40 画商
本日二回目の更新です。
四月二十日
絵本専門店「小さな門」がオープンした。名前は間口が狭いことと、小さな本屋の入り口から絵本に馴染む人がたくさん入って来ますようにと願って付けた。
コニーが貼り紙をしてからひと月の間にギビンズの絵本も完成してクリスティアンの絵本の隣に平積みで置いてある。オープンの日にはたくさんの客が訪れた。
書店の中は二つに分かれていて、入った右手は今まで流通していた値段の高い絵本とギビンズの絵、左側の本棚は値段が低めの絵本が並べられクリスティアンの絵が置いてある。
バーの客たちは子供や孫のために絵本を買ってやろうと足を運んだし、フラワーズの平民の女性客たちは廉価版の絵本を見てみようと店を訪れた。
入ってすぐの場所に平積みしてある絵本は値段が手頃なのと絵の素晴らしさで、クリスティアンの絵本もギビンズの絵本も、どちらも良く売れた。店員として雇われたハリスは大忙しだ。しばらくは補助として店に通うことになっているコニーと二人で働きまくった。
アンバーも顔を出していたが、自分がいては平民のお客が気を使うからと早目に帰った。
オープンした朝から夕方まで、二人は客対応や会計、絵本の補充で動き回っていた。
「ハリスさん、ひと休みしましょう」
コニーがそう言ってお茶とサンドイッチを奥の部屋に並べてハリスに声をかけた。
「そうですね。やっと人が途切れましたね」
ハリスは眼鏡の中の目を細めて疲れた肩をトントンと叩きながらコニーの元に向かった。
ハリスは二十六歳で、十六歳の時から王都の書店で働いていた経験者だ。
ハリスはアンバーがたくさんの書店の絵本を見て回っているとき彼の働く態度が気に入って引き抜いた店員である。
ハリスが働いていた書店は様々な分野の専門書を扱う書店で、客は皆研究者や裕福な学生だった。
本屋はそういう場所だと思い込んでいたハリスは、アンバーが「本に縁のなかった人たちにも手に取ってもらえる絵本、人生で初めて触れる本を売る絵本専門店を開きたい」と語るのを聞いてその場でアンバーの考えに賛同し、彼女の下で働くことを決めたのだ。
五月二十日
ハリスはひと月分の会計報告書をアンバーに提出した。
絵本は順調に売れ行きを伸ばし、特に価格を抑えた絵本はよく売れていた。平民には手が届かない存在だった絵本は、安価な本を売り出すことによって新たな顧客を次々と生み出している。
それに自分が少しでも関わっていることがハリスは誇らしかった。
そんなハリスの仕事場に一人の男がやって来た。「ギビンズ氏に絵本店の絵を一度見てもらいたいと手紙を貰った」とのことだ。本棚の上段に飾ってある絵を食い入るように見ている。
(ギビンズ様の絵は売り物だから絵を買いに来たのかな)と思って眺めていたが、途中からクリスティアンの絵ばかりに集中して長い時間眺めている。
クリスティアンの絵には全て『非売品』の札が脇に置かれているにもかかわらずひたすらクリスティアンの絵を見ているのだ。
(売ってくれと言われたら厄介だな)とハラハラしていると、その客はハリスのところに足早に近づいて「あの絵の作者のことが知りたい」とクリスティアンの絵を指差しながら言う。
「クリスティアン様のこと、ですか?」
「クリスティアンというお名前なのですね?で、その方は今どちらに?ああ、失礼しました。わたくしは画商をしておりますチャールズ・コナハンと申します」
これはアンバー様に取り次ぐ案件かな、とハリスは判断して
「ではオーナーに取り次ぎますので、コナハン様の連絡先をお願いいたします」と返答した。
その夜。
「チャールズ・コナハン?画商?私、そちらの世界には疎いのだけれど、有名な方なのかしらね」
「さあ。僕もそちらは全くなので……」
ハリスもすっかり困惑している。やがて夜になり他家に出向いて仕事をして帰ってきたクリスティアンにそのことを話すとクリスティアンが目を丸くして驚いている。
「有名な方なの?」
「有名も何も、近頃では高位貴族にも出入りを許されている著名な画商だよ。僕の絵を気に入ってくれたのだろうか?」
事情が不明ながらもクリスティアンは興奮していて、翌日に教えてもらった住所に自ら出向いた。
五月二十一日
「初めましてクリスティアン・アンカーソンです」
「チャールズ・コナハンです。やっと会えました。長いことあなたを探していたのですよ」
クリスティアンは「え?」という顔になる。探される覚えがなかったからだ。
「あなたの絵をもう何年も前に見たことがあるのです。カルドーラ町の居酒屋に覚えがありませんか?」
「カルドーラ……マチルダさんのいる酒場ですか?」
画商のチャールズは何度も大きくうなずいた。
「そうですよ、そうです。あの酒場の壁に飾られた店主を描いた作品をひと目見た時からずっとあなたに会いたいと思っておりました。王都にいらっしゃったとはね」
「そんな昔から……。僕はあちこちを放浪していまして、王都に住むようになったのは一年ほど前からです。僕はてっきりヒューズ家の壁画で僕を知ってもらえたのかと思っていました」
「なんですと。壁画を?それは是非見に行かなくては。もしやもうどこかの画商と契約を?」
「いいえ。でも幸いなことにヒューズ家の壁画がきっかけになって多くの方から仕事を頼まれるようになりました」
チャールズは焦った。
こんな逸材を他の画商に取り込まれる前に契約を交わさなくては、と。






