18 コニーの闘い(2)
十二月二十日
その日、コニーは家に帰らなかった。
伯母一家が引き止めてくれた。
母と妹は何度もコニーに帰るように促し、首を縦に振らない彼女を睨みつけたが、断った。あの女性の言葉を繰り返し思い出して、震える膝に力を入れた。
『あなたが自分の人生を守らなかったら、誰が守ってくれると言うの?』
『あなたに働く意欲があるなら仕事を紹介するわ。住む場所も提供する。闘うべきときは闘いなさい。自分を救い出すのよ』
そうだ。店からの帰り際にあの女性が囁いた通り、今が闘うべき時なのだ。自分の人生をもう母と妹に踏み潰させやしない。
夜。
伯父、伯母、従兄弟に話を聞かれた。
この十数年間のことを思いつくままに話して聞いてもらった。
実母に疎まれていたこと、妹と食べ物、着る物、全て差をつけられていたこと。言い返すと食事が半分にされたこと。洗濯や皿洗いの水仕事はほとんどコニーの仕事だったこと。
外出時は荷物持ちとして連れて行かれたこと。普段は外出させてもらえず、学園にも通わせてもらえず、荷物持ちとして連れて行かれる時も外に着て行く服が無く、季節外れの母のお下がりを着させられたこと。
コニーは淡々と事実だけを話したが、伯父一家は皆泣いた。
「おかしいとは思っていたのに乗り込むことをしなかった私を許しておくれ。あの家とは縁を切ればいい、うちの娘になりなさいな」
「義弟が何と言っても戻らなくていいから」
伯母と伯父だけでなくコニーのあかぎれだらけの手を握って従兄弟も泣いていた。
(勇気を出せば助けてくれる人がいたのね)
見ず知らずの自分に『闘いなさい』と送り出してくれたあの女性を思い出す。
「私がここに住んでしまうと、私の両親と伯母さんたちがずっともめることになるでしょうから、私は仕事を見つけて働きます。今夜だけ泊まらせてください」
伯父一家は皆で反対したが、コニーは「大丈夫」と微笑んだ。
(あの人が私に悪いことをするはずがない。だって闘う勇気とこんな素敵なドレスをくれた人だもの)
十二月二十一日
伯父の家の馬車に送ってもらい、コニーは『フラワーズ一号店』へ向かった。
まだ開店前の時間だが、中に人がいる。
ドアをノックすると店長と呼ばれていた女性が顔を出した。
「先日こちらでドレスを購入した者ですが、私を担当してくださった女性はいらっしゃいますか?」
「オーナーですね。オーナーはおそらく自宅だと思います。大変恐縮ですが、こちらでお待ち願えますか?連絡を取りますので」
店長はそう言って使用人の女性に何かを告げて外に出した。
どのくらい待っただろうか。
家紋入りの黒塗りの馬車が店の前に止まり、御者を務めていた男性が降りてきて「ハクサム子爵令嬢はいらっしゃいますか」と声をかけた。
「わたくしでございます」
と立ち上がって返事をすると、目尻の笑い皺が優しそうなその男性が
「お嬢様がお屋敷までお連れするようにとのことです」
とドアを開けてコニーを促した。
事情がわからないまま馬車に乗せられ、上等な馬車に揺られていると、やがて大きな屋敷に到着した。
「ここは……」
「おや、ご存知なかったのですね。あの店のオーナーはアンバー・オルブライト女伯爵様ですよ」
「えええっ!」
平民ではないのだろうな、とは思っていたが、まさか伯爵様本人とは思いもしなかった。
「どうしよう」とオロオロしているうちに貫禄と優しさが同居する侍女に案内され、応接室に通される。
香りの良いお茶と菓子が出されたが、なんとも落ち着かない。やがて、かすかに足音がしてドアが開かれた。
「いらっしゃいませ!ようこそ我が家へ」
満面の笑みで出迎えてくれたのは間違いなくフラワーズのオーナーだった。
「伯爵様!コニー・ハクサムでございます。先日は素敵なドレスをありがとうございました」
すると女伯爵は美しい姿勢で立ったままこちらを笑顔で見つめて尋ねた。
「それでコニーさん。あなたは自分のことを救えたのかしら」
「はい。昨夜家を出ました。もうあの家には帰りません。厚かましいのは承知の上です。伯爵様、どうか私に仕事を斡旋していただけないでしょうか」
女伯爵が優美な動作で向かいのソファーに腰を下ろした。
「ええ、もちろん。とりあえず我が家に住んで仕事を探しましょう。あなたはどんなことが得意なのかしら」
「わたくし、学園に通っておりません。ですが読み書きはできますし計算もできます。一応のマナーも学んでおります」
伯爵様は後から運ばれてきたお茶を飲んでこう言った。
「あなたは長いこと戦場にいた戦士なのよ。まずは休憩が必要だわ。よく頑張ったわね。この家で心の傷を癒しましょう」
その言葉を聞いたとたん、なぜか涙が一気に溢れてきた。
(この人はわかってくれるんだ。私がどんな風に生きてきたのか、何も話していないのに)
伯爵様は席を立ち、コニーのところまで来ると、優しく背中を撫でてくれた。
「いいのよ、好きなだけ泣きなさい。つらいことが続いてる間、あなたは泣くこともできなかったのではないかしら。ずっと下を向いて耐えてきたのでしょう?でも、大丈夫。あなたは必ず自分を取り戻せるわ」
「私、私、食べ物を減らされることも、服や靴が無かったことも、悲しかったですけれど、耐えられました」
「全部吐き出してごらんなさい」
「一番辛かったのは、つ、辛かったのは……私と母が本当の親子だと言うことです……いっそ、血がつながらない親子なら諦めもついた、の、に」
しゃくりあげながら一気に言葉を吐き出した。
「そう。そうね。つらいわね。実はね、私も同じよ。私の母は私の中身も外見も全部否定しながら私を育てたわ。でも、私はこうして生きている。生きてさえいれば大丈夫。この先のあなたの人生はコニー、あなたのものよ」
「伯爵様!」
堪えきれずにコニーは背中を撫でてくれるその腕に縋りついた。
「全ての母親が正しく子供を育てられるわけではないのよ。私はそんな母親に苦しめられていたあなたを救いたいと思ったの。あなたが生きていける道を一緒に探しましょう。でもまずはしばらく休息よ?」
コニーは『自分が生まれてきた意味を、やっと見つけた』と思った。
今までずっと(なんのために生まれてきたんだろう)と繰り返し思っていた。死んだら楽かな、と思うことも数え切れないほどあった。
でも、生きていける。これからは希望を持って生きていけるのだ。






