなァ、キツいこと言うけど」
苦笑いを口許に含み、なんとなく済まなさそうに先生は言う。
「顔は男前やけど歌も踊りもイマイチ、どさくさに紛れてなんとかデビュー出来たっぽいアイドルタレント……みたいな字ィやねん、今のところ」
「……うわ、キッツ……」
絶句している碧生に代わり、ナンフウが小さくつぶやく。
「これやったら、歌だけは抜群に上手いファニーフェイスの男の子の方が、よっぽどお客さんの印象に残るで。なあナンフウくん」
「ナンでオレに話、振るんです? ……ってか、ファニーフェイスって何ですか? 先生」
ナンフウの間の抜けた質問へ、
「要するに、愛嬌あって面白い顔ってことかな」
と銀雪先生。
「……あんまり褒めてませんよね、ソレ」
「褒めてるよ、チャーミングってことやん。まあ、シュッとした二枚目を求められてる場面では浮くやろうなあ、例えば今回の手本みたいな」
「やっぱり貶してるやん……」
ブツブツ言いながらナンフウは、たくさんの朱で直された自分の作品をそっと取り上げた。
「碧生くん」
表情を改め、銀雪先生は碧生へ視線を向ける。
「ここまで技術を上げるのん、大変やったやろうけど。技術的なことは、比較的教えたり教わったり、しやすい部分でした。せやけどここから先は、先生から教わるより自分で必死になって掴まなどうしようもない、そういう部分になります」
「……はい」
先生の言葉の、すべてがわかった訳ではないが。
アウトラインくらいはおぼろげにわかる。
そんな気分で碧生はうなずいた。
要するに、ナンフウが本能的?に持っているもの、のことだろう。
個性、魅力、あるいは表現力。
「デビューしてすぐ消える自称アイドルで終わるんか。そっから頭ひとつ抜け出して、お客さんの記憶に残るほんまもんのスターになれるんか。碧生くんは今、その瀬戸際やと私は見てます。私は……碧生くんにはスターになれるポテンシャルがあると思ってますよ」
頑張ってちょうだい。
そう言いながら彼女は、わずかに朱の入った碧生の作品を渡してくれた。
そこで時刻は午後三時。
半切に『明鏡止水』を書くのは次回以降、出来れば家で一度、書いてくるようにという指示をもらい、今日の稽古は終わる。
帰り支度をしていると、ゆのみや急須を乗せたお盆を手に、銀雪先生が台所から戻ってきた。
「急ぎやなかったら、碧生くんもお茶飲んでいき。一般の部は稽古が終わって三十分くらい、お茶飲みながら軽いおしゃべりしたり、自作についての悩みを打ち明けあったりするのが習慣やねん」
断るほどの理由もないので、碧生は勧められるままお茶に参加した。
松英さんこと野崎泰造氏は、この教室の裏手というか道を隔てた向かい側というのかにある、町一番の広大な敷地を誇るお屋敷の主だと、そこで初めて碧生は知った。
松英さんは笑う。
「まア、ウチは元々この辺の庄屋やったからなァ。家は敷地ばっかり大きィし、無駄に頑丈な蔵ん中には使いもせん古道具が山ほどあるし、なんやかんや持て余すでぇ」
「でも昔の農機具とかがきれいに残ってて、資料としてすごい価値があるって、学校で教わりました。ボクらが小学一年生の頃、生活科の授業でそちらの蔵の中の道具、見せてもらいましたし」
碧生が言うと、
「ああ、それは今でも毎年やってるな。学校の子供さんらの勉強になるんやったら、ウチの古道具らも喜んでるやろう」
そやなかったら、朽ちてくばっかりやからなァ。
つぶやく松英さんの目は、ちょっと寂しそうだ。
「あ、そうや」
何かを思い出したのか、不意にナンフウが声を上げる。
「ウチの親父に、次の寄り合いはいつ頃になるか松英さんに聞いて来いって言われてました。スンマセン、いつですか?」
「ああ、今、マツリの準備がちょっとごたついててな。……今週と来週は無いってことだけははっきりしてるから、そう伝えといてもらえるかな?」
「わかりました」
碧生にはわからない『地元の人』っぽい会話を交わす松英さんとナンフウを、茶菓子を口に入れながら碧生は見る。
(……あれ? ナンフウのヤツ、地元の人ンとこの子やったんか?)
それなら、小学校はともかく中学校は同じ校区になるのではと、碧生はぼんやり疑問に思ったが。
とりとめなく進む話題に気がそれ、うやむやになった。




