36 追う者
「法律家の後を追え。そして廃嫡報告書を取り戻せ。取り戻した後はカーティスの居場所を聞き出せ。顧客一人のためにあの法律家が命を張ることはないだろう」
前辺境伯エセルバートの言葉に兵士が困惑した。
「カーティス様の居場所を聞き出したあとはどういたしますか」
「この辺りの山間部はまれに追い剥ぎが出る。追い剥ぎにうっかり殺されてしまう不運な者もいるだろう。遺体が見つからずにそのまま行方知れずになる者もいるであろうな」
二人の部下はわずかに視線を泳がせたが、命令に従って部屋を出て行った。
話し合いを終えて辺境伯家を出ていくデニスの馬車の後を二人の男が追跡する。男たちは一定の距離を置いて追跡している。馬車が人目のない場所に差し掛かるのを待っているのだ。
デニスは馬車の中で顔色が悪い。
前夜、宿でマシューから
「そんなことは起きないとは思うんだが、万が一クリスティアンの父親が息子を取り戻そうとするなら、君が廃嫡報告書を提出する前に君からクリスティアンの居場所を聞き出そうとするだろう。そんなことができるのは次の宿場町に向かう途中の山の中しかない。町の中では騒ぎになるからね。騒ぎになれば都合が悪いのはあちらの方だ」
と聞かされているからだ。
「旦那、大丈夫ですよ。マシューさんもいらっしゃるし俺たちもいるんですから」
馬車の中で身を潜めているのはアンバーが念には念を入れて雇い入れた傭兵たち三人である。御者も変装しているが傭兵だ。マシューは「そこまでする必要はない」と言ったがアンバーが譲らなかったのだ。
「お金でデニスさんの安全を買えるなら、今こそ私が稼いでいるお金を使うべき時だわ」と。
そのマシューは今、森の木々に隠れて自分の目を疑う思いだ。
デニスと傭兵たちが乗った馬車を馬に乗った二人の男たちが追跡しているのだ。男たちはマシューが見ればひと目で鍛えられた兵士だとわかる。
「本気かよ。まっとうで丸腰の法律家を殺してまで息子を取り戻そうってか」
子爵家に生まれ、父を見習って軍人になり、親子の仲も良好な家で育ったマシューには、前辺境伯の思考も執着も理解できない。だが追跡者を差し向けたということは、エレンやクリスティアンの読みが当たっているということだ。後悔の念に苦しむ両親という話は寝たきりの話同様嘘っぱちだったのかと唇を噛む。
やがて馬車が辺境伯領の外れの山道に差し掛かると、追跡していた二頭の馬がいっきに距離を詰めに行く。
「仕掛けてきたな」
マシューが軍人の目つきになる。ここからは命のやり取りになるのだ。おそらく相手はクリスティアンの居場所を聞き出したあとはデニスを殺すつもりだろう。
「そうはさせるかよ」
マシューもまた馬を走らせた。
「来たな」
馬車の中にいる傭兵三人が戦闘の準備を始める。
「馬車の速度を落として俺たちが飛び降りる。あんたは俺たちがあいつらの相手をしている間に次の宿場に向かうんだ。宿場で馬を交換して、そのまま王都まで走り抜けろ。馬の手配は済んでいる」
「は、はひぃっ!」
デニスはもう生きた心地がしない。だが、こんな手を使う人に自分の仕事を邪魔されてたまるかという意地が生まれてきた。
やがて馬車は速度を落とした。
次々と傭兵たちが馬車から飛び降りてくるりと地面で転がってから立ち上がり剣を抜いて二頭の馬の前に立ち塞がった。後ろからはマシューも駆けつけて来る。
手練れの傭兵たちは『相手を倒して自分が生き残る』それだけを徹底して今まで生き延びてきた者たちだ。
疾走して来る馬の前で大きく剣を振り回して進路を妨害する一方で手近な石や枝を馬の顔に向かって投げつけた。
いきなりの妨害に立ち往生する馬。その隙に乗り手の脚を狙って剣を振る傭兵。挟み撃ちにされ、脚を狙われた男たちがたまらず馬から降り立ち、剣を構えた。一人は浅く脚を斬られて流血している。
正攻法の兵に対して汚い手を使うことならお手の物の傭兵三人が次々襲いかかる。マシューも加わり、激しい剣と剣のぶつかり合いが続いた。
相手は強く、傭兵の一人が危うく斬りつけられそうになった。するとその時さらに一人が戦いに加わった。
「遅くなった」
「カーティス!」
鎧も着けていないクリスティアンが参戦である。これで人数は二対五になり形勢は急激にマシューたちが優勢になった。
「おい、怪我はないか?」
「俺たちは無事です」
「よし、縛り上げたぞ。その辺に転がしておくか。おい、カーティス、なにやってんだ?」
「うん、ちょっと手紙をね」
「おいおい……」
「よし、書き終わった。さあ、帰ろう」
そう言ってからクリスティアンが転がされている二人の兵士に顔を向けた。
「ああ、そうだ。ねえ、君たちは父にデニスを殺せと命じられたんだろう?だけど僕たちは君たちを殺さないよ。犯罪者に堕ちたくはないからね。辺境伯家の兵士が善良な国民を殺すクズだとしてもね」
襲ってきた二人の兵士は街道の脇に転がされたまま屈辱で顔を歪める。そんな彼らを横目に傭兵たち三人は追っ手が乗ってきた二頭の馬に次々と飛び乗った。
「血の匂いで森の獣が来ないといいがな」
傭兵たちが笑いながら言い捨てて馬の腹に合図を入れる。クリスティアンとマシューもそれぞれ自分の馬でその場から走り去った。
「それで、なんでお前まで来たんだ?」
「アンバーとエレンは傭兵がいるんだから心配いらないと言ってたけどね。どうにも心配で駆けつけて離れて見守っていたんだ」
「あれが五人十人いたなら危なかったがな。なんで二人だけだったんだろうな」
クリスティアンが苦い顔で答える。
「さすがに盗賊まがいのことをさせられる部下は、父にもそうたくさんはいないさ。現在の当主は弟に移っているんだしな。明らかな犯罪行為を命じても黙って従って口外する心配がない部下はあの二人だけだったんだろう」
マシューがしょっぱい顔をしながらつるりと顔を撫でた。
「なるほどな。さあ、これでもうお前は辺境伯家から解放される。一気に王都まで戻ろうぜ!」
「ああ」
「あ、そうそう、ひと言言っておくけどカーティス、お前は剣より絵筆の方が才能あるな」
「よーく知ってるさ」
四頭の馬は、そこから走り続け、やがて馬車と合流して王都へと向かった。
クリスティアンが縛られた男の襟元に挟んだ手紙には
「あなたが殺そうとした法律家は僕たちが守りました。廃嫡報告書を提出しておきます。さようなら。カーティス」
とだけ書いてあった。
それを捜索に向かわせた兵士から手渡されて読んだ前辺境伯にできることは、奥歯を噛み締めることのみである。






